完
真々子が宇和島に帰っていったあと、数日は何となく物足りない日を過ごしたが、真々子がいないことに慣れていくと通常に戻っていった。
会社に行って仕事して、週末は合コンしたり女子会したりショッピングしたり、けっこう忙しくしていた。抱介とはたまに連絡を取りあっていたけど、鉄平とは、真々子を東京まで送って行って以来電話もメールもしなかった。
鉄平の情報は、抱介から聞くことができたから、なんとなくようすはわかった。でも、わたしが知りたいのは、真々子と一緒に新幹線で行ってしまって、そのあとどうなったのか、だった。抱介に聞いてもあやふやで、とにかく鉄平は、真々子と宇和島に行って一晩真々子のところに泊まってきたということしかわからなかった。
真々子が住んでいる宇和島の家は、真々子のママの伯母にあたる千夜子さんご夫婦の実家で、おじちゃんおばあちゃんが同居している農家だ。
鉄平が大学生の頃、夏休みや冬休みに手伝いに行っていたから、みんなとは顔なじみで、いきなり泊まりに行っても歓迎されたとおもう。
そこでどんな話しをしたのか気になるところだが、抱介にしつこくきいても、鉄平が話そうとしないからわからないというばかりだし、結局わたしも未消化のままに終わってしまった。
何はともあれ、わたしは真々子のことを忘れて、仕事は大変だけど、そのほかは楽しく過ごして一年が過ぎようとしていた。
その封書が届いたのは、五月の緑が陽光に輝く日曜日だった。宛名は「坂巻塔子様」となっていた。開けるとき、ペーパーナイフで封を切るのだが、その手が震えたぐらいだ。開けてみて、ほんとうにショックを受けた。脳天にポリバケツが落ちてきたみたいだった。
わたしは急いで抱介に電話した。
「抱介。大変だよ。真々子から結婚式の招待状がきたよ」
「おれのところにもきたよ。鉄平から」
あとは無言だった。真々子と鉄平は翌月の六月に近所の神社で挙式した。その日はちょうど一年前、夜行バスに乗ってやって来た真々子が、おにぎりを持って鉄平の会社の前に現れた日だった。
ああ、鉄平が、ついに真々子に根こそぎ持っていかれた。真々子は鉄平の、あそこにも、ここにも、あんなとこにも、遠慮なく触れるんだなあ。
神社で撮った記念写真を見ながら、わたしのため息は尽きなかった。
それからさらに一年半、いま真々子は、鉄平にそっくりな鉄平二号の銀平をおぶって、哺乳瓶を冷ましながら、わたしのところにやって来る。
「トコちゃん。遊びに来たよお」
カップ麺が哺乳瓶に代わっただけだ。ここにつく頃にはちょうど飲み頃に冷めるから、うちのお母さんは、生後六か月の鉄平二号を抱いてうれしそうにミルクを飲ませたりしている。
小学校を中心に三角形を描いた点のところにある絵本のような彩りのアパートは、昔真々子が住んでいたところで、鉄平と真々子は、昔と同じ二階の角部屋に住んでいるから、わたしがいない日曜日は抱介のところに遊びに行く。
抱介は真々子が来ようが関係なく出かけてしまうが、抱介のお母さんは思いのほか子供好きで、鉄平二号をかわいがってる。
鉄平は結婚する前はミツバチ真々子を受け止める花だったが、結婚したら働き蜂になってしまった。それでも家にいるときは子育てパパで、ついでに真々子の面倒もよくみている。
真々子に聞いてみたくてしかたがなかったことをきいてみた。いつ、どこで、プロポーズされたのか。鉄平はいつ真々子との結婚を決めたのか。知りたい。
「あのね、トコちゃん。真々子がおにぎりを持って宇和島から鉄平に会いに来たときがあったでしょ。あのとき、すごく鉄平に叱られたの」
「うん。なんとなくそれ、感じた」
「でね、そのときね」
「そのときって、鉄平の会社の前で、のとき?」
「うん。鉄平、すごく怒ってね、働き始めて一年足らずでお金がないって。だから、あと一年待てって」
「鉄平が、会社の前でそんなこと言ったの」
「真々子ね。すごく鉄平に会いたかったの。離れているのが苦しかった。でも、鉄平が我慢しろっていうから、頑張ったの。いまは幸せ。ねえ、銀平」
自分の半分ぐらいあるんじゃないかというくらいすくすく育った鉄平二号が可愛い顔をして笑った。
ああ。ああ。なんて可愛い鉄平二号なのだろう。父親の鉄平は泣き虫だったけど、息子の鉄平二号はよく笑う子で、そこは真々子と似ているとおもう。
わたしは鉄平二号に両手を伸ばした。かつて幼稚園児だった鉄平はわたしを拒否したけど、鉄平二号はニコニコと抱かれてくる。
「可愛いなあ。鉄平二号。かわいい。かわいい。どうしてこんなに可愛いんだろう。鉄平二号を食べちゃうぞ。あむ。あむ。あむ」
わたしは鉄平二号のほっぺたを唇でハムハムした。鉄平二号が手足をバタバタさせて笑う。ほんとうに可愛い。
「鉄平二号じゃなくて銀平だよ、トコちゃん。いくら可愛くても、鉄平と銀平は真々子のものだからね」
うふっ、と笑った真々子が悪魔にみえた。
――おわり――




