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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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 新宿バスタ三階のタクシー乗り場で降りて抱介がカードで料金を支払った。インフォメーションで松山行のバスがあるかどうか聞いてみる。バスは十分前に出たあとだった。そのバスが最終だった。

 十分早かったら真々子に会えた。くやしい。あの子に一言いってやりたかった。鉄平を諦めろ、と。もう子供時代は終わったのだと。そして、農協の男と付き合って、いい人だったら結婚しろと。だって、それも真々子の幸せだとおもうから。

 わたしは四階へのエレベーターに歩き出した。

「どこ行くんだよ、坂巻。バスは出たあとだぞ」

「あきらめられない。バス乗り場に行ってみる。もしかしたら、真々子がいるかもしれないし」

「いないよ。いるわけないだろ。予約していたバスに乗って帰ったに決まっているだろ」

「わたしに一言もなく、会いにも来ないで、鉄平のことしか頭にないんだから、ほんと、腹が立つ」

「友達じゃないからだろ。おまえがそう言ったんだぞ。真々子とは友達じゃないって」

「言ったよ。真々子とは友達じゃないけど、同じ男を好きになった者同士なんだよ」

「それを言うなよ。言わないほうが美しいだろ。胸に秘めろよ」

 わたしたちは四階へ昇るエスカレーターの上でそんな会話を交わした。

「おまえが鉄平のこと好きだって、真々子は気がついているのかよ」

「さあ。どうかしら。わたしは態度には出さなかったつもりだけど」

「辛くなかったか」

「態度に出したら真々子が苦しむじゃない」

「鉄平なんか、たいした男じゃないぞ」

「あんたにはわかんないんだよ。鉄平は、ピヨピヨ泣いて、ヒヨコみたいでかわいかったんだよ」

「あんなにでかい鉄平がヒヨコかよ」

「笑いたければ笑いなよ。これは、真々子とわたしにしかわからないよ」

「かなわねえな」

 四階は、A 、B、C、D、のエリアに分かれていて、四国行はBエリアだった。Bエリアは待合室から直接行けた。広くてきれいな待合室には、自分が乗るバスが来るのを待っている人々がおおぜいいたが、その中に真々子の姿はなかった。

 待合室を出てB5のバス停に行ってみる。ここは屋上なので、東京の夜空が見えた。ネオンや照明の光源が大都会に満ちているので夜空の星群は消えている。だが、ポツンポツンと瞬いている星もあって、そういう星は、よっぽど強い光を放っているのだろうなとおもった。

 真々子が住んでいる愛媛の宇和島の夜空は、新宿から見あげる夜空と違って、それはきれいな星空なのだろうなとおもった。そんな夜空が広がる土地で、太陽と風が育てるミカン畑に囲まれて、真々子は自由に、声高らかに、ブンブン羽を震わせて飛び回っているのかとおもうと、わたしは、急に悲しみに胸が締め付けられた。わたしたちから遠く離れた土地で、たった一人で飛んでいる真々子。友達だってできたとおもう。楽しくやっているとおもう。だけど、そこには、やはりわたしたちはいなくて、真々子は一人ぼっちだという気がした。

「どうしたんだよ、坂巻」

「え。なにが」

「泣いたりしてさ」

「わたしが、泣いてる?」

 頬を手で触ると濡れていた。わたしが泣いてる? そんなバカな。でも、笑い飛ばしたいのに、涙はかってにこぼれてくる。

「なんでよ。なんでわたしが泣かなければいけないのよ」

 くやしい。真々子のことで泣くなんて。わたしは真々子の友達じゃ、ないっつうの!

「真、真、子、おおおおおお」

 わたしはオオカミの遠吠えのように叫んでいた。

「わたしに一言の挨拶もなく、なんで鉄平ばっかなんだよ。ふざけるなあああ」

「やめろよ坂巻。みっともないだろ」

「トコちゃん……」

 どこかで蚊の鳴くような声が聞えた。わたしは声のありかを探った。そら耳かとおもったが、確かに聞こえたのだ。真々子の声が。

「出ておいで、真々子! わたしがこうして、ここまで来たんだよ。トモダチでもないあんたのことが心配で、タクシーで駆け付けたんだからね」

「タクシー代を払ったのはおれだけど」

 抱介が小さい声で呟いた。真々子が、待合室の自動ドアのところに佇んでいた。泣きぬれた子供のような表情で。

「トコちゃん!」

 自動ドアが開いて真々子がわたしに向かって走ってくる。わたしを突き倒す勢いで胸に飛び込んできた。あんたを受け止めるのは、わたしではなくて、鉄平だろ、といおうとしてやめた。傷心の真々子を、これ以上苛めてどうするというのだ。

「真々子」

 わたしはしがみついてくる真々子を引きはがした。

「あんた、なに考えてるのよ。なに、バカなことやってるのよ。おにぎり持って夜行バスに乗って鉄平に会いに来るなんて。そんなことして鉄平が喜んで、真々子愛してるよ、なんて、いうと思ってるの」

「トコちゃん」

「いきなりやってきて、会社の人がいっぱい見ているっていうのに、わたしだって恥ずかしくて逃げるよ。なんでそんなことしたのよ。農協男子から付き合ってくれって言われたんでしょ。その人と付き合ってみればいいじゃない。いい人だったら、結婚しなよ。鉄平は東京、真々子は宇和島。鉄平はこれからバリバリ仕事をしてのし上がっていくんだよ。だけどあんたは宇和島じゃない。鉄平のことはもう無理だって」

「鉄平のことはもういいの。いま、真々子はすごくうれしいの。だって、トコちゃんが来てくれたから」

 涙で濡れた顔で見上げて真々子は弱々しく笑った。やせ我慢のようにはみえなかった。トモダチじゃないと公言してはばからないわたしなのに、真々子は気を悪くしたようすもなく手をつないでくる。

「ありがとう。トコちゃん」

 うれしそうにつないだ手をブラブラさせる。

「んん?」

 わたしは真々子の顔を見下ろして、はてな、とおもった。

「まさか、真々子。鉄平だけじゃなくて、わたしのことも試したの?」

「うふっ」

 首をすくめて上目遣いに見上げてくる真々子が、やっぱり小悪魔にみえた。

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