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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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 真々子は一週間ほどアパートに滞在し、当分の間必要になるものを荷造りして宅配便で宇和島に送った。

 真々子のママが、体調のわるい伯母さんの世話とミカン農家の手伝いをするために仕事を辞めたのは大きな決心だったとおもう。

 真々子はママと離れて暮らすことなどできないだろうし、ママがミカン畑を手伝うというのなら、真々子も宇和島で暮らすとおもう。

 カレーを残したまま、怒って真々子のアパートを出てきてしまったけど、あれから真々子からメールがくるようになり、電話したり、鉄平たちと一緒に四人で遊びに行ったりして、真々子がこちらにいるあいだは、ひと時だけど楽しいおもいをした。

 真々子が宇和島に戻っていく日曜日、わたしたちは東京駅まで送って行った。飛行機を使えば五時間ぐらいで行けるらしいが、交通費は4万円を越えちゃうようで、だから真々子は九時間かけて電車と新幹線を乗り継いで帰るのだ。電車なら二万円ちょっとで行けるらしい。

 四国の愛媛県といっても真々子が帰る宇和島は西のはずれにあって、おもっていたよりも遠くて、真々子は、たった一人であんなに遠いところから来て帰って行くのだなとおもうと、かわいそうだった。

 真々子が、またいなくなってしまうのだから、もっといっぱい話せばいいのに、鉄平はあまり話さなくて、抱介だけがカラ元気のように陽気におしゃべりをしていた。

 抱介がいなかったら寂しい見送りになっていただろう。高校の時のように鉄平と手を繋げばいいのに、真々子と鉄平は一緒に歩くこともしなくて、真々子はわたしの横で手をつないできた。

 小さな真々子の手は骨が細くて子供の手のようだった。この手は鉄平のもので、鉄平の大きな手が丸ごとくるんでいたのに、どうして真々子はわたしと手をつないできたりするのだろう。

 わたしは女同士で手をつないだりするのは苦手で、女同士でべたべたするのも嫌なほうだから、できれば真々子の手を放したかったのだけど、真々子の手は一生懸命わたしの手を握っているようで振りほどけなかった。

 東京駅に着き、入場券を買って構内に入りなおし、ホームまで行って別れ際に用意していた紙袋をわたした。袋のなかにはおやつや飲み物、それに暇つぶしの雑誌などを入れておいた。

 じゃあね。うん。気をつけて帰ってね。うん、送ってくれてありがとう。乗り換えを間違えないで帰れよ。だいじょうぶだよ。メールちょうだいね。トコちゃんもね。鉄平、真々子に何か言いなさいよ、真々子、行っちゃうんだよ。いいのいいの、真々子はここまで育った鉄平を見れて安心したんだから、鉄平、真々子は行くけど、また、会いに来るからね。

 電車のドアが閉まった。鉄平は顎を噛みしめたままガラス越しに真々子を見つめた。

 電車が動き出し、つられて鉄平の足も動く。真々子がドアのガラスに顔を押し付けて鉄平を目で追う。ホームの雑踏の向こうに電車はたちまち姿を消した。

「行っちゃったな」

 抱介が呟いた。わたしも鉄平も無言だった。悲しくて寂しくて、言葉なんかでない。泣かないのが精いっぱいだ。きっと真々子だって泣きたいのを我慢しているとおもう。宇和島に着く頃は暗くなっているだろう。宇和島の駅に、真々子のママが待っていてくれるといいな。暗い駅に着いて、疲れたまま、一人で帰るのはかわいそうだもの。

 こうして真々子は去り、一か月後にはアパートを引き払ったのだった。

 わたしたちは、また三人になった。鉄平はよほど堪えたのか、もともとあまりしゃべらなかったのが、さらに無口になった。そして、自分で握った特大のおにぎりを持って大学に通った。

 鉄平が握るおにぎりは、真々子がつくってきたおにぎりと同じ大きさで、中にはいろいろなおかずがどっさり入っているもの同じだった。

 黙々とおにぎりをつくり続ける鉄平に抱介は、「いい加減にしろよな」と、いったという。わたしだって、そんな鉄平嫌だもの。鉄平は一方的に真々子から好かれている鉄平でなきゃかっこわるい。女々しい感じの鉄平なんか鉄平じゃない。昔の、ピヨピヨ泣いていたころをおもいだして、この子、もしかしたら、ちっとも変わっていないのかも、とおもってしまう。

 ところがだ。鉄平のほうはそんな具合なのに、真々子のほうはミツバチだけあって、ミカン畑を自分の庭のように元気にブンブン飛び回っていたのだ。

 写真が送られてきた。十月の上旬にもなると青かったミカンが少しずつ色づきはじめる。上からの日差しだけでは足りなくて、銀色のシートを地面に敷き詰めて下からも陽光を反射させて色づきをよくする。そのシートの上で、真々子や真々子のママ、千夜子さんと旦那さん、それに千夜子さんの年をとったお父さんとお母さんと、手伝いのおばさんやおじさんや若い男の人たちで輪になって、お弁当を食べている写真だ。

 ミカン畑はほんとうに山の斜面に広がっていて、あたり一面ミカンの木だらけで、収穫したミカンを農道に停めたトラックに運ぶための農業用のモノレールが写っていたりする。

 ミカンの枝が重なる緑の向こうには宇和海うわかいの海面が陽光を反射してキラキラ光り、空は真っ青で、雲は真っ白で、真々子は楽しそうに幸せそうにママの肩にもたれて笑っていた。

 よかった。真々子が笑っている。ママや千夜子さんたちや、おばあちゃん、おじいちゃんに囲まれて、真々子はもう寂しくないだろう。もしかしたら、こちらにいるより良かったかもしれない。

 そう思わせる写真ばかりだったが、その中に鉄平を怒らせた写真が混じっていたのだ。

 真々子は事もあろうに、自分と年が同じくらいの農家の青年の肩の上に股がって、つまり、かたぐるまをして、両手でVサインをし、大口を開けて笑っていたのだ。

 青年と二人して、ミカン箱を乗せる農業用のモノレールに乗って、ジェットコースター気分で髪をなびかせて遊んでいる写真もあった。

 鉄平が怒るのは当たり前だ。わたしだって、なんだ、これは。とおもったもの。年頃の娘が、なんで男性の肩に股がっているのよ。恥ずかしいでしょ。いくら見た目が中学生だからといって、男の肩に股がることはないよねえ。

 わたしのほうが自分のことでもないのに恥ずかしくて真っ赤になったけど、鉄平のほうは怒りのせいでおにぎりをつくるのをやめてしまった。そして鉄平は、わたしに声をかけることもなく、抱介を置き去りにして、冬休みになった翌日、真々子がいる愛媛の宇和島に行ってしまったのだった。

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