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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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 わたしは黙って抱介の隣にすわった。真々子が湯気の立つカレーをわたしの前に置く。夕飯は食べたんだけど、この雰囲気は断れない。たぶん、鉄平と抱介も夕飯はすんでいるとおもう。だから、真々子のつくったカレーを食べるのは、これは儀式のようなものだ。トモダチの儀式。

 わたしはカレーをすくって一口食べた。真々子はパクパク食べている。そして、お皿の中を半分ほど食べてから、一息つくようにコップの水を飲んで、わたしと視線を合わせた。

「トコちゃん、大学生になって大人っぽくなったね。きれいになった」

「そうかな」

 わたしは知らん顔でカレーを口にはこぶ。満腹なのを悟られないように。

「やっぱり、あれかな。大学は高校とは違うかな。どんな感じ?」

 真々子がみんなの顔を見回しながら、明るくそんなことをきいてくる。

「まず学校の規模が違うな。おとなの学校って感じ。すげえでかくてきれいでかっこいい」

 抱介が軽い調子でいった。真々子の瞳が煌めきだす。

「どんなふうに?」

「学校の施設の中にコンビニがあって、売店があって、レストランみたいな食堂がある」

「うわあ、すごいね。鉄平とトコちゃんのところは?」

 鉄平が口の中のものを飲み込んでコップに手を伸ばした。

「おれのところも変わんないよ。坂巻のところもそうだろ」

「うん。それと、講堂が立派」

「ふうぅん。いいなあ。真々子も大学行きたかったなあ」

 うらやましそうに真々子は肩を落とした。わたしたちは、一瞬気まずくなった。真々子の家庭事情は分かっているつもりだ。

 真々子のママは、十九歳で結婚して二十歳で真々子を生んだ。若い夫婦だったからお給料は安くて、真々子が生まれて生活費がかかるようになったため、真々子のパパは長距離のトラック乗りになった。真々子が二歳になったとき、真々子のパパは事故にあった。

 東北の寒いところで、路面は凍っていたらしい。見晴らしのいい真っ直ぐな交差点で、周りは見渡す限り田んぼが広がっていて、ところどころに点々と工場が立っている、そんなところだったようだ。

 田んぼの中の交差点にも信号があって、信号は青だったという。直進する真々子のパパのトラックに、乗用車がノンストップで突っ込んできたそうだ。ハンドルに漫画本を乗せて読んでいて、信号を見ていなかったらしい。車に搭載したカメラに全部映っていたそうだ。真々子のパパは病院に運ばれたけどだめだった。そのとき、真々子のパパは二十四歳だったって。

 真々子のママは、赤ちゃんの真々子を一人で育てながら必死で働いたんだ。もちろん、助けてくれる人はいた。その人は真々子のママの伯母さんで千夜子ちやこさんという。千夜子さんは、真々子が中学に上がるのを待って、故郷の愛媛に家族と共に引っ越していった。千夜子さんは、真々子がこれくらい大きくなったら、真々子のママもなんとかやって行けるだろうとおもったようだ。

 〝ちゃーちゃん″とよんで懐いていた千夜子さん一家の引っ越しの日、真々子はなかなか泣き止まなかった。

「あのね、ちゃーちゃんがね、病気になってしまって、ママと真々子に会いたがっているって電話が入ったの。そんでね、びっくりして、慌てて愛媛に飛んでいったの」

 真々子が冷蔵庫から果汁100%のミカンジュースを出して四個のコップにつぎながら話を続ける。鉄平と抱介のカレー皿は空っぽになっていた。

「ちゃーちゃんの実家はミカン畑をやっていて、ううんと広いんだよ。山の斜面いっぱいに広がっているの。海が見えてね、とってもいいところ」

「そんでね」と、ミカンジュースを飲みながら真々子の話は続いた。千夜子さんの実家は愛媛県宇和島のミカン農家で、千夜子さんは親の農園を継ぐために家族で帰郷したのだが、ミカン農家の仕事はきつくて都会暮らしに慣れていた千夜子さんは体を壊してしまったらしい。千夜子さんには娘さんと息子さんがいるが、娘さんは九州の福岡に嫁いでしまい、息子さんは農家を嫌って大阪に行ってしまったそうだ。

「だからね、真々子たちに引っ越してこないかっていうの」

 つまり今までミツバチ真々子は、愛媛県の宇和島のミカン畑の山の中を元気にブンブン飛び回っていたというわけだ。メールも電話もよこさずに。

 わたしはカレーを食べるのをやめた。

「なんでメールひとつよこさなかったの。いきなりいなくなるから鉄平たちが心配してたんだよ」

 わたしが睨むと、真々子はわたしのことを上目遣いで窺った。

「忙しかったんだもん。慣れないところで田舎の言葉はわかんないし、ミカン畑はすることがいっぱいあって、夜になってご飯食べてお風呂に入ると、疲れちゃって眠くなっちゃうんだもん」

「それでも、鉄平にだけは連絡しなきゃだめでしょ。鉄平があんたのことを心配するのはわかっていたでしょ。何度もアパートを見に行って、真っ暗だからがっかりして、その繰り返しだったんだよ。あんたの携帯にいっぱいメール、いってたんじゃないの?」

「うん。ごめん。でも、でもさ、鉄平はもう、おとなだから。もう、真々子はいらないでしょ?」

 蚊の鳴くような声で真々子は俯いた。わたしは胸を突かれた。

「じゃあ、わたしは? わたしのことは思い出さなかったの? いっぱいメールしたし、電話の履歴も残っていたでしょ」

「思い出したよ。トコちゃんに会いたかった。でも、真々子……。思い出すんだよね。トコちゃんと鉄平と抱介の三人で、楽しそうにオープンキャンパスに出掛けてく姿を。真々子も、一緒に大学、行きたかった」

 真々子は蚊の泣くような声でうつむいた。

「そんなこと言ったってしかたないじゃない。真々子は就職組なんだから」

「うん……わかってる」

 消え入りそうな真々子の返事がかわいそうだった。

「わたし、帰る」

 椅子の音をたてて立ち上がり、逃げるように真々子のアパートをあとにした。カップ麺ができあがる距離にあるうちのマンションと、広い庭のある立派なお屋敷の鉄平の家と、その真ん中にある真々子のアパート。

 なんでわたしは真々子にやさしくできないのだろう。真々子のこと嫌いじゃないのに。鉄平のことでやきもち妬くことはあっても、仲を裂いて自分のものにして真々子を苛めてやろうなんておもったことないのに。もっとやさしくしてあげたいのに、励ましてあげたいのに、それができない。

 だって、わたしがどんなに言葉を尽くして励まし勇気づけたって、真々子が大学に行けるわけではないから。だから、嘘っぽいこと、いえない。ごめんね、真々子。わたし、慰めたりするの、苦手なんだよ。

 マンションのエントランスが見えてきた。夜のマンションは眩しいくらい明るくてきれいで、わたしは滲んできた涙を拭ってホールに入ったのだった。

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