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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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 思い返してみると、高校生活の中で一番気楽で楽しかったのは一年の時までだったかもしれない。二年になったら、もっと楽しいことが待っているとおもっていたのに現実は甘くなくて、四月には進路希望調査の用紙が配られ、基礎学力診断テストもあり、五月には保護者を対象にした進路セミナーがあった。

 そして六月になると三者面談で、なんだか、どんどん社会に出て行く準備を推し進められて行く気がして不安を覚えたものだ。

 でも月日はためらうことなく流れてゆき、六月には体育祭、十月には修学旅行、十一月は文化祭と、瞬く間に高校の二年生は過ぎていった。

 三年生になると進路の年間計画というのがあって、大学・短大、専門学校、就職とに分かれ、それぞれに沿って進んでいく。

 わたしと鉄平と抱介は進学するけど真々子は就職希望なので別々だ。わたしと鉄平と抱介が連れ立ってオープンキャンパスに行っている頃、真々子は就職希望者説明会を受けていた。

 夏休みが明けたらすぐに指定校推薦説明会と指定校推薦一覧配布があり、進学組のわたしたちが真剣に資料に目を走らせていた頃、真々子は会社見学と面接と履歴書の書き方の指導を受けていた。

 九月に入り、センター試験の説明会と出願があって、いよいよ受験体制だと気持ちがひきしまった。真々子も入社試験応募書類を提出し、中旬には入社試験が始まった。

 あのころは、わたしも鉄平も抱介も、初めての事に緊張の連続で、真々子のことを思いやる余裕がなかった。

 わたしには鉄平と抱介がいたから、お互いに不安とか焦りとか、愚痴などをこぼし合って気を紛らわせていたけど、真々子は社会に出て行く不安を、たった一人で受け止めていたのだ。

 鉄平に大きなおにぎりを持ってくるのが何年間もの習慣だったのに、真々子にはもう、そんな余裕はなくなっていて、いつの間にかわたしたちは、それぞれの進む道に向かって歩き出していたのだった。

 大学入試センター試験の日は、霙交じりの雨だった。この日ばかりは風邪をひいてはいけないのでマフラーに手袋はもちろん、プクプクのダウンジャケットを着て長靴を履いて試験会場に向かった。

 それが終わって一月の末は卒業試験。二月は国公立大学と私大の受験で神経をすり減らし、息つく間もなく合格発表があり、喜んだり悲嘆にくれたりしているうちに三月になって、慌ただしいまま卒業していた。

 わたしは隣県の神奈川県の市立大学に受かり、鉄平は東京の情報理工学部がある国立大学に、抱介は千葉県の国立大学へと散らばっていった。新しい生活が始まって、なにもかも珍しく、緊張とワクワク感の中で、女子大生という身分に浮かれていた。

 高校生だったころの子供っぽい服は箪笥の奥に押しやられ、大人っぽい服を着て五月のキャンパスを歩くのは最高の気分だった。世界が一回りも二回りも広がって、わたしは興奮していたのだ。

 鉄平と抱介から電話やメールは来なかったが、それを不満にはおもわなかった。わたしが新しい生活に夢中なように、彼らもそうだとおもっていたからだ。ましてや、社会人になって働いている真々子は、学生のわたしより忙しいのだろうから、メールする暇もないのだろうと簡単に考えていた。

 ほんとうに迂闊だった。真々子とは幼稚園の時から一緒だったから、ちょっとぐらい電話しなくても平気だろうと高をくくっていたのだ。あの子のことだから、どんな場所にいても、高校の時と同じように元気に職場を飛び回っているだろうとおもっていたのだ。夏休みになったら、アパートに行ってみようと気楽に考えていた。だから、夜、インターフォンが鳴ってモニター画面に映っている鉄平の尖った顔つきを見たとき、ドキッとした。

「坂巻、下まで降りて来いよ」

 インターフォンから聞こえてくる鉄平の声は怒っていた。わたしは夕飯を途中にして玄関に急いだ。お母さんが、「どうしたの。どこに行くの。お夕飯の途中でしょ。塔子ちゃん」と、テーブルから身を乗り出して声をかけてきたが、「すぐ戻るから」といってサンダルをつっかけて玄関を出た。

 共用廊下の天井に等間隔に並んでいる照明が、長く伸びた廊下の床を白々しく照らしている。エレベーターに乗って一階まで降りると、エントランスホールロビーのガラス扉の向こうに鉄平と抱介が立っていた。

 来訪者用の玄関ロビーに出て行くと、鉄平がさっそく口を開いた。

「真々子が消えた」

「え?」

 わたしは眉を寄せて鉄平と抱介を交互に見た。今度は抱介がいった。

「おまえなら知ってるんだろ。女同士だから、なんでも話すんだろ。真々子はどこにいるんだよ」

「女同士だからって、なんでも話すわけじゃないわよ。真々子のことなんか知らないわよ」

 抱介が詰め寄るように一歩前に出る。

「なんで知らないんだよ。高校を卒業して四か月も経つんだぞ。まさか、そのあいだ、一度も真々子と連絡を取っていなかったのか」

「いなかったわよ。それがどうしたっていうのよ。真々子がなんなのよ」

 鉄平が唸るようにいった。

「真々子がいない。いくら電話してもメールしても出ないんだ。アパートに行ってもいつも留守だ。坂巻なら何か知ってるんじゃないかと思って来てみたんだ」

 わたしはとっさにジーンズのポケットに手を入れた。スマートフォンは家に置いてきたんだっけ。二人を見ると、怒ったようにわたしを睨みつけている。なんで、そんな顔で睨まれなきゃいけないのよ。わたしが何をしたっていうのよ。だんだん腹が立ってきた。でもそれは、鉄平たちになのか、自分自身になのか、あるいは真々子になのか、よくわからなかった。

 わたしは二人のあいだを突っ切って真々子のアパートに向かって走り出した。鉄平と抱介もついてくる。歩いたってカップ麺ができあがる距離なのだから、走ったらすぐについてしまう。

 絵本に出てくるようなかわいい色彩とデザインのアパートは、真々子の部屋を除いて全部屋に明かりがついていた。階段を駆け上がって角部屋の真々子の部屋をノックする。そんなことをしたっていないのはわかっているけど、とにかくノックするのは人間の習性らしい。ついでにノブも乱暴に回してみる。「真々子」と呼んでみる。でも、いないものはいないのだ。

「真々子。出て来い」

 どこかにいるはずの真々子に怒鳴ってやった。どうしたのよ、真々子。どこにいるの。なにをしているの。なんで鉄平の電話にでないのよ。あんなに可愛いがって育てていた鉄平の電話に出ないなんて、あんた、どうしちゃったのよ。

 どんどん不安が胸に広がっていった。わたしは階段を駆け下りて鉄平と抱介の前に立った。

「いつから真々子と連絡が取れないのよ」

 ケンカ腰のわたしの言い方に抱介がいきり立った。

「おまえ、就職組の真々子のことなんか、すっかり忘れて、大学生になって浮かれまくっていたんだろ。おまえが、もう少し真々子のことを思いやっていたら、おれたちの前から姿を消すなんて、しなかったんだ」

「わたしのせいだっていうの。信じらんない。自分こそどうなのよ。あんたのことだから、大学に入ってナンパしまくっていたんじゃないの。わたしは真々子の番人じゃないわよ。なんでわたしが責められなきゃいけないのよ」

 涙がジワリと滲んできた。悔しい。なんでわたしがそんなことをいわれなくちゃいけないの。なんでわたしが悪いのよ。いなくなったのは真々子の勝手じゃない。文句なら真々子にいえばいいのよ。

「言っておくけど、わたしは真々子とトモダチじゃないからね。家が近所の同級生というだけだからね」

「えっ?」

 抱介が間の抜けた顔をした。

 真々子はわたしの恋敵だ。真々子と鉄平はわたしの気持ちに気づいていなかったかもしれないけど、わたしは小さいときから鉄平が好きで、でも、真々子は最強で、いつも二人のことを指を咥えて眺めていた恋愛敗者だ。

 わたしの気持ちなんか誰もわかってくれなくて、真々子がいなくなったのはわたしの責任みたいに一方的に責められて、悔しくて悔しくて、涙をこらえるのが精いっぱいだった。そんなわたしを、鉄平がじっと見つめていた。

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