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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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 真々子は抱介を庇うように前に出て両足を広げた。むんずと両の握りこぶしを腰に当てる。小さいながらも力強い立ち姿だ。

「いいかげんなことを言うな。抱介のことをそんなふうに言うなら、真々子だって言ってやるよ」

 でも、大谷君は真々子の頭の上をとおりこして真っ直ぐ抱介を睨んでいる。

「滝沢が角田に変わっていたから最初は気がつかなかったよ。することがあざといよな。親戚の籍にでも入れてもらって身元をかくしたのか。卑怯な奴だ」

 抱介の顔色が変わってきた。真々子を押しのけて大谷君の前に立つ。

「卑怯だと? おまえもあいつらみたいに、隠れてタバコを吸っているんじゃないだろうな」

「タバコなんか吸うかよ。おれは、あいつらとは違う。陰でタバコ吸って酒飲んで、せっかくの甲子園行きをパアにして、野球部が廃止になったらバカみたいだからな。おれがおまえを卑怯だというのは、あいつらのしていたことを、先生にチクったことだ」

 話が深刻になってきた。わたしは足音を消してこそこそと近づいた。向かい合っている大谷君と抱介はもちろんのこと、彼らを取り巻いている野球部のメンバーも息を殺して二人を見つめている。

 緊張を破るように抱介が声を強くしていった。

「おれはチクったりしてない! 逆に、先生たちにばれないうちにやめるように説得したんだ。そしたら、酒が入っていたから、先輩たちがいきり立って、殴りかかって来たんだ。おれは悪くない」

「黙って殴られていたらよかったんだよ。おまえが抵抗してケンカになったから、大ごとになってばれたんじゃないか」

「おれは十二針も縫ったんだぞ。うちの親が被害届を出そうとしたら、強引に示談にもっていったのは、おまえの先輩の山下だったんだぞ。おれがここに転校した話も山下から聞いたんだろ」

「山下先輩は甲子園を逃して退学した。みんなおまえのせいだ」

 逆恨みじゃないか。わたしはだんだん腹が立ってきて、一言いわずにはいられなくなってきた。でもそれは、ほかの人たちも同じだったらしく、野球部の部員たちがいっせいにしゃべりだした。その声を押しのけるように真々子が小さいくせにしゃしゃり出た。

「真々子は覚えているよ! 大谷君は、小学校に入学したときウンコをもらした!」

 大谷君がぎょっとした。真々子は肩を怒らせて続けた。

「学校でウンコがしたくなっても家以外のトイレではできなくて、そんで、先生にも言えなくて、泣きながらウンコをもらした。臭かった!」

 みるみる大谷君が真っ赤になった。言い返そうとしても、口がピクピクするだけで言葉が出てこない。

「まだあるぞ。三丁目の恵梨香ちゃんが大谷君のことが好きで、無理やりチュウをしたら、驚いておしっこをもらした。ほかにもあるぞ」

「だ、黙れ! でたらめいうな」

「だったら大谷君も黙れ!」

 大谷君はハッとした。そして、一気に頭が冷めたような表情になって、まじまじと真々子を見つめた。

「おまえのこと、忘れていたよ。真々子」

「真々子っていうな」

「侮れないよな。おれと付き合おうぜ、伊坂真々子」

「やだ! 抱介を苛めるやつとなんか仲よくしない!」

 鉄平は素早く真々子の手を握った。

「真々子にかまうな。それと、抱介にもだ」

 大谷君は、ふふん、と笑っただけだった。真々子を間に挟んで抱介と鉄平の三人が、わたしのほうに歩いてくる。わたしがここにいることが当然のように。

 大谷君が抱介に声をかけた。

「角田抱介、もう野球やらないのか? やれよ、野球。仲間に入れてやるよ」

 抱介は黙ったままだった。また大谷君が何かいった。「真々子」と聞こえたようだったけど、真々子は鉄平と仲良く手をつないで歩きながら、かわいい野ネズミのファミリーの話に夢中になっていた。

 わたしは三人から少し遅れて歩きながら、なんとなく抱介の後ろ姿を見つめていた。

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