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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
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稚園のときの角田鉄平は、とにかく可愛いかった。わたしは鉄平のことが好きだったから仲良しになりたかったけど、同じ幼稚園の伊坂真々子が鉄平に手を出して自分のものにしてしまった。幼稚園の頃から始まって、小学校、中学、高校と、真々子は鉄平を独占し続けた。悔しいことに、それをわたしは指を咥えてみているしかなかった。でも大人になって、わたしたちを取り巻く環境が変わり、真々子と鉄平の関係にも影がさしはじめたとき、鉄平に言ってやった。「ちゃんと真々子を振ってよ」と。でも、鉄平は返事をしなかった


 幼稚園のときの角田鉄平は、とにかく可愛いかった。

 お人形のような顔をしてピヨピヨ泣きながら、鼻を垂らして涎を垂らして、とにかく、よく泣く子で、鼻が垂れても涎が垂れても可愛いかった。

 同じ幼稚園児だったわたしは、泣いている小さな鉄平を泣きやむまで抱きしめていたかったが、わたしより手が早い伊沢真々いざわままこが、いつも先に鉄平に手をだした。

 西の空に、まだ太陽が残ている晩秋の公園でブランコに座りながら、いつものように鉄平はピヨピヨ泣いていた。欅が鮮やかな黄赤色きあかいろに色づいて、小さな葉がはらはらと鉄平の上に降っていたっけ。

 公園で遊んでいた子はみんな帰ってしまって、わたしたち三人しかおらず、すぐ前のバス通りを車がスイスイ走っていた。

 ほんとうは家に帰らなくてはいけない夕暮れで、お母さんが心配しているのはわかっていた。でも、ブランコに座って泣いている鉄平を、真々子が短い両手であやすように抱きしめて、涙を拭いたり、垂れている鼻水をティッシュで拭いてやったりしているのを、じっと指をくわえて眺めていた。

 真々子はおしゃまというのとはちょっと違った女の子だった。わたしからみれば単細胞過ぎる性格で、とにかく世話を焼くのが好きで、かわいいものは、みんな真々子のお気に入りだった。

 真々子は鉄平の涙で濡れた顔を拭きながら、彼の柔らかな髪に指を絡めて感触を楽しみ、お気に入りの人形にキスするみたいに何度も鉄平の顔にキスをした。

 その日の鉄平は、なかなか泣き止まなくて、いつもと違うなとおもっていた。だって、真々子が抱きしめて、頭を撫でて、ほっぺに何度もキスをすると、鉄平は安心したように泣きやむのが常だったからだ。だからわたしは、隣のブランコに跨って小さく揺らしながら、真々子に抱かれている鉄平に声をかけてみた。

「角田。どうしたのよ。なんでいつもみたいに泣き止まないのよ」

 わたしは鉄平の頭を撫でようとして手を伸ばした。すると、真々子に甘えて寄り掛かりながら、わたしのほうをちらりと見て、「やめろよ、坂巻」といったのだ。

 子供のくせに冷たい目だった。わたしはその目にショックを受けた。そのショックは、もしかしたら、その後の成長過程におけるわたしの人格に影響を及ぼしたかもしれない。性格が多少悪くなったのは、このときの鉄平の一言と冷たい眼差しのせいだとおもっている。

「トコちゃんのことなんか、放っておこうね。おりこうだから、もう泣くのはやめようね。お腹がすくし、疲れるからね」

 真々子がそんなことをいって鉄平をなだめた。なによ、二人してわたしを仲間はずれにしてさ。

「そうだ。アメがあったっけ」

 真々子は赤いズボンのポケットからパイナップルの飴玉を取り出した。二つしかなかった。

「はい。鉄平」

 袋を破いて真々子は鉄平の口にパイナップルの飴玉を入れてやった。一つ残った飴玉を見つめて、ちらりとわたしを見た。そして、こそこそ背中を向けて、すばやく飴玉を自分の口に入れてしまった。いらないよ、そんな飴。

「おいしいね。鉄平」

 そういって真々子は鉄平に頬ずりした。

「あのね、ぼくのママがね」

 鉄平は、一生懸命飴玉をなめながら言葉を続けた。

「ぼくのママがね。今朝、天国にいっちゃったの」

「天国に?」

 真々子が驚いて目を大きくした。わたしもちょっとだけ驚いた。なぜちょっとだけなのかというと、お母さんがお父さんに、角田さんの奥さん、どうもいけないらしいわと、話していたからだ。鉄平のママは、どこが悪いのかは知らないが、入退院を繰り返していた。

「ママが天国に行ったら、もう会えないんだって。そんなのイヤだ。ママァ」

「鉄平。真々子が鉄平のママになってあげる」

 わたしは目を剥いた。なにをいっているのだ、この幼稚園児は。

「真々子ちゃんが、ぼくのママに?」

「うん。これから、ずっと、ずっと、真々子が鉄平のママになってあげる。だって、真々子はママ子だから」

「あ、そうか。真々子のままは、ママなのか」

「そうそう! だから鉄平。もう泣かなくていいよ。真々子が一生鉄平を可愛がってあげるからね」

「うん」

 はああああ? なにを言っているんですか幼稚園児の伊沢真々子さん。

 暗くなった公園に、鉄平の親戚のおばさんが喪服姿で探しに来た。おばさんからは、かすかに線香の匂いがしていた。

 鉄平がかわいかったのは、小学生までで、中学になったあたりからぐんぐん背が伸びて顔だちも男らしくなっていき、部活のせいで体つきも逞しくなってしまった。男らしいイケメンに成長してしまった鉄平は、女子の人気を一身に集めたが、鉄平の世話を焼く真々子は学校中から白い目で見られていた。


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