最後の一人
「ルドヴィカ。貴様いったい何人の姉妹がいるんだ?」
次々と現れるルドヴィカの姉妹達に罪を肩代わりされ、ルドヴィカ自身の非を問うことが出来ないとアンリは憤る。
全くの冤罪なのだがとルドヴィカは嘆息する。そもそも貴族のそれも公爵家の家族構成を王族であるアンリが知らないことのほうが問題なのではないかと思う。
「もう一人魔法省に入り浸っている妹がいますが…」
「呼んだ?」
ルドヴィカの後ろから毛玉が現れる。ぼさぼさの髪に分厚い眼鏡をかけて薄汚れた白衣を着た人物はとてもパーティ会場にふさわしい人物ではなかった。
「フィ、来るならきちんとした格好で来なさい」
「すぐ帰る。スー」
スザンナを手招きし、薄汚れた白衣のポケットから金色の腕輪を取り出して渡す。目をキラキラさせたスザンナに腕を出すようしぐさで示し、その左腕にかちゃりとはめた。
「何でござるか?」
「あらカー。戻ってきたの?」
「アレク殿に委細報告してきたでござる。さほど時間はかからなかったゆえ、学園に戻るならフィも連れて行けといわれて一緒に戻ってきたでござるよ」
「ねーねーこれ何?わたしにくれるの?」
「綺麗ですわ。フィが作ったのならば何かの魔法具かしら」
「転移魔法の補助具」
「うわーフィありがとう! これで壁に挟まれなくなる?」
「あたしもほしーなー」
「居場所の追跡機能アリ」
「え?」
「じゃあスー専用だねー」
「フィ! そんな機能つけないでよ」
「そんな機能をつけられるなんでさすがフィですわ」
「小生は転移魔法は得意ゆえいらぬのでござる。それに忍者が居場所を知られても困るゆえ」
「あなたは忍者ではないはずなのですが…」
同じ顔が6人そろった。
「アンリ様。こちらがスフィーア家6女『ルドヴィカ・フィオレンツァ・スフィーア』です。先ほど申し上げたとおり魔法省に入り浸って魔法具の開発をしております」
ぼさぼさ頭と分厚い眼鏡で分かりにくいが、その顔はルドヴィカによく似ていた。綺麗にすれば上の姉妹達と同じようにそっくりになるのだろう。
フィオレンツァは薄汚れた白衣のポケットに手を突っ込んだままぺこっと頭を下げた。
「帰る」
ぼそっと呟いてカーの裾を引っ張る。
「もう戻るのでござるか? 久しぶりの学園を楽しんでこいとアレク殿もおっしゃられていたでござるよ」
「それに家にも帰って来て欲しいわ。わたくしが戻ってから一度も家でフィに会ってないもの」
「めんどい」
頭をかきながらあくびまでするフィオレンツァ。この場に来たのも普段なかなか捕まえることの出来ないスザンナに転移魔法の補助具という名の追跡装置を渡すためだ。
ちなみにフィオレンツァも転移魔法が苦手である。短距離ならともかく長距離は難しい。学園から魔法省までの距離は中距離程度なので出来ないことはないのだが、いかんせんめんどくさがりの性格が現れている。ルドヴィカたちの中で一番転移魔法が得意なのがカールラだったりする。
ついでに一般に転移魔法は高位魔法であり、おいそれとぽんぽん使えるものではない。短距離でも専用の魔法陣を使用する。長距離になれば何人かの魔法使いが魔力を注いで魔法を行使することになるが、それでも失敗するリスクが3割ほど残っている。
「これで全員か?」
「スフィーア家の家系図に記されている妹達は」
「何だその歯切れの悪い言い方は」
「例えば義弟などは記されていませんので」
親の再婚によってスフィーア公爵家の人間となった義弟のデビットは家系図に記されていない。スフィーア公爵の血を引くものしか記されないのである。貴族籍には名があるのできちんとスフィーア公爵家の人間として扱われている。
「ふむ。では皆が揃っているときに問おう」
アンリが芝居がかったようなしぐさでルドヴィカ達に向き直る。
「なぜルイズの魔力を封じたのだ?」
しんっとあたりが静まり返る。魔力の封印は犯罪者に行われるもの。普通ではありえない。
「ルイズの魔力が封じられている。1週間ほど前から、より正確にいうと階段から落とされた直後からだ。そのときは転移魔法の影響かとも考えたがそれなら長くとも1日程度で元に戻るはずだ。魔力封印の魔法具もつけていない。どういうことなんだ?」
ルイズの魔力が封じられたことは事実なのだがその原理が分からない。犯罪者等に行われる魔力の封印には重厚な手枷足枷や部屋一面の魔法陣が必要になる。ルイズはそのようなものをつけていないし、移動も自由に行っている。
魔法を使用し魔力が失われても通常一晩休養すれば元に戻る。転移魔法を使用したり無茶な魔法の使用をすると魔力酔いと呼ばれる現象が起こり一時的に魔法が使えなくなるときがある。それも2~3日休養すれば元に戻る。
正直、アンリはこの件をルドヴィカの責任とするつもりはなかった。あまりにも不可解な出来事だからだ。しかしルドヴィカの罪を断罪したかったのだが、尽く無罪を勝ち取られたため、仕方なし持ち出した。
ルドヴィカの罪を問うのではなく、ルイズに同情を買って婚約破棄をする方向に持っていこうとしているのだ。
「私には身に覚えのないことです」
「わたくしにも」
封印の事実に驚き、口々に否定の言葉を述べるルドヴィカたち。
「封印?」
殊のほか興味を示したのはフィオレンツァ。ルイズに近寄って周りをうろちょろしている。くんくんと匂いを嗅いだら何か分かるのだろうか。
「魔力を感じるのだが…」
「そんなはずは…」
ルイズが否定の言葉を述べるが自身の体に起こっている変化に気がついた。
「魔力が戻っています!」
「なに!?」
一週間何をしても僅かにも感じられなかった魔力が確かに感じられる。ためしにヴィオラの魔法印の書き足された拙いカードを使用したら小さな火球が出現した。
「よかったな、ルイズ」
「はい! でも、どうして?」
喜ぶアンリとルイズ。祝う側近達。
呆れているのはルドヴィカたち。何がしたかったのか。もともと魔力の封印なんてなかったのではないかと疑ってしまう。
その中でフィオレンツァだけが難しい顔をして考え込んでいる。
「フィ?」
ルドヴィカが声をかけても動かない。
ルドヴィカに罪を着せることもルイズの同情を買うことも失敗したアンリはこの場をどう収めようか内心で非常に焦っていた。このままでは冤罪を着せたとしてアンリ自身に罰が下されるだろう。ルドヴィカとは婚約破棄できるだろうがルイズと婚約できるかどうか分からない。謹慎蟄居で過ごすのだろうか。ルイズと会えなくなるのは嫌だなとその程度しかアンリは考えることが出来ない。最悪の事態の想定が全くもって最悪ではない。学園の成績は良いのだが、現実問題にはめっぽう弱いアンリであった。
「ルイズ」
ずっと考え込んでいたフィオレンツァがふいに顔を上げて口を開いた。ルドヴィカよりも低い声に一瞬驚いたもののルイズは返事を返す。
「手を」
フィオレンツァが手のひらをルイズに向けて差し出す。握手ではなく手のひらを合わせて欲しいとの要求に首をかしげながら応えた。
2人の手のひらが合わさる。そして。
「魔力が…封印された?」
ルイズから魔力の気配が消えた。何も道具を使うことなく魔法陣を使用することなくただ手を合わせるだけで魔力が封印された事実に驚愕する一同。
もう一度手を合わせると再びルイズに魔力が戻る。
その光景を目にしたルドヴィカたちが別の意味で驚愕の声をあげた。
「まさか…」
「アーダ、なのですか?」
「ホントーに?」
「信じられぬでござる」
「嘘…」
幽鬼のようによろよろとルイズに近寄り手を伸ばす。その光景に恐怖を感じたルイズは後ろに下がる。
「アーダ?」
初めて聞く名に首をかしげるアンリたち。それを聞きとめたルドヴィカが説明は自分の役目だと立ち止まる。ドミティッラたちはそのままルイズに近寄り涙するものもいる。
「先ほどスフィーア家の家系図に乗る妹達はフィオレンツァまでの6人と申し上げました。しかし本来ならば私たちは7つ子。もう一人、『ルドヴィカ・アーダ・スフィーア』がいるのです」
ルイズを見ながら目を細める。
「末妹アーダは生まれた直後に誘拐されました。スフィーア家が全力を挙げて捜索をしましたが結局見つかりませんでした。それがこんな形で再会するなんて…」
ハンカチを取り出し目元を押さえる。
「ルイズがその『アーダ』だと言うのか? そんな証拠はないだろう?」
そっくりな6人姉妹をみるときっとその『アーダ』もそっくりなのだろう。どう見てもルイズはルドヴィカと似ていない。
「私たちには特殊な魔法が使えるのです。いいえ、体質と言ったほうがいいでしょう。7つ子として同時に生を受けた私たちは魔力の相互利用が可能なのです。『ルドヴィカ・スフィーア』が高い魔力を誇ることはご存知かと思います。もちろん一人ひとりでも高い魔力を持っていますが、最高6人分の魔力を1人に集約して使用することも可能なのです。これが高い魔力を持つと言われるゆえんです。その集約は手のひらを合わせるだけ。意図せず魔力を取り込んだり送ったりすることもありますが、私たち6人は日ごろから魔力を交換することでその量を調整することが出来ます。アーダ…ルイズさんは初めてのことだったので加減が出来なかったのでしょう。私たちの小さい頃と同じです」
アーダが誘拐され行方不明になった原因に、7人全員に目が届かなかったことと、誘拐犯に7人いるうちの誰でもいいから誰か1人、という思いを与えてしまったことにあると考えたスフィーア公爵はこの体質を利用してルドヴィカたちを『ルドヴィカ・スフィーア』という型にいれて守ることを思いついた。一人ひとりには得意不得意があるが全員が集まれば最強の人間になることに気がついたのだ。
ゆえに幼い頃からルドヴィカたちは互いの魔力を使用してきた。オクターへ転移するときはドミティッラとカールラに、強力な結界を張るときにはヴィオラに、敵兵を殲滅するとなればスザンナに、精密な魔法具を作るときにはフィオレンツァに、それぞれの魔力を集中させた。
幼くとも交渉術に長け、最高の結界魔法を持ち、最強の攻撃魔法を使用し、何かあれば隣国までも転移でき、時にトリッキーな魔法具で周囲を混乱させる『ルドヴィカ・スフィーア』。
そんな彼女に手を出す輩はいなかった。
家系図にも貴族籍にも全員の名が記載されているが、6つ子である事実がほとんど知られていなかった理由の一端がここにある。秘密にしているわけではないが、積極的に公にしているわけでもない。現に貴族の社交場である夜会にはルドヴィカしか出席していない。
それぞれが得意分野で十分すぎる実力を持ったので、そろそろ『ルドヴィカ・スフィーア』の役目を終えようと考えていたところだったのだ。
「おそらく階段でぶつかった際にスザンナとアーダの、ルイズさんの手が触れたのでしょう。魔力枯渇で転移に失敗したスザンナがルイズさんの魔力を無意識に吸収したのだと思います。普通に魔法を使用する分の魔力の回復は休養を挟めば良いのですが、魔力の交換をした場合、全魔力を持っていかれると回復までに最低でも1ヶ月程度はかかります。戦場などで総力戦を行った兵士の回復と同じようなものです。だから封印されたように見えたのでしょう。さきほど再度スザンナとルイズさんが握手をしたことで魔力の交換が行われたのだと思います」
ドミティッラたちにもみくちゃにされているルイズを見ながらルドヴィカが答えた。元凶と思われるスザンナはぼろぼろと涙と鼻水を垂らしながら頬ずりしていてルイズが迷惑そうにしている。
「ルイズはロー子爵家の人間だろう? それに貴様達とは似ていないぞ?」
「ルイズさんはロー子爵の庶子だと伺っています。母親は平民で、子爵はルイズさんの存在をご存じなかったとも。子爵やルイズさんの母親がアーダの誘拐に関わっていたとは思いづらいですが、誘拐犯が何らかの事情で置き去りにしたアーダを引き取った可能性も考えられます。そのあたりのことは今後詳しく調べます」
スフィーア公爵家の総力を挙げてロー子爵家を調査することが今、決定された。
「私たちだって似ていないでしょう?」
そっくりな顔をして似ていないという。
ルドヴィカ達は自分達が似ているという自覚はない。鏡写しのようにそっくりに見えるルドヴィカとドミティッラが多少似てるかな、と思う程度だ。だからルイズがルドヴィカに似ていないのは本人たちにとっては当たり前のことなのだ。
「それで、アンリ様。婚約についてはいかがなさるのですか?」
「え?」
「私と婚約破棄したかったのでしょう?」
アーダの件について早急に取り掛かりたいルドヴィカはアンリを急かすことにした。これ以上無駄な時間を過ごす気はない。
「一応言っておきます。私は別段アンリ様と結婚したいわけでは在りません。家のため国のための政略結婚です。破棄なさりたいなら下手な小細工をせずにそれ相応の覚悟をもって国王に進言なさいませ」
「は、はい」
しょぼんとうなだれる。
が、そんな男に興味はない。
しかしかわいい末妹がこの男を好きだというのなら協力してやらなくもないと、ルドヴィカは発言を続ける。
「ですがアンリ様の婚約者は『ルドヴィカ・スフィーア』です。実のところ正式な婚約者は私たちの誰か、なのです」
「はぁ」
ルドヴィカの発言の意図が分からず気のない返事を返す。全くもって末妹の趣味が分からない。
「ルイズさんも『ルドヴィカ・スフィーア』なのですよ」
その言葉にアンリはがばっと顔を上げる。目は見開き口はぽかんと開いている。
「今回の騒動に関してご自分で収拾くださいませ。その後ルイズさんをスフィーア公爵家7女『ルドヴィカ・アーダ・スフィーア』として迎え入れます。そのときになってもルイズさんの気持ちがアンリ様にあるのなら、私たち『ルドヴィカ・スフィーア』がお2人の結婚を応援しましょう」
アンリはない知恵を絞って事態の収拾に当たった。