結婚問題、解決します!解決編
ソロモン人材派遣協会の問題解決係である僕間 一人と悪魔アンドロマリウスの元に新しく仕事が舞い込んで来た。依頼者は悪魔アザゼル。今度人間の女性と結婚するのだが、彼女がどうしても教会で結婚式をしたいという。彼女の為に教会に入れるようになる!その手助けをして欲しいというのが今回の仕事だ。悪魔が教会で結婚式を挙げるなど前代未聞、絶対無理!とは思うがの我が社の人材の問題を解消するのも問題解決係の仕事。無茶でも何でも一肌脱ぎます!
今回は特訓編、僕にとってもアザゼルさんにとっても地獄の特訓が今始まる。
アンドロマリウス、お前は逃げるな!
このお話は前後編の後編です。
某日、アザゼルさんの自宅リビングにて。
先日アンドロマリウスの裏切りによりアザゼル教会克服計画を実行せざる負えなくなった僕は、今日キャリーバッグ二つを持ってアザゼルさんの自宅にお邪魔していた。
もちろん裏切った犯人、あの正義馬鹿も一緒だ。
「先生、よろしくお願いします」
アザゼルさんが正座をして頭を下げる。
「畏まらなくても良いですよ。多少荒療治になるかもしれですけど大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ。是非やってくれ」
「解りました。では早速……」
僕は懐に入れていた小さな十字架をテーブルに置く。
「うわっ‼」
アザゼルさんは目視した瞬間声を上げてたじろいだ。
それと同時に隣でバタバタと音がした。
横を見ると隣で座っている筈のアンドロマリウスが居ない。
どこに居るのかとソファーの裏を見ると、狭い隙間に長身を押し込んでヤツが縮こまっている。
「おい」
僕は声をかける。
するとヤツがプルプル震えてこちらに振り返った。
「十字架を……いきなり見せるとは……聞いてないぞハザマ……」
目が潤んで泣きそうになっている。
「アザゼルさんがどの位十字架に耐性があるか見たかっただけだったんだけど。そこまで怯えることないじゃないか」
大体自分で引き受けておいて……
「彼は仕方がないよ。間くん」
僕は振り返る。
アザゼルさんが十字架を見ないように目を逸らしながら僕に言う。
「僕は堕天使だからまだ平気だけど、彼はこれ関係でとても痛い目に遭っているからね。付き合ってくれてるだけでもありがたいよ」
「はあ……」
そうは言っても……こうなったのは自業自得なんだけどなあ、と僕はアンドロマリウスを睨みつける。
「我が友よ、不甲斐なくてすまない……」
アンドロマリウスは消えそうな声で言う。
「そんなことないさ。さ、間くん特訓を再開しよう」
アザゼルさんは笑みを浮べて言った。
相変わらず目を逸らしながらではあったが。
「では、特訓に移りたいと思います」
ローテーブルに出していた十字架を片付けぼくは一枚の板チョコを取り出した。
包みを外し、アザゼルさんに渡す。
疑問符を顔面に引っ付けながらアザゼルさんが板チョコを受け取る。
「私もチョコレートが食べたいぞ」
ソファーの裏から這い出てきた馬鹿が馬鹿を抜かすが無視する。
「 板チョコがどうしたんだい間くん?」
「まあ急かさないでください。今から僕のいう通りにして下さい」
ここで僕の作戦について説明しようと思う。
まず板チョコの角を一つ折って食べる。
それを4回繰り返すと四隅が欠けている状態になる。
するとどんな形になるだろうか。
そう十字架である。
ずんぐりむっくりな十字架の形になる。
そこから段々十字架に近づけて行き、完全に十字架になったところでがぶりと齧って貰う。
十字架を体外と体内の両方から克服しようというわけだ。
解説している合間に四隅をアザゼルさんが食べ終えた。
どうやら作戦が分かってきたらしい。
「君の策が見えたよ。これならいけるかもしれない」
アザゼルさんは黙々と板チョコを折って食べて行く。
……ちょっと暇になった。
アンドマリウスで暇を潰そう。
僕は隣に目を遣る。
アンドマリウスは顔を青くして固まっていた。
ははん、板チョコがどうなるか解ったは良いものの、逃げるタイミングが解らなくて固まってると見た。
さすがにこれ以上居させても本人が可哀想なので助け舟を出してやろう。
「アンドマリウス」
僕が声を掛けるとスッと振り向く。
「お遣い、ジュース3人分買ってきて。お金はあとで払うから」
アンドマリウスの顔がパッと明るくなる。
「ジュース買って来てくれるのかい?じゃあジンジャーエールがいいな」
アザゼルさんが食べる手を止めて言う。
「僕はコーヒー。微糖のを買ってきてね」
「了解した」
アンドマリウスは立ち上がり扉の方へ向かう。
そして振り返る。
「ジュースは私が奢る」
一言だけ告げて彼は部屋から出て行った。
「……ブッ」
吹き出したのはアザゼルさんだ。
「君たちは本当に仲がいいね。いやあ良かった良かった」
ケラケラ笑って収まる様子はない。
「良かったってなんですか、普通ですよ」
「普通がいいんじゃないか。[[rb:悪魔 > ぼくら]]が長年渇望していた物だよ」
アザゼルさんはニコニコ笑ってまた食べる作業に戻ってしまった。
悪魔が求めていたもの、僕とアンドロマリウスの関係……
面倒なヤツの世話をしてくれて嬉しいってことだろうか?
嫌だなあ、それ。
「間くん」
アザゼルさんの方を見ると板チョコが綺麗に十字架の形になっていた。
「いよいよですね」
「うん」
「一気に行っちゃって下さい」
「うん」
静寂。
「いくよ」
アザゼルさんの口が大きく開き、十字のチョコが間に入る。
……が口が閉まらない。
「アザゼルさん?」
そのまま数十秒時間が流れる。
アザゼルさんはとうとう十字のチョコを口から離してしまった。
「……チョコだとは分かっているんだけどね。」
「無理ですか?」
「十字架を体内に入れるって一瞬でも過ると駄目だね。なんだか内臓から清められる感じがして」
「そうですか……」
万事休すか。
いや、手はあるにはあるが絶対にしたくない。
したら嫌われる、と言うより殺される。
でもなあ、しなくても社長に殺されるんだよなあ。
「まだ何か手はあるかい?」
アザゼルさんが聞いてくる。
「あるにはありますが……あの……」
「うん?」
「何があっても怒らないですか?」
「怒らないよ」
「何があっても殺さないですか?」
「殺すわけないよ!君は同僚で僕のため頑張ってる恩人じゃないか」
「……解りました」
南無三、せめてアンドロマリウスの帰る前に事を済ませよう。
僕が死ぬとこ見たらトラウマになりそうだし。
「では、お風呂場に行ってもらっていいですか?」
僕らはお風呂場に移動した。
巨大なキャリーバッグ二つを持って。
「アザゼルさん。浴槽に水は入ってないですか?」
「うん。まだ入れてないよ」
「じゃあ、浴槽の中に入ってください」
僕の言うとおりに彼は浴槽に入る。
「今から何をするか説明します。浴槽の中に大量の十字架を放り込みます。ショック療法です。本当にダメだとなったら僕を殺す前にダメだって言ってください」
えっ、という顔をしてアザゼルさんが僕を見る。
顔面が真っ青を通り越して紫になっている。
「マジ?」
「マジです。克服したいんですよね」
コクと頷く。
「では、覚悟を決めて下さい」
「はぃ……」
キャリーケースを開けて、僕は中に入った大量の十字架を一気に流し込む。
アザゼルさんの頭に十字架が当たって体の隙間に溜まる。
「がああああああぁぁぁぁぁ!!‼」
家中に響き渡る絶叫、もう叫び声というより獣の咆哮だ。
でも浴槽の縁を掴み必死に我慢している。
キャリーケースの中がカラになる。
すぐさま二つ目を開けてアザゼルさんの頭にぶちまける。
ザラザラと流れ落ちる十字架、その中からぬっと手が伸び僕の首を掴んだ。
ヤバイ。
すべての十字架が浴槽に落ちて表れたのは、一本の角をを頂に生やす鬼ーいや悪魔だった。
目は赤く、理性はない。
「間ああああああああああぁぁぁぁぁ‼‼」
アザゼルさんが僕の名前を叫ぶ。
首を絞める手は力を増す。
苦しい。
殺さないって言ってたのにな……。
悪魔って結局嘘つきなんだ。
ああ……アンドロマリウスに頼んだ微糖どうしよう。
コーヒーみんな嫌いなんだよなあ。
息ができなくなって来た。
目の前が見えなくなってくる。
死ぬ、そう思った時
ドタドタと足音が聞こえた。
「ハザマ!」
「アザゼルくん‼」
浴室のドアにアンドマリウスがいた。
後ろに女性もいる。
ふっと首を絞める手が緩くなった。
僕は倒れ込み激しく咳き込む。
が、息も整わないうちに肩に衝撃が走る。
体が壁に激突する。
女性がぶつかってきたのだ。
「あなたアザゼルくんに何をしたの⁉」
女性が金切り声を上げる。
「違うんだアヤ!」
アザゼルさんが立ち上がり叫ぶ。
あ、正気に戻ったんだ。
「彼は悪くないんだ、ただ」
「あなたを十字架で殺そうとしたのよ!あいつは悪魔よ‼」
殺されそうになったのは僕、そして僕は人間だ。
僕は壁に持たれつつ、アヤと呼ばれた彼女の方を見やった。
アザゼルさんは彼女に対してことの次第を説明しようとするも、彼女は聞く耳を持たない。
悪魔の彼氏が十字架に埋まってたらまあこうなるわな、と二人を眺めているとバタンという音がした。
音のした方を見るとアンドマリウスが倒れていた。
再びリビング、倒れたアンドロマリウスを男二人で運び込みソファーに寝かせる。
彼女の方は別のことに気が行ったお陰で幾分落ち着きを取り戻していた。
「すみません、相方がご迷惑をお掛けしました」
「なぜアザゼルくんにあんなことしたの」
彼女の声が低い。
「僕がお願いしたんだ。」
口を開いたのはアザゼルさんだ。
「君が、教会で結婚式を挙げるのが夢だって君の友人に教えてもらったんだ。どうしても君の夢を叶えたくて、教会に入れるよう二人に特訓してもらってたんだ。」
「そんな……」
アザゼルさんの言葉を聞いて彼女は僕に土下座をした。
「ごめんなさい。善意で特訓して頂いたのに勘違いで人殺しなんて言ってしまって」
「頭を上げてください。あんなの見たら誰だってそう思いますよ」
「……ありがとう。そう言ってもらえると助かります」
彼女はそっと頭を上げ、そしてにっと笑った。
そしてその顔のままアザゼルさんの方を向く。
「アザゼルくん、ありがとう。でも私のために無理なんてしなくていいんだよ。あなたが笑ってくれないと私、困っちゃうよ」
「アヤ……でも君の夢だったんだろ?」
「そうだよ。夢だったよ。でもね、アザゼルくんと笑えるのが1番だから」
「………アヤ」
アザゼルさんが彼女を優しく抱きしめる。
彼女もギュッと抱き返す。
いいな。
何だかむず痒いけど、幸せが伝わって、良かったって思える。
二人が互いに抱き合ったまま数十秒の時が流れた。
それを破ったのは彼女だった。
「そうそう、言い忘れたけどアザゼルくんさ、根本的なこと忘れてるでしょ」
アザゼルさんの胸の中の彼女が言う。
「何かな」
「教会で結婚式なんて挙げたら、アザゼルくんのお世話になってる人、全員来られないじゃん。」
「「あ」」
頭に衝撃が走った。
僕とアザゼルさんが同時に声を上げる。
特訓、しなくても良かったんだ。
騒動から暫くして、エメラルドグリーンの海が望むコテージの庭で、二人の結婚式が執り行われた。
司祭は社長で、進行は僕。
アンドロマリウスは来賓の受付が担当だ。
式場はコテージにある椅子を二手に分けて並べただけ。
祭壇は花瓶を飾っていた飾り棚にクロスを掛けたものだ。
杜撰で質素な結婚式と言えるかもしれない。
しかしどんな結婚式にも負けない暖かさがあった。
さあ、新婦の入場だ。
黒のビロードのドレスを来てゆったりとヴァージンロードを歩いてくる。
縫い付けられた黒色のスワロフスキーはまるで夜空の星のようである。
手に持つブーケはブラックローズ。
顔は漆黒のヴェールで覆われている。
いかにも悪魔の花嫁らしい衣装は社長お手製の特注品だ。
花嫁の腕を引くお父上は晴れの舞台に緊張しておられるのか、歩き方がロボットのようだ。
ヴァージンロード先、祭壇の前にはお父上と同じく緊張した面持ちの新郎アザゼルさんが新婦を待っている。
いつもは下ろしている金色の髪も今日はオールバックで極めている。
一歩、一歩花嫁が祭壇に近づく。
アザゼルさんと彼女の距離が少しづつ、近くなる。
一歩、また一歩。
最後の一歩、その手前でお父上は新婦の腕を離す。
花嫁を見送る父親の目は涙が溢れこぼれそうになっていた。
しかし流れ落ちないのは娘を送る男の意地だろうか。
新婦が壇上に上がるのを見守り、新郎を一目してお父上は最前列の空席に座られた。
新郎は席に座った彼に一礼をする。
無言なれど、彼らは託し、託されたのだ。
壇上に登った二人、祭壇には悪魔の長ルシファーが立つ。
誓いの言葉が述べられる。
「新婦アヤ・マクレーン、汝その身が絶え業火へ灼かれることが有ろうとも新郎アザゼルを愛し続けることを誓うか」
「誓います」
「新郎アザゼル、汝その魂が虚空へ堕ち生きて腐れ落ち様とも新婦アヤ・マクレーンを愛し続けることを誓うか」
「誓います」
「今ここに二つの魂が永劫の契約を果たす。この契約が果たされぬ時妻の魂は永遠の業火に焼かれ、夫の魂は永劫の虚無で腐り続けるであろう。新郎新婦、誓いの儀式を」
新郎が花嫁のヴェールをめくる。真紅の唇は笑みを浮かべ、薄く紫のシャドウが目蓋に乗った目は希望に満ちている。
新郎も笑う。
「さあ、早く、誓いのキスを」
社長が二人にひっそり伝える。
二人はお互いに見つめ合い、そしてくちづけを交わした。
会場は沸き立つ。
皆が立ち上がり祝福を送る。
「悪魔の長ルシファーの名の下に、汝らに祝福あれ!」
今この世に、最も祝福された夫婦が生まれた。
余談。
アザゼルさんの特訓に付き合った後、僕は悪魔に十字架を浴びせまくった人間として有名になり、十日間社内の悪魔全てから避けられ続けた。
もう一生十字架には近づくまい、と僕は心に誓った。
次回に続く