はじめに問題、解決します!
街の路地に突如現れては消える、幻の人材派遣会社『ソロモン人材派遣協会』。
そこから派遣される人材は超が付くほどの有能ばかり。
契約すれば必ず成功出来る!と噂されるが......その実態は悪魔を派遣する、悪魔派遣会社だった!
ソロモン人材派遣協会で問題解決係として働く人間、間 一人は相棒で正義を愛する悪魔アンドロマリウスと共に無理難題を解決していく!
今回は下着泥棒捕物帳!悪魔を使って悪さをする奴は僕とアンドロマリウスが許さない‼
夜も深まる丑三つ時、しんと静まった街の裏路地を異常な速さで動く二つの影があった。
一つは目の鋭い凛とした風格の男である。
チーターの如き体を滑らかに躍動させて、汗一つ垂らすことなく走っている。
長い黒髪を漆黒の中靡かせて、青の瞳を獣の様に蘭々と光らせる。
男は悪魔アンドロマリウス、悪魔で有りながら正義と規律を信奉するソロモン72柱の一柱である。
そしてもう一つは、3mはある巨大な蛇に振り落とされそうになりながらも必死にしがみついている青年。
それが僕、間一人である。
僕らは今、かつてお客様であった下着泥棒を追っている。
僕とアンドロマリウスはソロモン人材派遣協会の問題解決係に属する社員である。
弊社ソロモン人材派遣協会の『お客様の信頼を守る』為、悪魔に関わるあらゆる問題を解決するそれが僕たち問題解決係の仕事である。
問題を起こしたお客様にお灸を据えて契約解消して頂くのも仕事の一つだ。
そう、僕らが下着泥を追っているのはお仕事なのである。
問題のお客様は過激なパフォーマンスと奇怪な作品で世の中を賑わせている前衛芸術家で、テレビにレギュラーを持つほど有名な人物である。
自身の個展開催において、自身の作品の価値が解る有能な助手が欲しいとのことで弊社の優秀な人材……悪魔材と言うべきなのだろうか。
芸術に長のある悪魔、ソロモン72柱序列25 位グラジャ=ラボラスを派遣した。
するとお客様は悪魔を自身の欲望の発散に使ってしまったのである。
グラジャ=ラボラスの透明にする能力を使って昼夜問わず、女性の部屋に堂々と入り下着を物色してコレクションしていたのである。
悪魔の力を使って何を仕出かしたかと思えば、下着泥棒とは……呆れてものも言えない。
どうせなら強盗する位の気概は見せてくれないと。
という訳で僕は今、死に物狂いで蛇の背中にしがみついている。
速度は100km超えているのではないだろうか。
蛇のくせにどこからそんな速度が出るかは知らないが、振り落とされたら一巻の終わり。
「ハザマ、ターゲットを袋小路まで追い詰める。もっとスピードを上げるぞ」
アンドロマリウスがそう告げた途端に自身の走る速度を上げる。
それに合わせて蛇も速度を上げていく。
「おい、待って!マジで死ぬっ……!」
「速度を落とせばターゲットが逃げる。我慢しろ」
アンドロマリウスは至極当然という顔で言う。
「無理だって言ってんだろこの薄情者!」
悪魔なのだからか、こいつは人間の強度を知らない。
自分が大丈夫なら相手も大丈夫だろうという単純思考でどんどん突き進む。
とにかく、この馬鹿は大切な相棒を気遣う気が更々ないようなので、僕は唯々蛇に取り付いているしか無かった。
しばらくすると袋小路に追い込まれた、翼の生えた牛の様に屈強な犬とその背に乗る男の姿が見えてきた。
「私がグラジャ=ラボラスを止める。ハザマはターゲットを片付けろ」
アンドロマリウスが前を見据えたまま指示を飛ばして来る。
「了解っ!」
アンドロマリウスが地面を蹴りつけ、グラジャ=ラボラスに飛び掛かる。
その隙に僕は蛇の進む勢いを借りて、背中に乗る泥棒にタックルをかける!
「ぐあっ!」
泥棒はあまりの衝撃にうめき声を出して地面に叩きつけられる!
僕も地面に放り出されるが、既の所で受け身を取って、そのまま泥棒の前に立った。
「……っと。お客様、契約違反が有りましたので規則通り契約解消のお手続きに参りました」
「な……何だ貴様は!なぜ俺のことが見えてる?!」
泥棒はタックルの衝撃と現状を把握出来ないせいで慌てふためいている。
なら僕が状況を教えてあげようじゃないか。
「私はソロモン人材派遣協会、問題解決係の間 一人と申します」
「おっ……俺に暴力振るいやがって!俺が誰だと思ってる?!」
「弊社の人材を馬鹿馬鹿しいことに使う、下劣な下着泥棒だと思っております」
「下着泥棒だと?!身も蓋もないこと言いやがって!」
逃げておいて泥棒じゃないだと⁉
笑わせてくれる。
僕は憤慨している男のジャケットのポケットに向かって手を伸ばす。
僕が何をしようとしているのか、直ぐに察した男はバタバタと暴れて抵抗するが、芸術家の力なんて高が知れている。
こちとら悪魔とののお仕事で散々鍛えられてるんだよ。
男の抵抗ひょいとを躱し、ポケットに手を差し込む。
柔らかい布が手に当たる。
その布をスルリと取り出すと、どぎついピンクのパンツが出てきた。
いや、パンツというよりはほぼ紐といってもいい。
こんな パンツ履く人AV以外に実在したんだ……。
チョットだけ僕はショックを受けた。
……気を取り直して。
僕は男から取ったパンツをつまみ上げ、印籠のように見せつけてやる。
「……これが証拠です。お客様。」
「ああ……ぁ……」
パンツを突きつけられた男はへなへなと地面にへたれこんでしまった。
事実を堂々と見せつけられて気力を失ったんだろう。
これ以上は抵抗する様子もないようなので、さっさと契約解除をしてしまおう。
僕は男の手の甲を掴み、その手の甲に刻みつけられた紋様に息を吹きかけた。
紋様は吹き飛ばされるかの様に、すっと消え去った。
これでグラジャ=ラボラスとこの男の契約も解消された。
これで僕らの仕事は終わったのだが、相手は下着泥棒なので野放しにしておく訳にはいかない。
どぎついパンツの持ち主の為にも、この男には罪を償って貰わなくてはいけないのである。
僕は蛇に男の拘束を頼む。
蛇は大人しく男に巻きつくとそのまま頭を地に伏せて固まった。
あとはこいつを警察に引き渡して終わりなのだが……。
アンドロマリウスの方を見るとグラジャ=ラボラスとの取っ組み合いがまだ続いていた。
アンドロマリウスはグラジャ=ラボラスの首を締め上げ、グラジャ=ラボラスはアンドロマリウスの二の腕に噛みつき食いちぎろうとしている。
グラジャ=ラボラスの契約は解消されたため、契約者の命令も既に無効になっている。
だからもうアンドロマリウスに攻撃をする必要は全くない。
本人も解っているはずなんだが。
僕は膠着状態の二人に声をかける。
「もう契約解消したよ。取っ組み合いは止めて……」
「こっちは下着ドロなんざ手伝わされて、腹立ってんだよ!血を見ねえと治まらねえ!!」
グラジャ=ラボラスがアンドロマリウスの二の腕に噛み付いたまま応える。
「友の苛立ちを鎮めるのもまた友の役目。友人の願いを叶えぬのは義に反する」
アンドロマリウスも素っ頓狂なことを言っている。
悪魔って馬鹿だ。
こっちは警察呼んで早く帰りたいんだよ。
「僕は警察を呼ばないといけないの。暴れるのを止めてくれないと呼べないんだけど」
「警察なんぞ後でいい!オレの気を晴らすのが散々だ!」
何が何でも止める気はない様だ。
仕方あるまい。
僕はとっておきの呪文を唱えることにした。
悪魔なら絶対に効く、最強の呪文。
「止めないのなら、社長に言うよ。社長に仕事ほっぽらかして、喧嘩してたって言うよ」
彼らは僕の言葉を聞くとさっと離れて動かなくなった。
悪魔にとってルシファーのお叱りは何よりも恐ろしいらしい。
静かになった路地で満面の笑みを浮かべて、僕は携帯を取り出し110番のボタンを押した。
所が変わって、ソロモン人材派遣協会オフィス。
僕がテーブルに座る前に言葉に出来ない程の美人が同じく座っていた。
髪の毛は白く金剛のように輝き、肩に曲がり目を描きながら流れている。
睫毛は長く、目は切れ長でしかし穏やかである。
男とも女ともつかない中性の美人。
この人が社長ルシファーだ。
「お仕事ご苦労様でした。ラボラスも、大変でしたね。」
口元に笑みを含みながら膝に転がる翼の生えたマルチーズを撫でている。
膝のマルチーズは元気にワン!と吠えた。
このマルチーズはグラジャ=ラボラスである。
かわいい姿ならナチュラルに社長の太ももを独占できるとわかって、姿を変えているのだ。
全く持って羨ましい……いや、けしからん!
「そういえばアンドロマリウスの姿が見えませんね。間さんご存知ですか?」
「彼ならそこのマルチーズに噛まれた腕をブエルさんに治してもらってます。」
「あら、またおいたしちゃったんですね。めっですよ。」
社長に頭をポンと叩かれたグラジャ=ラボラスがクーンと鳴く。
血に飢えた地獄の長官がこんな鼻の下の伸び切ったマルチーズだと知ったら、世間の人々はどう思うんだろう。
……と、マルチーズのことは置いといて、僕は社長に話があると呼ばれたのだった。
「あの社長、お話があると伺ったのですが」
「そうでした。次のお仕事の話なんですが……」
こうしてまた僕らに新たな問題が訪れる。