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本日は2話連続投稿です。
胡坐をかいた巨大な鬼が見える。
私が鬼を見ることが出来ているように、あちらも私達の姿をしっかりと見ている。
その視線には殺意と悪意が信じられないほどに込められているのがひしひし、と感じられる。まるで物理的な圧力でもあるかのように凄まじい威圧感を伴って。
でも私は負けない。
何日もかけて準備して、あの強烈な視線にも体を慣らした。
リーオ君の『球体結界』に身を包まれているからか若干昨日感じた視線よりは圧力が和らいでいるような気がする。
でもまだアイツがいる場所まではかなりの距離がある。
アイツがどこまで近づいたら動き始めるのかもわからない以上、ゆっくりといつでも逃げられるように近づいていく事にしている。
部屋を出て鬼が待つボス部屋に通じる通路をリーオ君がゆっくりと歩んでいく。
近づくにつれて圧力が増してくるけれど鬼は動かない。
通路には『敵』はいないし、罠も何もない。
私はアイツから目を離したらいけない気がするので後方確認はロウ君にお願いした。
ロウ君の警告もないことから後方にも『敵』が出てこないのだろう。
もうすぐ通路が終わる。
でも鬼はまだ私達を凝視したまま微動だにしない。
ここまで来れば作戦Aが使える。
チラッと私に振り返ったルー君に鬼の視線でぎこちなくなっているだろう笑顔を頑張って向ける。
「きゅぃ」
ボス部屋に入る一瞬前にルー君はとてもとても頼もしく、それでいていつものように一声鳴いた。
「『スピード』!」
ルー君がリーオ君の頭の上から消える一瞬前に私の全力全開の『声援魔法』がルー君だけに注ぎ込まれた。
今まででも最高速といえる速度でルー君がボス部屋に突入し、すぐさま鬼を中心として反時計回りに疾走する。
ルー君がボス部屋に突入したのを切欠として鬼もその巨体を遂に動かした。
そして殺意と悪意を凝縮したとしかいえない禍々しい叫び声をあげる。
ルー君がボス部屋に突入した後すぐにリーオ君が張った『固有結界』により、禍々しい叫びは私達には直撃する事はなかったけれどそれでも冷や汗が止まらないほど凄まじいものだった。
でも負けられない……!
私だって叫ぶだけなら負けないんだから!
「すぅ……『ガード』! 『アタック』! 『スピード』!」
やけくそ気味に思いっきり息を吸い込み、全てをぶつけるかのように全力で鬼に向かって防御力を下げる『声援魔法』――ガードをぶつける。
続けて『アタック』をルー君にもかかるようにかけ、鬼の攻撃力を削ぐ。
最後の『スピード』は鬼にだけ向けてかける。『アタック』と『ガード』と違ってこれだけは一定確率で効かないから念のためだけど、どうやらかかったみたいだ。
自分に何が起こったのかわかったのだろう、鬼が凄まじい怒気を私に向けてくる。でも私を見たのが運の尽き。
私の今まで最高の『スピード』を受けて、その姿が消えるほどの速度に達しているルー君から何発もの『紅蓮灯火』が射出される。
それはまるで一斉に何人ものルー君が『紅蓮灯火』を放ったかのような、そんな錯覚を起こしてしまうほどのものだった。
四方八方から放たれた『紅蓮灯火』が鬼に一斉に襲い掛かり、ほぼ同時に着弾し凄まじい勢いの炎を吹き上げる。
唐突に現れた炎の竜巻により、その中心にいた鬼が怨嗟の咆哮をあげてもだえ苦しんでいる。
「す、すごい……」
全力の『スピード』と『アタック』でルー君の力は何倍にもなっている。そして鬼にかけられた『ガード』でその何倍にもなった攻撃力をさらにあげている。
これは耐えられない。
そんな風に思った瞬間、ガコン、という何かが作動したような音がしたと思ったら鬼が炎の竜巻から弾き飛ばされていた。
一体何が起こったのか、思考が止まりかけたが私の目にはソレがしっかりと映っていた。
「ま、丸太……? あ、消えた……」
そう、炎の竜巻にまるで突き刺さるかのように丸太がぶつかり、鬼を弾き飛ばしたのだ。
そしてその丸太は炎の竜巻により上空に燃えながら飛ばされたかと思うと光の粒子となって消滅した。
「ホォ……ホホォ」
「ま、まさか……」
丸太を確認していたのはもちろん私だけじゃない。
ロウ君は丸太の正体を一瞬で看破していた。ロウ君が翼の先で示した場所には『罠探知』で色が変わった床。
「罠を利用して脱出した……?」
私がそこまで思考が行き着いた時、またしても凄まじい咆哮を鬼があげる。
先ほどよりもずっとずっと深く、暗く、昏い、殺意と悪意。
怨嗟の咆哮。
直後に鬼に向かって何発もの炎――『紅蓮灯火』が迫る。
しかし鬼は駆け出すと床を何度も踏みしめ、ガコガコガコン、という音と共に空中で『紅蓮灯火』が爆発し、消えてしまった。
まただ、また罠を利用して……!
あんな方法でルー君の攻撃を防ぐなんて……!
しかし鬼はルー君の攻撃を防ぐためだけに罠を利用したのではなかった。
なんと鬼に向かって飛んできた丸太を蹴り、消え始めた炎の竜巻に向かって弾き飛ばしてきた。
弾き飛ばされた丸太によって炎の竜巻は霧散し、竜巻があった場所の近くから『紅蓮灯火』が何発も放たれる。
まさかあの速さのルー君が見えているの!?
罠が作動する音が何度も響き、丸太が壁に激突する音が何度も轟く。
「信じられない……」
目の前で起こっている事がとてもじゃないが理解できない。
鬼はルー君の動きをしっかり見て攻撃している。しかも丸太の罠でルー君の攻撃を防ぎながら。
ただでさえ罠を戦いに利用するなんて驚きの行動をしてきているというのに、私の全力の『スピード』で私にはまったく見えない速度で動いているルー君と互角に戦っている。
『アタック』は効いているはずだ。
攻撃力が下がっているという事は力も下がっているということ。
なのに鬼の巨体を軽く超え、私の胴よりも太いだろう丸太を的確に弾き飛ばして攻防に利用している。
『ガード』も効いているはずだ。
ルー君の『紅蓮灯火』を何発も受けて炎の竜巻にまでなった凄まじい攻撃と、それから逃れるために丸太の直撃を受けているのにピンピンしている。むしろ最初よりも元気かもしれない。
「ど、どうしたら……」
作戦は立ててきた。でも予想外な事が多すぎる。
度重なるイレギュラーにもう私のキャパシティはいっぱいいっぱいだ。
でも……。
「ホォ!」
「きゃっ! ……ろ、ロウ君……?」
ロウ君が突然私の頬をふかふかの翼で思いっきり叩いてきた。
突然の事だったのですごく驚いたけど、全然痛くない。
「ホォ、ホホ!」
「あ……そう、だよね。
ルー君が頑張ってるんだ。私がこんなじゃダメだよね……」
頬を叩いたのとは逆の翼で部屋を指し示すロウ君。
言葉は通じなくても通じる事はある。ロウ君の言いたい事は痛いほどに私に染みこんで来た。
「ホホォ」
「……うん! リーオ君!」
「ヒヒィイイン!」
ロウ君が左の翼を前に向け、右の翼をその下に。このポーズは作戦F。
すぐさまリーオ君にしがみ付くとリーオ君は『固有結界』を解除して走り出す。
ガコガコガコ、と罠が作動する音が何度もしたけれど全て張られている『球体結界』によって防がれた。どうやらこの丸太の罠はそんなにダメージが大きいわけではないみたい。あの太くて大きい丸太は単なるこけおどしみたいだ。
私達が動いた事によって鬼がルー君だけを相手にすることが出来なくなる。
注意を引ければそれで十分!
作戦Fは2つの結界で部屋の入り口に陣取る私達も戦いに参加する危険が大きい作戦。
ルー君1人では危険、でもロウ君が撤退するには早いと判断した時にだけ実行されるはずの作戦。
それでも鬼はルー君の攻撃を的確に捌いていく。
憎らしいくらいに丸太の扱いがうまい。
動き回って注意を引くだけの私達に早くも気づかれたのか、鬼はルー君の攻撃を捌く事に集中している。
いや攻撃にまわっていないからまだ気づかれてはいないはず。
それでもばれるのは時間の問題だ。
「ロウ君! どうしたら!?」
「ホォ……ホ? ホホォッ! ホッ!?」
「ッ! ……あ」
9分50秒にセットしておいたアラームが鳴り、その約10秒後ルー君と鬼にかかっていた『スピード』が解けた。
……直後に鬼が今までうまく操っていた丸太の操作を誤った。
何が起こったのか一瞬分からなかったけど、次の瞬間には私の頭の中では電球がピコーン、と光輝いていた。
次で最終回となります。
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