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03




 ゴブリンが燃え尽きて光の粒子になって消えた。

 突然のことで未だに何がなんだかわからない。でもただ1つわかるのは安堵で座り込んでしまった私の膝の上には満足そうなルー君がいるということ。

 とても暖かい。この子がいるだけで恐怖が遠のいてくれる気がする。


「なんだったんだろうね……」


 ゲームみたいに死んだら光の粒子になった。

 その前にいきなり燃えたのも意味がわからない。もしかして罠でもあったのだろうか。そうだとしたら怖すぎる。

 あの辺は通らないようにしよう。といっても2つある通路のうちの1本だから通らないとすると戻ってT字路を逆に進むしかない。

 どうしよう……。


「ルー君、どうしよう?」

「きゅ?」


 赤い毛並みは艶々で柔らかく、とても撫で心地がいい。私の手櫛が気持ちいいのかルー君はされるがままだったのだけど、何とはなしに声をかけたら小首をかしげながらも見上げてくれる。

 可愛い……。


 そのまま抱きしめてあげたら頬を舐めてくれた。ざらざらの舌がくすぐったい。


「うん……。ちょっと勇気出た。

 ……よし、戻ろう」


 危険はなるべく避ける。

 今はルー君もいるし、なるべく危ないところは通りたくない。

 それに5時間しか魔力も……。


「あ」


 魔力といえば『敵』を倒せば魔力に還元されるってルールにあった。

 さっきのアレも倒したことになるのなら魔力が増えることになるんじゃ。


「ふえてる……よかった」


 近くに置きっぱなしになっていたカタログの最初のページを開いて見れば『魔力総量』が35になっていた。

 どうやらゴブリンは1匹で30も魔力が増えるみたいだ。

 これですぐに死んでしまうことはなくなった。よかった……本当によかった。

 でも何もなくても1日半もしないうちに魔力はゼロになる……。


「『敵』……倒さないと……」

「きゅ!」

「ふぇ……?」

「きゅ! きゅ!」


 零した呟きにルー君が2本の尻尾を揺らして元気な声を上げる。

 ルー君も戦ってくれるの……? でもルー君の小さな体ではあんなゴブリンは倒せないと思うんだけど……。私でも無理かもしれないし。


 でも……。


「ありがとう、ルー君。一緒に頑張ろう?」

「きゅぃ!」


 一緒に頑張ってくれる子がいるだけでこんなに恐怖が薄らいでくれる。

 ルー君が居れば私はまだまだ大丈夫だ。

 カタログを背負って銅の短剣を腰の鞘に戻す。

 『ルール一覧』が書かれていたあのナニカのようなものはいつの間にかに消えてしまっていたようだ。ゲームだったらアレはシステムメッセージか何かだと思うんだけど……。なんなんだろう。


 気を取り直して、ルー君を抱っこしていこうかと思ったんだけど、自分で歩くみたいだ。

 ちっちゃなルー君でも私がゆっくりと慎重に歩くからついてこれるみたい。


「ルー君。いつゴブリンが出てくるかわからないから慎重に行こうね」

「きゅ!」

「ふふ……。いいお返事」


 しゃがんでルー君の頭を撫で撫でしてあげてから慎重に道を戻り、T字路を今度は逆に向かって進んでいく。

 明るい石造りの通路をのろのろと歩いていくと、突然ルー君が私の前に出て尻尾を逆立てる。

 唸り声はあげていないけど、コレは……。


「る、ルー君……。『敵』……?」

「きゅ」


 ルー君が静かに『敵』を待ち伏せている様子に私もしゃがんで小声で問いかける。

 さっきもそうだったけど、ルー君は野生の勘なのか匂いなのかわからないけど『敵』が近づくとわかるみたいだ。ルー君すごい。


 若干震える手で銅の短剣を抜くとやっぱりへっぴり腰で構える。

 でも私の前には尻尾を逆立たせたルー君がいる。それだけでさっきよりもずっと震えは小さい。ルー君は私の王子様みたいだ。

 子狐の王子様。ふふ……。なんだか御伽話みたい。


 そんなバカなことを思っていると通路の先に『敵』――ゴブリンが見えた。

 さっきの部屋で見たのと同じように緑の小人で手には棍棒。腰布1枚。

 今度はかなり距離がある。すぐに襲い掛かられることはないだろう。

 でもどうしたら……。

 こんな刃物を扱ったこともなければ小人とはいえ、あんな当たったら痛そうな棍棒をもった相手に……。そもそも私は刃物で生物を切りつけることなんて出来るのだろうか。


 頭がぐちゃぐちゃのぐるぐるになってルー君が居るからちょっとだけ出ていた勇気が恐怖に塗り替えられていく。

 ちょっとだけ震えていた手が足にも伝播し、歯の根も合わない。


 そんな私を――私達を発見したゴブリンが奇声を上げて棍棒を振り上げて走ってきた。

 まだ距離はある。それでも棍棒を振り上げて奇声を上げて走ってくるその姿に私の心はあっさりと折れて尻餅を突いてしまった。


「ひっ」

「きゅッ!」


 尻餅を突いてその痛みに声が漏れ、されどその情けない声はルー君の鋭い鳴き声に掻き消された。

 そして燃え上がるゴブリン。

 ……え、また罠が?


 瞬間的に炎に巻かれてあっという間に燃え尽き光の粒子となって消滅した『敵』――ゴブリン。

 お尻の痛みも忘れてさっきと同じように呆然としていれば、ざらざらしたくすぐったい感触を頬に感じる。ルー君だ。


「ルー君……。どうしよう……こっちにも罠があるみたい……」

「きゅぅ?」


 道はこれ以上分岐していないし、ゴブリンを一瞬で殺してしまう罠を抜けないと進めない。これが詰みってやつなんだろうか。どうしよう。

 絶望に苛まれているとルー君が心配そうに頬を舐めてくれる。

 ……そうだ、私は1人じゃない。ルー君がいるんだ。

 ルー君が一緒なら……一緒なら……。


「行こう、ルー君。もう選択肢はないんだし、進むしかないよね……?」

「きゅ!」


 ルー君の頼もしい力強い鳴き声に絶望に苛まれて強張っていた表情が解されていく気がする。

 きつく握り締めていた短剣を鞘に納めて、なんとか立ち上が……ろうとしてだめだった。


「うぅ……。腰がぁ……」

「きゅぅ……」


 すっかり抜けてしまった腰はなかなか上がってくれず、結局20分くらいしてからやっと立ち上がることができた。情けなくて涙が出そう。

 でもその間に『敵』がやってくることはなかった。

 待ってる間にカタログをチェックして見たけどやっぱり『魔力総量』が30増えていた。

 これで残り64。

 ゴブリンを倒せればとりあえず魔力切れで死ぬことはなさそう。ほんとに死ぬのかはわからないけど……試す気は毛頭ない。


「さぁ今度こそ行こう。慎重に!」

「きゅぃ!」


 やっと上がってくれた私の腰。

 お尻についた汚れをパンパン、と叩いて落として気合を入れる。

 ルー君の頼もしい鳴き声にいっそう気合が入るけど、今から進むのは危険な罠がある場所だ。慎重に……慎重に……。


「あ、る、ルー君、だめだよ! そんなに急いじゃ!」

「きゅ?」


 私が慎重に慎重に歩を進めるのと対称的にルー君は軽い足取りでゴブリンが燃え尽きた罠のいるところを歩いていってしまった。

 あ、れ……? 罠……は?


「る、ルー君、平気な……の?」

「きゅぅ?」


 可愛らしく小首を傾げて尻尾をにょろにょろさせているルー君。

 その尻尾そんな動きも出来るんだね。すごく可愛い。


 ……じゃなくて!


「もしかして……1回発動すると罠はなくなるのかな?」


 私の予測は当たっていたのだろうか。ゴブリンが燃え尽きた罠がありそうなところを慎重に銅の短剣でこつこつ叩きながら進んで見たけど特に何も起こらなかった。


「ふぅ……。とにかく一安心だね……。あ、でもどこにあんな罠があるのかわからないんだから気を抜いちゃだめだよね」

「きゅ!」


 なんとか何事もなく罠があった場所を抜けられてホッと安堵の息を吐きながらルー君の顎を下からくりくりしてあげる。緊張してたのが一気に和むなぁ……。ずっとこうしてたい……。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 少しルー君で癒されてから先に進むことにした。

 少し行った所でまた角になっているので先は見えない。

 そろそろ、とゆっくり慎重に角から顔を出して何も居ないことを確認するとまた慎重に歩き始める。

 正直な話、慎重には進んでいるが罠があったとしてソレを本当に回避できるのだろうか。

 ゴブリンが燃え尽きた罠はどこにあったのかすらわからない。

 でもじっとしているわけにもいかない。出来る限りで頑張ろう。


 通路の先はまたT字路のようだ。

 今度はどっちに行こう……。


「ルー君。どっちにする?」

「きゅぅ……。きゅ!」


 ルー君はとても頭がいいと思う。だって私の言ってることを理解している。

 今も何とはなしに聞いただけなのにちゃんと返事を返してくれた。

 左の通路を向いて鳴いたルー君の頭をしゃがんで撫でてあげてまた慎重に歩を進める。

 牛歩以上にのろのろとした歩みで進むと今度は先ほどの部屋と同じくらいのサイズの部屋にたどり着いた。

 相変わらず壁際にぴったり張り付いて恐る恐る中を確認する。


「ふぅ……。何もいない……。案外ゴブリンはそんなにいないのかな?」


 部屋には何もいない代わりに何もなかった。

 ルー君の卵が入っていた宝箱みたいなのは早々ないのだろうか。といってもまだ部屋は最初の部屋を除けば2つ目だ。

 拍子抜けしつつも部屋の奥にある通路を進むことにした。




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