26
翌日、腕と腿が筋肉痛で動けなかった。
幸いなのはお尻が無事だったことだろうか……。
原因は昨日のリーオ君の疾走のせいだと思う。いやリーオ君のせいじゃない。私がリーオ君のスピードを体験してみたかったからやったことだ。つまりは自業自得。
動けない私を見て3人も最初は心配そうにしていたけど、ずっと心配しているのも飽きるみたい。
私も心配ばかりさせるのは心苦しいので声を出すのは出来るので『声援魔法』の練習をすることにした。
練習を始めたらみんな生き生きし出してルー君とロウ君は走り回っているし、リーオ君も駆け足程度の速さで楽しんでいた。
『声援魔法』は私の王子様達にとても人気がある。
早く動けるようになるということが彼らの何かを刺激しているのか、とても楽しそうに動き回っている。
その日は一日中『声援魔法』の練習をして過ごした。
動けなかったしね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さらに翌日には筋肉痛も大分マシになったので探索を再開することにした。
今日はリーオ君のいた部屋の先を探索する。
たぶんこの階の最初の長い長い直線通路を曲がった先に出ると思うんだけど、まだわからない。だって私のポンコツ脳内マップだし。
というわけでさっそく出発。
今日もリーオ君は私に乗って欲しいみたい。私の薄い胸に頭を押し付けるようにして切なそうに啼いている。
筋肉痛はたぶん早く走らなければ大丈夫だと思うから乗ってもいいんだけど……。
自分で歩いて体力もつけたほうがいいんじゃないかなぁとも思う。
……あぁでもリーオ君の青い円らな瞳で見つめられちゃうとだめだ。
リーオ君の瞳はとても澄んでいて綺麗だ。
吸い込まれてしまいそうになってなんでも言う事を聞いてあげたくなっちゃう。このたらしさんめっ!
……そんなわけで結局乗る私です。
普段私が歩くよりも少しだけ早いスピードで進んでいくとたまに出てくる『敵』が魔力になるくらいで別段問題なく昨日の部屋までやってきた。
昨日ここまで来るのに結構な時間かかったけど、今日は半分以下だと思う。
1度来ているというのが大きい。
罠がほとんどないのもわかっているし、どんな『敵』が出てくるのかもわかっている。おまけに道もわかっているのだからなおさらだ。
リーオ君がいた部屋の仕切りの反対部分には左右に通路がある。
右に行けば私の拙い脳内マップでは凄く長い通路と繋がっているはず。
左に行けば嫌な予感がした通路の方だ。
まずは最初の予定通りに右側から。
だけどその前に休憩してみんなに軽く食べてもらう。
念のために私も腿と腕を揉んでおく。腕は今回関係ない気がするけど一応だ。
食べ終わって食休みをしたら出発。
通路に入って少し行くと罠があった。もちろん回避して進むけどまた罠。
どうやらここから最初の長い通路同様に罠が多いのかもしれない。繋がっているなら尚の事だ。
最初のペースよりは幾分遅くなってしまうのは仕方ないけど、安全を重視している私達はゆっくり警戒しながら進んでいく。特に罠。やっぱりいっぱいある。
だいぶ先に壁が見えるけどたぶん角だ。
何度か『敵』が出てきたけど、ルー君の『紅蓮灯火』で1発で魔力になる。もし接近されてもリーオ君の『固有結界』があるから怖くない。怖くなんてないんだから。
角と思われた場所はやはり角で左に曲がると少し先にまた角。
たぶんそこを抜けたら凄く長い通路になるはずだ。
ここにもたくさんの罠があったけど、ロウ君の『罠探知』のおかげで全てを回避して進む。
角の先はやはり先が見えないほどの長い長い……本当に長い通路だった。
これで決まりだ。ここは最初の通路の先にある通路。
「じゃあ戻ろっか」
わかったならもうここを進むことはない。
たとえこの通路の途中に部屋がある可能性があっても行く気にはならない。さすがに安全地帯から遠すぎるし、罠が異常に多いから正直進みたくない。
わかっていても罠があるというのは精神的に疲弊するのだ。『敵』とはまた違った疲労がある。
罠を回避しつつ途中で出てきた『敵』を魔力にしながら部屋まで戻ると残っているのは嫌な予感がした通路へ続く道だけ。
正直こちらも行きたくないけど、長い通路とは違った感じだ。それにこれは1度覚えがある。
そう、1階の最後で感じたあの嫌な感じ。
大蛇がいたあの部屋へ続く通路で感じたあの感じだ。
つまりは……ボスだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「たぶんこの先にボスがいると思う」
「きゅぃ!」
「ホホホォ」
「ブルル」
私達4人の中でボスとの戦闘経験があるのは私とルー君だけ。
でも実際に戦ったのはルー君だけだし、私は何もしていない。
それに今回もボスとはルー君が戦う事になる。リーオ君が『球形結界』と『固有結界』で守ってくれるけどとても油断はできない。
前回の大蛇だって『白焔化身』をルー君が使わなかったら倒せなかったかもしれないんだ。
その『白焔化身』だって1度使えばルー君は戦闘不能になってしまう。
そうなったら私達は全滅するしかなくなってしまう。
だから今回は前もってしっかりと準備して作戦を立てなくてはいけない。
でも作戦を立てるにしても相手がどんなヤツなのかわからなければ立てようがないと思う。
「なのでちょっとだけ見てすぐに逃げようと思うの」
「きゅう」
「うん、ルー君は強い。きっと作戦とか立てないでも勝てると思う。でもね、出来る限りのことはしよう?」
「きゅぅ……きゅ」
「ホホォ、ホホ、ホォホォ」
「ブルルッ」
「きゅ、きゅぃ」
「ありがとう、ルー君、みんな」
私の言葉にルー君はちょっと不満そうだったけど、ロウ君とリーオ君に窘められてわかってくれた。
ルー君は素直で良い子だ。きゅっと抱きしめてあげれば私の頬をペロペロ舐めてくれる。
ふふ……ルー君……。
ルー君の次はロウ君とリーオ君を抱きしめてあげてから出発することにした。
嫌な感じは相変わらずする。
でもそれを感じているのは私だけ。3人には全然感じられないみたいだ。不思議。
通路を進みながら最初の角を左に曲がり、ずっと先に壁が薄っすらと見える。
多分あそこが安全地帯から1番近い通路だ。
嫌な感じは強まりながらも進んでいくと罠を1つ回避したところで右側に通路を発見。
どうやらそっちの方から嫌な感じが強くなっているみたいだ。
通路の先にはどうやら部屋があるみたい。
でもそれほど大きな部屋ではないみたいだからそこがボスのいる部屋というわけではないのだろう。
今回の目的はボスがどんなやつなのかしっかりと確認すること。
なので嫌な感じが強まる部屋へと進んでいく。
嫌な感じがする通路からずっと『敵』が出てきていない。
部屋もどうやら同じようで『敵』はいない。
……でも、部屋には濃厚なまでに嫌な感じが溢れている。
「きゅぅ」
「……だ、大丈夫……大丈夫、だよ……」
ルー君が振り返って心配そうな声をあげている。
きっと今の私は顔面蒼白だろう。それくらい私はびびっているし、怖くて仕方ない。
でもここで逃げるつもりはない。私もこの怖くて怖くて仕方ない迷宮で少しずつではあるが成長しているみたいだ。
ゆっくりと部屋を進み、部屋の左側にある通路をリーオ君から降りて手鏡で覗く。
「ひッ!」
手鏡に映ったのは胡坐をかいた姿でも巨大だとわかる真っ赤な鬼。
その恐ろしく釣りあがった燃えるような瞳は手鏡越しの私としっかりと目があった。
尻餅をついて必死に後退る私は酷く情けなかったと思う。
たぶん排泄できなくなった体じゃなければお漏らししていたと思う。それほどあの瞳は強烈な悪意と殺意というものを含んでいた。
私のそんな様子にリーオ君がローブの襟を噛んで引っ張って部屋を脱出してくれた。
ちょっと苦しかったけど、それ以上に私は恐怖で震えが止まらず何もできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋を脱出してリーオ君の張ってくれた『固有結界』の中で震える私を、私の王子様達はずっと寄り添って慰めてくれた。
怖い怖い怖い。
やっと動けるようになった私はすぐにリーオ君に何度か失敗しながらも乗って安全地帯まで戻った。
そのままその日はみんなのご飯を震える手で用意するのが限界で……隠れるように布団に包まって眠った。
私はダメなヤツだ。あの瞳を思い出すだけで恐怖で震えが止まらない。
あんな……あんなの……。
大蛇よりもずっと強烈な恐怖が私を縛りつける。
私達はあんな恐怖の塊のような鬼に果たして勝てるのだろうか……。
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