02
小部屋を抜ける時に何か膜のようなものを抜けた気がした。
不思議に思って戻ろうとしたら小部屋がなくなっていた。
「うそ……」
『出会うモノは全て敵』。
嫌な汗が噴出してきたのがわかる。最初から震えていた手足も合わない歯の根も酷さが増している。
今すぐこの場に座り込んで泣き叫びたい。
でもそんなことしたら『敵』を呼び集めてしまうかもしれない。
小部屋を出てすぐの通路には明かりが満ちていて、角までは見渡せたけど『敵』はいなかった。
でも角のその先にはいないとは限らない。
小部屋がなくなった以上、もう安全な場所はない。
嫌な汗が気持ち悪い。
覚悟を決めて一時的に引っ込んだはずの動けなくなるほどの恐怖がまた浮上してきたけど、無理やり頭を振って追い払った。
「行かなきゃ……。ここにいたらまずい」
ゆっくりと1歩1歩を確かめるように踏みしめる。
明かりもないのに明るい石造りの通路に私1人。
心細いなんてもんじゃない。恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
20mもないだろう通路の角まで10分以上かけて慎重に進む。
角からソーッと顔を出して先を覗いて見たが同じように明るい石造りの通路があるだけだった。
ほっと安堵の息を吐き、またゆっくりと進んでいく。
「そういえば……スキルに罠感知なんてあったっけ……。
罠もあるのかな……。でも罠なんてどうやって見分けたら……」
ゆっくりと警戒しながら進む通路は今度はT字に曲がっていた。
先ほどと同様に慎重に警戒しながら先を覗いて見てもやっぱり何もいない明るい通路が続いているだけだった。
「よかった……。やっぱり最初だから『敵』がすぐに出てくるってことはないのかな?」
しばらく警戒しながらゆっくり進んでいると通路とは違った部屋のようなところを発見した。
中には箱が1つだけ。
広さも最初の小部屋くらいでそれほど大きくない。相変わらず照明なんて1つも見当たらないのに明るい。
そのおかげで部屋の隅々まで観察することが出来るのはいいことだけど。
「『敵』……はいないみたい」
何もいないことは目視でわかっているとはいえ、それでもゆっくりと慎重に部屋の中に入っていく。
部屋の中央に置かれている箱はなんだか木の宝箱みたいだ。
「石造りの通路に部屋に宝箱……。ダンジョン……なのかな」
ゲームでよくあるシチュエーションすぎる。
薄々は感じていたけど本当にそのまんまだ。
じゃあこの宝箱には何かアイテムが入っているのだろうか。
鞘から抜きっぱなしできつく握り締めていた銅の短剣で箱を突っついてみる。
特に何も起きない。
箱の隙間に刃を差し込んで押し上げてみる。もちろんソーッとだ。
おっかなびっくり押し上げられた箱の蓋はある程度まで開くと勝手に開いた。
バネでも仕掛けられているのだろうか。
とにかくそれ以上は特に何も起きないので罠はなかったようだ。
「なんだろうこれ……」
罠がなくても恐る恐る覗いた箱の中には球体が入っていた。
短剣の切っ先で突っついて見るけど堅い。刃先で転がしても何も起きないみたいなので取り出しても大丈夫かな?
「不思議な球……。でも綺麗かも」
球体は輝いてこそいないが不思議な模様が描かれていて、なんだか心が落ち着いてくる。
恐怖でいっぱいだった私の心にはこの球体がとても愛しく思える。本当に不思議。
「きゃっ」
球体を抱きしめると突然ポーン、という電子音が鳴り響き目の前に『ルール一覧』が書かれていた物と同じナニカが出現した。
びっくりして尻餅をついてしまったけれど、球体はなんとか落とさずに済んだ。その代わり銅の短剣は落としてしまったけど。
武器よりもずっとこの球体の方が大事だ。本当に不思議。
突然出現したナニカには文字が刻まれていた。
『適性:使い魔使役を取得しました』
適……性……?
もしかしてこれがあれば『適性無し』で取得できなかったスキルが取得できる?
「か、カタログ! カタログ!」
慌てて球体を小脇に抱えてカタログを背中から降ろして開く。
たくさんあるスキルは相変わらず灰色で取得できなかったけど、その中に1つだけ灰色じゃないスキルがあった。
「あった! あったよ! あった!」
あまりの嬉しさに球体に向かって叫んでしまった。
もうこの球体が私の相棒のような気がしてならない。ううん、きっと相棒なんだ、この子は!
だってその取得できるようになっているスキルは『使い魔使役Lv1』。
この球体はきっと使い魔。
『使い魔使役Lv1』の『必要魔力』は80。
「ぎ、ぎりぎり……。残りの魔力総量は85……。コレを取ったら5時間くらいしか……」
『使い魔使役Lv1』を取得したら5時間の命。
でもここで『使い魔使役Lv1』を取らなかったら私は1人でこのダンジョンで出口を目指さなくてはいけなくなるんじゃないだろうか。
「無理……無理だよ……そんなの……」
最早迷いはなかった。
『使い魔使役Lv1』を取得した瞬間、使い魔の使役方法がはっきりとわかった。
そしてこの球体がやはり私の初めての使い魔であることも。
「初めまして、私の使い魔君。君の名前は『ルー』。姿を見せて」
使い魔はこの球体――『使い魔の卵』に名前を与えることによって孵る。
名前を与えた瞬間、『ルー君の卵』に皹が入りその皹が少しずつ大きくなっていく。
割れた卵から赤い毛並みが見える。ルー君は一体どんな使い魔なんだろう。
「きゅぃ?」
「か、可愛い……」
卵の中から出てきたのは赤い毛並みの狐。尻尾は2本だ。
赤い毛並みの狐なんて見たことないけれど、すごく可愛い。
「こんにちは、ルー君」
「きゅ! きゅ~」
「あは、くすぐったいよぉ」
私が挨拶すればルー君が卵の中から飛び出してきて頬を舐めてくる。ざらざらの舌は痛いほどではなく、むしろくすぐったい。
可愛らしい声と見た目。こんなに可愛い子が私の使い魔だなんてなんて幸せなんだろう。
こんな恐怖でいっぱいのところに誘拐されたのになんて現金なんだろう、私。でもいいや。ルー君が可愛ければなんでもいい……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「きゅ? きゅー!」
しばらくルー君とスキンシップを楽しんでいたらルー君が突然緊迫した声を上げ始めた。
びっくりして何が起こっているのかわからなかったけど、2本の尻尾を逆立たせてにらみつけるような視線を向けているのは部屋に入った通路とは違う通路。
「る、ルー君……。な、何か来るの? も、もしかして……て、『敵』?」
「きゅ! きゅぃ!」
ルー君が視線を外さずに鳴いてくる。
きっと『敵』なんだ。ルー君とのスキンシップが嬉しすぎて音を出しすぎたのだろうか。
怖い。ルー君が可愛ければなんでもいいと思ったけどやっぱり怖い。
でも……。
「ルー君は私が守らなきゃ……!」
震える足で立ち上がって転がりっぱなしの銅の短剣を拾い上げる。
拾い上げる時に手が震えて何度か取り落としてしまったけど、まだ『敵』は来ない。
「く、来るなら来なさい! ルー君には指1本触れさせないんだから!」
「きゅー!」
へっぴり腰で短剣を構え、歯の根の合わない震えを誤魔化すように怒鳴りつける。
でもやっぱり震える声は弱々しくて、ルー君の威嚇の鳴き声の方がよっぽど力強かった。
「ゲギャ?」
通路から現れたのは緑色の肌をした私の胸までくらいの背はある小人。
顔は醜悪で黄色い歯が乱雑に並んでいる。手には荒削りな棍棒。
腰布1枚のその姿はゲームによく出てくるゴブリンそのままだった。
「ご、ごぶり!?」
「きゅぃッ!」
目を見開いて驚愕しながらその名前を呟こうとしたら、ゴブリンが真っ赤に燃え上がった。
通路から部屋に足を1歩踏み出したゴブリンがそのまま炎に巻かれてのたうちまわり、数秒後には動かなくなって光の粒子となって消えてしまった。
「な、なんだったの……?」
突然過ぎて何がなんだかわからないうちに私の初めての『敵』との遭遇は呆気なく終わった。