01
『ルールその壱――死んだらそこまで。怪我したらもちろん痛いよ。
ルールその弐――出会うモノ全て敵。見つかったら襲ってくるよ。でも倒せば魔力に還元されるよ。
ルールその参――食事や排泄は不要。でも食べられるよ。食べたらゆっくり消化されて魔力に還元されるよ。
ルールその肆――集めた魔力は全てカタログに自動保存。カタログから色々な便利なスキルやアイテムが手に入るよ。
ルールその伍――出口は最下層。入り口はないけど出口はあるよ。
最後に――最初の小部屋は安全だよ。初期魔力でカタログから必要なモノをチョイスすることをお奨めするよ。
がんばって』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……」
今日……いやここ3日間で何度目になるかわからない溜め息を漏らす。
小部屋の中央付近に光り輝く文字で書かれているこの『ルール一覧』。
何度も読み返して、何度も違う角度から見て、何度も触って、何度も殴った。
でも何も変わらなかった。何も違わなかった。何もわからなかった。手が痛かった。
「はぁ……」
膝を抱えて蹲るのもそろそろ飽きてきた。
もういい加減覚悟を決める時だろうか。この小部屋にいつの間にかに誘拐されて3日。
ルール一覧の通りにお腹は空かないし、おしっこもうんちも出ない。
でも少しずつ何かが減っていっているのは理解できる。これが魔力だろうか。
いや事実カタログの『魔力総量』は着実に減っていっている。
1日目に確認した時には600あった『魔力総量』は今日すでに540を切っている。大体1時間で1減るみたい。
ただただこの小部屋で救助を待つのならまだ大分時間はある。
でもすでにお腹が空かない、排泄の必要がないという異常事態を経験している以上、『ルール一覧』には真実が書かれていると見ていいと思う。
そうなると……出口は最下層になる。入り口はない。救助が来るとしたら最下層になるのかな。
でも出口っていうくらいだから入れないんだろう。じゃあ救助はこない。
救助がこないならここにいるだけなら死ぬのだろうか。
魔力がなくなったらどうなるのかは書いてない。でも『死んだらそこまで』という記述があり、1時間に1ずつ減っている魔力。
……あまり想像したくないけど、魔力がなくなったら死ぬんだろう。
「覚悟……決めなきゃ」
『ルールその弐』には『出会うモノ全て敵』とある。
『最後に』には小部屋は安全ともある。逆に言えば小部屋以外は安全じゃないってことだろうか。
覚悟を……決めなきゃいけないけど怖い。
大きく深呼吸を1つしてカタログを開く。
表紙には何も書かれておらず、革張りの重厚な手触り。
1ページ目には目次。
ページ数が書いてない目次だけど。
『ルール一覧』、『スキル一覧』、『アイテム一覧』。
この3つだけ。
『ルール一覧』にはあのルールが同じ筆跡、同じ内容で書かれている。
『スキル一覧』にはゲームや漫画にあるような技術名が書かれている。
『アイテム一覧』には武器や防具やその他様々な便利道具が書かれている。
「もう1回だけ『スキル一覧』を見てみよう……」
期待はしていない。
でも期待せずにはいられない。だってこれが私の生命線になるだろうから。出会うモノ全て敵の中、出口までいかなきゃいけないんだ。
ページを捲れば、たくさんのスキルが書かれている。
刀剣術、短剣術、棒術、槍術、斧術、鞭術、etcetc。
火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、氷魔法、雷魔法、空魔法、etcetc。
肉体活性、魔法活性、並列思考、高速思考、多重詠唱、詠唱短縮、etcetc。
刀剣知識、短剣知識、棒知識、斧知識、鞭知識、魔性知識、魔法知識、etcetc。
気配探知、魔法探知、危険探知、罠探知、水源探知、etcetc。
でもそのどれもが灰色。
そして書かれている『適正無し』の文字。
『適正無し』。
どうやらこれが書かれているスキルは取得できないみたいなのだ。
こんなにたくさんの生き残る上で必要と思われるスキル達が取得できないのだ。
「はぁ……」
項垂れるしかない。
たくさんのスキルがあってもそれを何一つ取得できない現実。
私の細腕ではきっと『敵』というモノには勝てないだろう。勝てないならばどうすればいいのか。
武器を持つべきだ。
防具をそろえるべきだ。
今まで覚悟が決まらずずっと棚上げしていた武器防具。
武器なんて持ったことない。せいぜいがケーキを切るためのケーキナイフか普通の包丁くらいなもの。
開いた『アイテム一覧』にはたくさんの武器や防具が書かれている。
『スキル一覧』と同じく名前だけだけど、カテゴリー別に別れているようだからなんとなくわかる。
それに『スキル一覧』にもあった『必要魔力』は書かれていても『適正無し』とは書かれておらず、灰色でもない。
「でもすごい魔力を使う……」
1番安い銅の短剣でも『必要魔力』は300。
その次が青銅の短剣で600。一気に倍だ。
長剣カテゴリーの銅の剣は700もかかる。
「武器は銅の短剣しか取れなさそう……。後は防具……なんだけど……」
防具のカテゴリーはちょっとだけ安い。
でも全身を守れるようにするにはどうやっても魔力が足りない。
致命的な部分を守るなら頭と胴?
皮の帽子と皮のローブなら50と100。
1日で24の魔力が必要と考えると全部を使い切ることはできない。
でも怪我をしたりなんかしたらどうしようもなくなる。治療道具が必要だ。
幸いなことに『アイテム一覧』には包帯や治療道具がある。
でも皮の防具と同じくらいかかる。包帯1巻で50。消毒スプレー1缶で70。軟膏で100。
軟膏って何? 普通こういうのはポーションとか傷薬とかじゃないのかな。
あ、いやポーションも傷薬もあった。
でもすごく高い。下級ポーションで500。下級傷薬で300。
下級ってことはそんなに効果が高くないんだろうけど……それでもすごく高い。
防具を取るか治療道具を取るか。
「魔力もないし……防具かな……」
色々考えたけど、怪我をするのを前提に考えるよりはまず防ぐことを考えた。
倒せさえすれば……魔力が手に入るんだ。
私みたいな非力な女を誘拐してくるくらいだ、いくらなんでも最初からどうにもできないような強い『敵』はいないだろう。
普通は順番に強いのが出てくるはずだ……普通なら。
考えれば考えるほど心が萎縮して動けなくなる。
この3日間はずっとそうだったじゃないか。もう考えちゃだめだ。覚悟を決めたんだろ、私。
「……よし!」
頭を振って頬を両手でパチン、と張る。
ひりひり、と痛いけれど、なんとか気合が入ったような気がしないでもない。
『カタログ』から銅の短剣、皮の帽子、皮のローブを取得する。
銅の短剣は鈍い光を反射する刃渡り40cmほどもある小剣と言ってもいいくらいのサイズの肉厚の刃物然とした刃物だ。ずっしりと重く、刃物特有の恐ろしさと美しさがある。
柄には何かの布が巻かれていてちょっとくらいではすっぽ抜けないだろう。
もちろん鞘付き。ジーパンのベルトに挟んでおけばいいかな……。
皮の帽子は分厚い何かの皮で出来たヘルメットみたいな帽子。
顎のところで留められる紐付き。強い衝撃には耐えられそうにない。気休めとしても微妙なくらいだ。でもないよりはマシかも……そう思わないとやってられない。
皮のローブは皮の帽子と同じ皮で出来ているのか若干重いけれどポンチョみたいな服だ。
こちらも何もないよりはマシといった程度だろうか。腰周りに紐があってそれで締めておけるみたいだ。
カタログはリュックのように背負えるように肩紐がついていたので背負っている。
「準備よし……」
装備は整った。
全然整ってないけど出来る範囲で整えた。
残りの魔力総量は86。
どうやら装備を選んでいるだけで3時間くらいかかったみたいだ。
たった3つの装備を選んだだけなのに……。
「と、とにかく、い、行ってみよう……」
震える足。震える手。
歯の根は合わない。
それでも私は最初の一歩を踏み出した。




