departure-3-
「菜摘、話があるの」
6畳ほどの空間の中、癒希はそう切り出した。菜摘と呼ばれた女性は眉をピクリと動かしただけで続きを促す。
「ここに・・・この街に光はいない。でも私は光が生きてるって信じてる。何かトラブルに巻き込まれてるかもしれない。どこかで病気になっているのかもしれない。だから救けに、探しに行きたいの」
およそ孤児院という場所には着物という似合わない高価な服装の(あくまで孤児院にしては、であり、着物全般の水準から考えるとかなり質素な部類には入る)、おそらく40には達していないであろうその女性は少し瞑目し、口を開く。
「確かに、私もあの子が死ぬような子だとは思っていません。しかし、そうだとしてもあなたが探しに行ったところで光を見つけられるとは到底思えません」
「それは・・・」
癒希も気づいていたこと。この広い世界でどこにいるのかもわからない人を探すのは不可能に近い。
「むしろあなたが外に出ることによって更なる問題が発生する可能性も否定できません。その結果、光を苦しめることになったら? あなたはそこまで考えているのですか?」
曲がりなりにもこの年齢で、この街の孤児院の責任者といえる女性。一筋縄ではいかないだろうと、その程度に思っていた癒希の覚悟を揺るがす。
癒希は頭をあげることが出来ず、考える。
たしかに私の行動は光を危険にさらしてしまうのかもしれない。その可能性が光を見つけると同じくらいに低いとしても、それでもその低い確率を今の私が否定するわけにはいかない。今私が出て行ったところで結局光を見つけることなどできず、光がその間にひょっこり帰ってくるかもしれないし、帰ってこないのかもしれない。
でも
だからといってもう黙って待っていることなんてできない。
「私は――」
顔をあげ、菜摘の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「光に―――」
「もういいわ」
「えっ!?」
癒希の言葉を遮り、菜摘は嘆息する。
「私は光が簡単に死ぬような子じゃないと思っているし、癒希が1度言い出したことを曲げるような子じゃないとも思ってるのよ。ただ、今私が言ったことはよく考えておいて。そんな時が訪れることになるかどうかなんてわからないし、そもそもそれを知ることになるのかどうかも分からない。私があなた達を守ってあげられるのはあくまでもこの街にいる間だけなのだから、この街を出て行ったあなたの一つ一つの言動が何を起こし得るのか、大事なところで選択を間違えないように。あなたはおそらく1人で旅立つのでしょうけど、あなたは決して1人なんかじゃないし、この場所も、私たちも、いつでも癒希と光が帰ってくるのを待っているから」
「菜摘・・・」
「どうせ手掛かりも何もないのでしょう? リトマスへ向かいなさい。そこに私の古い友人で未弥という子がいると思うわ。あの子ならあるいは・・・手がかりくらいは見つかるかもしれないわね」
身じろぎをせずに座る癒希に優しい声がかかる。
「今日はもう遅いし、発つのなら明日の朝以降にしなさい。そして皆にきちんと別れを告げること。光みたいに中途半端なことをすると皆が次々に出て行ってしまうからね」
「菜摘は・・・」
「ん?」
「菜摘は何で光のことを探さなかったの?」
「探したわよ。この街にいないことまでは私も知っているわ」
「なんで・・・その未弥って人のところに行かなかったの?」
「今のあなたと同じ」
微笑んで癒希を見つめる。
「今の私と?」
「子供の旅立ちを止める親がいると思うの?」
「・・・・・・ありがとう」
「さあ、そうと決まったら夕ご飯にしましょう。今晩は豪勢に行きましょうか。しっかり食べて、万全の体調で出かけないとね。癒希も手伝って」
「・・・・うんっ、お母さんっ!」
補足として・・・
癒希は別に菜摘の実子ではありません
菜摘:なつみ
癒希:ゆき
光:こう
未弥:みや
絢:あや
颯太:そうた
名前が出てるのはこのあたりでしょうか。念のため。
とりあえず本編が続きました。つぎは・・・