litmus-3-
「おーい、マスター。こっちにイワトビヤギのスモークチーズ一つ!」
「おいおい、注文するのはいいが、金は足りるのか」
マスターの呆れ顔も気にせず巨漢の男は、食べ、飲み続ける。
「なんだよさっきの嬢ちゃんはよぅー。金ぇ? そんなのクエストでもこなせばすぐに溜まるだろ」
酔いつぶれそうなほど飲み続ける男にマスターはくぎを刺す。
「そんなに飲んでると娘さんに捨てられるぞ」
と、タイミングよく扉が開き1人の女性が――
「なぎーーーー!」
ガシッ。
「なに、こいつ」
巨漢の男のタックルを左手一本で受け止め、癒希は誰ともなく問う。
「―――っって、お前! まだ一時間も経ってないぞっ」
「まさか終わったとか言わないよな」
「あ。なぎじゃねぇ…」
「………で、どうなんだい。お嬢さん? クエストは」
周囲のざわつきをまとめるかのようにマスターが尋ねる。
「ん? ええっと、そのことなんだけど……」
そこまで聞き、バーにいた男たちは安心する。
そんな簡単にC級のクエストを、しかも一時間もしないうちにこなされてはたまらない。
ここにいる男たちにとってクエストの依頼はそのまま収入源に直結する。
もちろん依頼にないものをとってきて売るという方法もあるにはあるが、依頼がある無しで金額は二倍にも三倍にも変わる。
この目の前の女が依頼を片端から受けて男たちの収入は減少してしまう。
こうしてバーで昼間から飲むことができるのもそれなりの依頼とそれを実行する人数とのバランスが成り立っているからだ。
この女の子は依頼をこなすことはできなかった。
自分の身の丈を考えずに飛び出してったのだろう。
命を落とさなかっただけでも儲けものだろう。
「まぁ、そんな気にすることないさ。命あっての物種だ」
「そうそう。あの山は怖かったろう。おれもD級までしか無理だ」
「俺はC級が限界だな。あそこは比較的緩やかだが、時たま馬鹿みたいに強いのが現れるスポットがあるしなぁ」
「私は―――お嬢さんがクエストをクリアできなかったとは思えないんだけど、どうなのかな?」
その空間に喧騒が戻りかけていたのが再び凍る。
「クエストは…クリアしてきたわ。けど……」
「なにか満足いかないことでも?」
依頼されたものを癒希から受け取りつつマスターは再び問う。
「私は―――、私は、一歩間違えたら死んでた。命あっての物種、確かにその通りよ。私はまだ死にたくない。どうしてもやらなければならないことがあるから。だから私に戦い方を教えて!」
その言葉に、男たちの大半が俯く。
この少女は途轍もなく強いのだろう。実際の能力ではない。意志が、願いがある。意志のない力に強さは伴わない。逆もまたしかり。そしてこの少女は両方を兼ね備えているのに違いない。自分たちと違い。
それでもこの少女はまだ足りないという。
自分たちの届くか届かないかの高みにすでにいるというのに。
何が足りないというのだろう。
なんで足りないというのだろう。
もう十分ではないのか。
彼らのほとんどははき違えていた。
彼らが少女に抱いた思い。
自分たちに足りないと感じたもの。
それこそが違いだというのに。
現在の自分に満足しないことこそが自身の成長へ至る道だということに。
それを知ったマスターは、
それを知っていたマスターは。
「んー、いいたいことはわかるんだけどねぇ。でも、ここにはお嬢さんに戦闘を教えてあげられるほどの人が果たして何人いるか… ちなみにお嬢さんのランクは?」
「B」
「だいたい、Bまでいってるのならわかりそうなものだけど。こういったところに普段からいるのはたいていCランクくらいまでだよ。私みたいなマスターをしているものならAランクをもっていてもおかしくないけど、それも店内のいざこざを収めるためだからねぇ。営業中に店から出るわけにもいかないし、農耕が主産業のこの街に何かを期待されてもでてくるものはないよ。A級以上のクエストはほかの街に依頼を出すくらいだしね」
「…そう―――」
「わかってくれたかな」
「マスターはAランクなんだ……」
「っっ!」
とてつもなく嫌な予感。
それに突き動かされマスターは回避行動をとる。
と、予期した攻撃が来ないことに気づく。
「…? いやいや、何もするわけよっ!! そりゃあ、戦い方教えてほしいけど。でも、お店から出れないんだよね。じゃあ意味ないかな」
ふぅっ、とため息をついてマスターは一人焦る少女に微笑みかける。
ようやく思い通りになりそうだと安堵する。
「それなら………一ついい方法を教えてあげよう」
と。
癒希のランク設定には悩みました。
CかBか
光が光だしなーと。