beginning
世界よ、これが本物のファンタジーだ。
とか、呟いてみる
これは、あの時の言葉で始まった。いや、終わりを告げられたといったほうが正しいのだろうか。
「・・・なに? どうしたの」
こういう時は一緒に住んでいてよかったと思える。いくら「特殊な事情を抱えてる」としても。それでも、自分の好きな人にいつでも会える。そういったことはふつう許されないだろうから。たとえ、こんな危険な夜だとしても。
それなのに、彼は何も見えてないかのように虚ろだった。いや、実際に見えてなかったのだろう。私の言葉にびくりと反応し、視線が私に固定される。
「ああ・・・癒希か」
「なにいってんの。呼び出したのはそっちでしょ。それよりこんな時間に呼び出して何の用?」
こんな時間、といって癒希は自分の腕に巻いた時計を見せる。その短針は2と3の間を指していた。
本音を言うと、嬉しい。癒希から誘うことは多かったけれど、その逆はまずなかった。それが珍しく呼び出されたのだ。その時間が真夜中を少し過ぎたところでも気にしない。そもそもそんな時間に呼び出される違和感にも気づかなかった。
「ああ・・・そんな時間か。悪い・・・。頼みがあって・・・」
が、さすがにおかしいと思った。寝てるとか寝てないとかも気にせずこの時間を指定したのにいまさらその事実に気づいたことにも。うわの空で返答が一呼吸一呼吸遅れることにも。その言葉の歯切れが悪いことにも。なにより、いつもなら彼からもらったこの腕時計を見せるたびに恥ずかしがって目をそらすのに、今回はそのことにすら気づかないことにも。
「・・・どうしたの?」
「明日から、いや・・・今から俺のことを嫌いになれ。それだけだ」
少しためらった後に彼の口から告げられたのは癒希に意味の分からないことだったし、おそらくこの家に住んでる誰もがそうだっただろう。だから、癒希はこの家に住んでる誰もがする返事を返した。
「じゃ、なに。つまり明日・・・今日? 会っても無視しろってこと?」
その言葉に気味の悪い長い沈黙が流れ、彼が身をひるがえした背中越しにかすれた声で同意が聞こえた。
「ああ・・・そうだな」
よくわかんない。その思いを胸に癒希は自分の部屋に戻った。
とりあえず眠ろう。眠いし。どうせ明日か明後日かには説明してくれるんだろう。そんな甘い期待を胸に。
だから、癒希は後悔した。あの時の自分の選択を。あの時自分はきちんと追求すべきだった。自分の違和感、疑問をきちんと解消すべきだった。だから
朝になって彼に会うことはなかった。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、そのまた・・・