(2)
「待って、いきなりそんなに言われても……ええと、ようするに私が引き受けたことは貴方の呪いを解く手助けってことでいいんだよね?」
「そうなるな」
あっさりと頷かれたが、深奈は額に手を当ててため息をついた。
情報を整理すると、勇者がかつて戦った銀竜ジャフォラは、死に際に呪いを掛けたらしい。その呪いは身体を竜に変化させるものだという。勇者自体は特に問題なかったから、気づかずにそのまま放置。結果残ってしまった呪いが、子孫になって出てきてしまった。
そこまで整理して、深奈はひとつ疑問を持った。
「ねえ、呪いが出るようになったきっかけって?」
「……ああ、それはちゃんとした勇者の末裔ではないものを王位につけたことだ。
俺は今でこそ銀の髪と目になってしまってるが、本来は黒髪に褐色の目だったんだ。この色を受け継がない場合、勇者の子孫とは認められない。これはリオノスと天空神との間で交わされた約束なんだ。勇者の子孫である証明が失われれば、その時点で祝福は失われる。だが、血が続く限りは、栄光を注ぎ続けよう、ミアはそう言ったそうだ。
だけど、人の世は複数兄弟が生まれれば争いも起こる。長子に生まれたのに、後嗣としての色を受け継がなかったから廃嫡された兄王子は、そのことに憤って弟を殺し、玉座を奪ったんだ。その瞬間、彼にこの呪いが振りかかって、痛みの中で死んだ。彼の息子は後嗣としての能力があったから王座についたが、同時に呪いも背負うことになったって訳さ」
当然のように淡々と説明してくれたものの、深奈には驚くべきことだった。
だが、家族や兄弟間での争いはどこでも起こる。ここも例外ではないのだ。
「そうなんだ……それで、今まではどうやって抑えてたの?」
「ミアに祈ったんだ。ただひたすら、それだけさ。父上の代まではそれでも何とかなった、でも、俺はいくら祈っても、予言にある通りどうにもならなかったんだ。今じゃ、胸の辺りまで広がってる」
口もとに浮かんだ薄い笑みが、彼の苦しみを物語っているように深奈には思えた。
別に彼が約束を破った訳ではないのに、一番苦しまなくてはならないのは、何だかひどく理不尽に感じられ、深奈はうつむく。
「だけど、お前のお陰で少しだけ浸食が戻ったんだ。試練に挑めば、俺は元に戻れる。人を食う竜になって、この国の人間を襲わずとも済む。脱走して、方法を探らなくても良くなったんだ」
セリクが深奈を見た。
向けられた目に浮かぶ希望の色に、深奈はたじろいだ。
助けてあげたくない訳ではない。いや、そのために来たのだから、出来ることはやりたいが、何をしたら良いのかわからないのだ。だから、とっさに話を反らしてしまった。
「それで脱走してたのね」
「まあな、その度に連れ戻されて説教されたけど、じっとしてるのは嫌だったからさ」
セリクは肩をすくめて見せた。
やはり、王子らしくない王子だな、と深奈は思った。すると、ようやく後ろから複数の足音が響いてきた。セリクは「やっと来た、ずいぶん時間がかかったな」と呟く。そういえば、結構長いこと話しこんでいたのだ。
次々と知らされる新しい情報に、時間のことなど忘れていた。
「遅いぞ、神官を連れてくるのにどうしてこんなに時間が……」
セリクの声が途切れた。つられて深奈も振り向くと、予想していたよりも人数が多いのに気づく。改めてセリクを見ると、非常に嫌そうな顔をしている。
「申し訳ありません……途中でロイゼ宰相とお会いしたので事情の説明を致しましたところ、神官長だけでなく、ラガザン将軍にも立ち合わせるべきだと命令を受けましたので、時間がかかってしまいました。陛下もお連れするようにと言われたのですが、既にお休みになられているということなので、明日詳しい話をすると決まりました」
ヴェインはやってくるなりそう告げた。苦虫を噛みつぶしたような顔をしたままのセリクは、不承不承立ち上がると、やってきた面々に向かい合う。深奈も次いで立ち上がり、集まった歴歴を眺めた。
まさに、国の中枢で活躍している人物がそろい踏みといった風情だ。
現れたのは五名。宰相、将軍、神官長、ヴェインに部下一人だ。誰が誰だか深奈にはさっぱりだったが、服装の違いで将軍と神官はわかった。意外なことに、神官長は女性だった。
「お戻りになられたのですな、殿下……いい加減諦めて頂きたいものですが」
「それは無理だと何度も言っているだろう、ロイゼ宰相。俺の呪いが解けなければ、その時点でリオニア王家は終わりだというのに、じっとなどしていられない」
「ですから、レニスの学者たちに方法を探らせているではありませんか。全く、陛下と似なくても良いところばかり似て困る……まあ、それは置いておきましょう。それで、『導きの娘』が見つかったと言うのは本当なのですかな」
「ああ、こいつだ」
腕をつかまれて宰相の前に引き出された深奈は、慌てて頭を下げた。
「あっ、あの……初めまして」
何を言えば良いのかわからず、とにかく挨拶する。ロイゼ宰相はしばらく、黒曜石のような目で深奈をじっと見つめてから、神官長に話しかけた。
「ルグルー神官長、どうなのですか?」
「初めてお会いしたのにすぐわかりますか。まずは彼女にミアの祝福があるか確認します……それと、アレフゲルダの予言によれば、左の腕に徴が現れるはずですが……」
全身を白いローブに包んだ壮年の女性が、ゆっくりと深奈に歩み寄ってきた。深奈は緊張していたが、彼女の温和そうな雰囲気に少しだけ気が緩んだ。
「初めまして、私はエレ・ルグルーと言うのよ。王宮付き神官長なの……これから少し貴女に触れるけれど、痛くはないから力を抜いて」
「あ、はい」
言われた通り、深奈は力を抜いたまま立った。エレは深奈の左腕をとると、目を閉じて集中しながら口の中で何かつぶやく。すると、深奈の全身を淡い金色の光の粒子が包んだ。
深奈は驚いて、思わず口を馬鹿みたいに開けて見惚れてしまった。