(5)
青年はしばらく破片を見つめたあと、おもむろにかがみこんでそれを拾うと、しばらく眺めた後で銅貨三枚を取り出して店主に渡した。
「ちょっと、これじゃ足りないよ!」
「そんなはずはありません、これはウェルルシア製の量産品です。我が家にも同じ物がありますが、その値段ですよ。と言うことは、あなたはこれを不適切な値段で売っていたのですか?」
「この悪徳店主はこれが銀貨三枚だと言い張ってるな」
セリクが告げると、青年の様子が変わった。彼は背後の男たちを呼ぶと、あっという間に店主を捕縛してしまった。
「何しやがる!」
声を荒げた店主だったが、青年が告げた一言で黙った。
「このリオニア王国で商売をするものはいかなる理由があろうとも、詐欺を働いたら領主の裁判に掛けられるのが決まりです。あなたは警備隊に渡します」
静かな声だったが、断固とした響きに、周囲すら静まりかえった。
やがて、青年は部下たちに連れて行くように指示をする。だが、彼らが店主に気をとられている隙をついて、セリク少年は人ごみに飛び込んだ。
「……あっ!」
青年が気づいた時には、セリクは人の中にまぎれてしまっていた。深奈はその足の速さにただ驚いた。青年のうめき声が聞こえた。
彼らの様子に、どうやらセリクは良い家の出て、家人か何かが彼を探していたのだろうな、と結論付けると、その場を離れた。
それからはゆっくりと歩いて、辺りの店を見て回る。
お金はないので冷やかすだけだが、それでも見たことのないようなアクセサリーを眺めたり、大道芸人が冷や冷やするような芸や、思わず踊りたくなるような音楽を奏でるのを遠くから聞くのは楽しかった。
「そろそろ待ち合わせ場所に行かなくちゃ」
日が傾き、街灯に魔法の明かりがともり始めたのを見て、深奈はつぶやいた。
それから、石畳の道を引き返す。
明日はついに王都だ。一体どういう場所なのだろうという期待と、果たして自分の言を信じてもらえるだろうかという不安がないまぜになり、心がざわつく。行ってみるまではわからないのだが、考えることをなかなかやめられない。
落ちつかない気分で歩を進めていると、耳に何か聞こえた。
街にあふれる喧騒とは異なる、どこか切羽詰まったようなうめき声だ。深奈は立ち止まると、声の出所を探った。誰か苦しんでいるのだろうか。だとしたら、早く見つけてあげないと、という思いから視線を巡らせ、やがて細い路地裏に目がとまる。
声はそこから聞こえていた。
そっと近寄り、薄暗い小道に目を凝らすと、ごみが置かれた場所の近くにうずくまる影が見えた。
思わず駆け寄って声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「……ああ、ぐぅっ……っ」
見れば額に玉のような汗が浮いている。どうしようかと思って眺めていると、どこかで見た気がして、首をかしげ、しばらく記憶を探る。色素の薄い銀色の髪、あどけないが高貴そうな顔立ち。纏う外套こそ汚れているが、ひどくこの場に似つかわしくない印象だ。
そこまで観察して、深奈はようやく先ほど店主と言いあいをしていた少年――セリクだと気がついた。
「……誰か人を呼んだ方が」
「やめろ! 誰も呼ぶな……放っておけば治ま……っ」
セリクは苦しげに端正な顔を歪め、右手で左腕を強く掴んでいる。どうやら腕が痛むらしい。
「でも、お医者様に診てもらった方が」
「こいつは医者じゃ治せない。いいから放っておいてくれよ、余計なお節介だ」
冷たく罵られ、深奈は流石に腹がたった。痛みからちゃんとした応対が出来ないのは仕方ないとは思うが、そんな言い草はないだろう。
「苦しんでるひとがいれば心配するのは当然でしょ! 見せてよ、ひどい怪我なら誰か呼んででも」
医者に連れていく、と言いかけて、深奈は黙った。
無理矢理につかんだ彼の左腕にあったのは、傷ではなく、光沢を放つうろこ状のものだったのだ。まるで薄い石が連なっているようにも見えるそれは、一種の皮膚病のように見える。しかし、それがどういう病なのか、深奈にはわからなかった。
「なに、これ」
「病気じゃない、あんまり触ってるとお前にも移るかもしれないぜ。こいつは呪いだからな」
痛みからか、呼吸が浅くて早く、声は荒れていた。
「呪い? そんな非現実的なこと」
ある訳がないと言おうとして口をつぐむ。そう言えばここは日本じゃない。異世界だった。魔法が存在するのだから、呪術だってあってもおかしくはないのだ。
「……っう」
セリクがまた呻いた。深奈は腕をつかんだままうろこ状の皮膚に見入った。それはこうして見ている間にも、ゆっくりと広がって行っている。しかも、セリクは非常に苦しそうだった。
「ねえ、何か痛みを抑える方法はないの?」
「し、知ら……ない」
彼の苦しげな答えに、深奈は途方に暮れた。自分では何も力になれない。それに、彼は呪いだと言っていた。呪いならば、返せるのではないだろうか。しかし、深奈は顔をしかめた。
あの陶器の店でのやり取りから推察するに、彼はかなり裕福で身分も高い家の子どものようだった。そんな家の親がこれを何とかしようと思わなかった訳はない。すでに対策が講じられたにも関わらず効果がなかったのではと思った。
深奈は、目の前で体を丸くするセリクの腕から手を離せなかった。このまま見捨てていくのは気が引けたから、せめて発作が治まるまでは見届けようと思ったからだ。
それにしても、人間をこんなふうに苦しめる呪いがあるのか、と思いながらうろこに触れる。
すると、セリクはぎょっとした。
「お前、気持ち悪くないのか?」
「え、別に平気だけど」
確かに、言われてみれば爬虫類っぽいかもしれないが、特に気にならない。魚のうろこと大差ないし、これだけ一枚一枚が大きくて感触が石みたいだと龍の彫刻に触れているような感覚しかしない。
なので正直にそう答えると、セリクは呆気にとられたように深奈の顔を見詰めた。
「変な奴だな……医者や神官ですら怯えて気持ち悪がる奴もいるのに」
ぼんやりと呟く。
やはり、色々なひとに見せてもだめだったのだな、と彼のセリフで深奈は確信した。もしかしたら、彼が家人らしき青年から逃げ出したのと何か関係があるのだろうか。そう思ったとき、変化は突然はじまった。




