(6)
「な、何を馬鹿な! 勇者ですら封印を選んだ化け物だぞ! 気でもふれたのか」
若い方の神官兵が顔色を失くして叫ぶ。
しかし、エヴァルトは気にしたふうもなく、
「気など触れていませんよ。それでも、こうするのが最も良い……少なくとも、ミアの敵を倒せばいくら私がミアの祝福を受けていない者であっても、認めざるを得ないでしょう?」
「そう上手くいく訳がないだろう。もし貴殿が銀竜を倒せなければどうなる?
リオニアは終わりだ。銀竜は息のひと吐きでひとつの村を消したと言われる化け物なのだぞ!」
神官兵の言葉に、その場にいたほとんどの者が絶句した。
深奈はシュエラを見た。
彼女は微笑んでいる。この間いっていたことが真実なら、殺させるためにこちらへ連れてこようなどとは考えないはずだ。つまり、シュエラは銀竜が負けるだなどと全く思っていないのだろう。
つまり、この場の全員が殺されてしまうかもしれないということだ。
そういえば、あのときシュエラは、エヴァルトにつくことは自分にとって都合が良いといっていた。これもそのひとつなのだろうか。
「それでも、その化け物の一部がなければ殿下はいつまでたってもそのままだ。私の力で殿下を救えば、認める要素がまたひとつ増える。
そういう訳です……導き手様、ご協力くださいますね?」
唐突に声をかけられ、深奈は返事ができなかった。
ゆるゆると顔を上げ、自信に満ち溢れたエヴァルトと引きつった様子のセリクを交互に見る。セリクは深奈に見られていることがわかると、首を横に振った。扉を開けるなということなのだろう。
セリクの側には、いまだリオノスの姿はない。
あの日以来、セリクが毎日指輪に呼びかけていたことを知っていた深奈は、まだ傷が癒えていないのだと思った。もし、リオノスがいれば、深奈はすぐに扉をひらいていただろう。
だが、たったこれだけの戦力で話に聞く銀竜を倒せるとは思えない。
「でも……銀竜は化け物だって。それに、私聞いたんです。銀竜はアンデッド化しているって」
「ええ、知っています。ですから扉を開いてこちらへ招き、討伐することに決めたのですよ。さあ、扉を開けてください……貴女とて、いつまでもここでこうしている訳にはいかないのでしょう?
もとの国へ戻りたくないのですか?」
深奈はエヴァルトの言葉に驚愕した。
勢いよくシュエラを見れば、彼女は笑んだままこちらへ歩いてくる。そして、深奈の前で立ち止まると、言った。
「エヴァルト様には全て話したわ。ねえ、ミナ、帰りたいでしょう?
殿下のことが終わらない限り、貴女は帰れない。別に、殿下を殺そうと言う訳じゃないのよ、ただ、王位継承権が欲しいだけなの。そのためなら、呪いの解呪にも手を貸す、そういっているだけなのよ」
「で、……でも」
「お願いです」
繰り返し頼み込まれ、深奈の迷いが少しずつ消えていく。懇願するようなセリクの顔を見て、深奈は彼が呪いに苦しむ姿を思い出した。あんなにひどく苦しむひとを見たことはない。彼を早く解放してあげかった。
家へ帰りたいのも本当だ。
リオノスは時の経過はないといってくれていたが、それでももうここへ来て、一ヶ月くらいにはなる。疲れた、帰りたいという気持ちは日増しに強くなっていた。
だが、深奈はシュエラが何か企んでいることを思いだした。
もし、言う通りにしてしまったらどうなるか。考えなかった訳がない。深奈が想定したこと。それは、銀竜がこちらへ出てきてしまうこと。
そうなったら、対抗できるのはリオノスだけだ。
「本当に、本当に銀竜を倒せるんですか?」
「はい。対抗策もあります……この陣はアンデッドに効果のある結界なのです。これに閉じ込めます。それに、この剣があれば銀竜に致命傷を与えることも出来ましょう。心配は無用です」
断言したエヴァルトだったが、深奈の不安は晴れない。
なぜなら、この陣を用意した人物はおそらくシュエラだろうからだ。彼女は銀竜らしき存在を「あの方」と呼んでいた。命を救われたようなこともいっていた。だとしたら、この結界陣自体に不信感が残る。
迷う深奈の耳に、微かな呻き声が届いた。
驚いて声の方を見やると、神官兵たちが顔色を失くしているのが見える。同時に、地面にうずくまっている姿を見て、深奈は叫んだ。
「セリク!」
発作だ。
そう思って、駆け出そうとした腕を、強い力で掴まれる。
「呪いの発作が、離して下さい! 私が行かなきゃ……」
「なら、扉を開いて。そうすれば離してあげる」
有無をいわせないような冷厳な声が、鼓膜をふるわせた。振り向いた深奈の目に映ったのは、硬質な光を放つシュエラの目と、やや虚ろに曇ったエヴァルトの目。
深奈は息を飲んだ。
エヴァルトの目には見覚えがあった。腕をぎりぎりと締め付けてくる彼の目に、意思の光がない。これは、グレマール湖で見た神官と同じ目だ。
深奈はシュエラを睨んだ。
全て、仕組まれていたのだろうか。
「……ぐっ、ぁあ」
「で、殿下!」
響くセリクの呻きと、狼狽したような神官兵の声が、焦燥感をあおる。
「お願い、離して。セリクを殺すつもりはないんでしょ、だったら」
「死んでもいいと思っている、といったら?」
突きつけられた言葉に、深奈は愕然とした。シュエラは表情を変えない。ここにいる誰も、エヴァルトが操られている可能性に気づいていない。
シュエラが解放しろと命じない限り、深奈はセリクのもとへは行けず、その分だけ呪いが進んでしまう。
「扉を開けなさい……あたしは、あの王子がどうなろうと、どうでもいいのよ? 例えば、他の騎士を使って殺させることもできる」
告げられた内容に、深奈は震えた。
彼女なら、ためらいなくそうしそうだ。だとしたら、今の自分が出来ることは何だろう。耳に届く、途切れ途切れの呻きに、心臓がかきむしられるような痛みが走る。目に涙があふれ、ものをまともに考えることができない。
「うぅ……ぐ」
深奈は目を閉じ、静かにいった。
「わかり、ました」




