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暁への導き手  作者:
第五話
32/68

(2)


 それからは、騎士と兵士の悲鳴が重なる。

 深奈は、飛び散る雷撃と、爆発する地面に驚いて身を伏せた。目の前で、グレネス伯が叫ぶ。

「退避! 殿下だけは絶対に渡すな!」

「そんなことさせませんよ」

 のんびりした声が、彼らの怒号に割って入る。

 枯れ葉が飛び散り、兵士が倒れていくなかで、マントをまとったアスルドがゆったりとこちらへ向かってくるのが見えた。

 空は曇り、冷たい風が吹きすさぶ。

 鼻をつく焦げる匂いに、深奈は何度か瞬いた。

 アスルドは口の中で何か呪文のようなものを唱えながら、進む。その度に、彼の手から雷撃がほとばしり、逃げ惑う兵士たちは手足しびれさせ、人形のように地に転がる。

 が、騎士たちもやられてばかりではなかった。

 なぜか、鎧をまとった騎士には、アスルドの攻撃が効かないのだ。深奈は、もしかしたらあの鎧に秘密があるのかもと思いながら様子を見る。

 騎士たちは雷撃をものともせず、爆撃だけ避けながらアスルドを取り囲むと、一斉に剣を突きつけた。

「観念しろ! 魔術だけでは我らは倒せぬ」

「嫌ですよ!」

 言って、アスルドがさらに何かを唱え、放つ。ばちばちと音を立てる光が放射状に広がり、騎士らの足もとへ向かう。

 が、高らかに響いた声があった。

「滅せよ!」

 それと同時に落ちてきた氷のカケラが地面に突き刺さると、光が霧散する。枯れ葉が舞い上がり、土煙がアスルドを覆い隠す。しばらくして、煙が晴れると、尻もちをついて驚愕の表情に顔をひきつらせるアスルドが見えた。

 深奈は思わず体を起こし、叫ぶ。

「アスルドさん! 大丈夫ですか?」

 返事はない。代わりに、別の声が深奈に語りかけた。

「平気よ、ちゃんと手加減したから」

 その声には、聞き覚えがあった。いつか、もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたかった。深奈は立ち上がりながら、茫然とつぶやいた。

「シュエラ……? どうして」

 疑問に答えたのは、またしても別の声だった。

「彼女は私の部下だ。お久しぶりですね、導き手様……そして、セリク殿下」

 上から聞こえた豊かな声。一度聴いたら、なかなか忘れられないであろうその声の主を見て、深奈はまた驚くはめになった。

 エヴァルト。

「視察にこちらを訪問したということで、遅ればせながら騎士団とともに護衛に参じたのですが、グレネス伯、これはどういうことでしょう?」

 馬上から注ぐ冷たい青色の目が、伯を射ぬいた。

 どういうことなのだろう。伯とエヴァルトは一緒になって罠を張っていたのではないのか。だが、エヴァルトの言い方は、まるで何も知らなかったように聞こえる。しかも、嘘をついているようにも聞こえない。これは一体どういうことなのだろう……?

「これはエヴァルト様、当然、全て貴方様のためでございます。私は貴方の忠実な僕、貴方が王位につくことを心から望むもの」

 伯はすでに馬上のひとではなく、地面にいた。彼はその場にひざをつくと、熱心に言った。

「ほう、ではお前は殿下を弑し奉るつもりであった訳か。つまり、反逆者という訳だな。では罪人だ、グレネス伯を捕らえよ、そして殿下らを離宮にお連れするんだ」

 冷たく下された命令に、伯は目を剥いた。

「何を! 何をおっしゃっておられるのですか、私は、あなたのためにっ」

「黙れ、お前とて知っているはずだ。王位を正当なもの以外が継いだときの悲劇を……私がそのようなことをする訳がないだろう。さあ、早くしろ」

「はっ」

 配下の騎士たちが、エヴァルトの命を受けて伯を捕らえ、セリクを解放している。尻もちをついたままのアスルドと深奈は、突然の展開にただただ目を丸くするしかなかった。

 そんな深奈に、エヴァルトは心配そうな顔を向ける。

「さあ、導き手様もご一緒に離宮へ。お寒かったでしょう」

 あまりにも毒けのない声と表情に、深奈はどうすることも出来ず、エヴァルトの言う通りに動くしかなかった。途中でセリクと目が合う。彼はどこか虚ろな顔をしていた。すぐに深奈の視線から逃れるように目を反らしてしまう。

 後で、ちゃんと話をしないと。

 ゆっくりと下山し、離宮へと歩を進めながら、深奈はため息をついた。



  ◆



 離宮についてほどなく、春遠い季節の夜が訪れた。

 風の鳴り響く廊下を、深奈はひとり歩いていた。向かう先は、当然セリクのところだ。もちろん、どこにいるかなんてわからない。

 とにかく、行かなくてはとそれだけの思いで部屋を出たのだ。

 廊下は肌寒く、湯あみしたばかりの身体にはややつらい。深奈は小さく身震いしながら歩いた。だれかいないだろうか、と目を凝らすが、見えるのは月明かりに浮かびあがる影ばかり。

「誰かいないかな」

 あれからエヴァルトに連れられて離宮に入った深奈たちは、それぞれ別室に案内された。そこで汚れを落とし、あたたかい食事が出され、今日は早く休むようにと言われた。

 使用人は少なく、しかも離宮の別棟に騎士団がとう留することになったため、余計人手が足りないようだ。適当にだれかつかまえて聞けばいいと思っていたのだが、深奈は自分の考えの浅さを呪った。

 それでも歩いて行くと、少しはなれた先の階段からひとの話し声が聞こえた。

「……して、…んな姿…で……る? なぜ………こな……いんだ!」

「あなたに………いでしょ、あたしがどう……ようと勝手だわ」

 どうやら言い争いをしているらしい。

 深奈は、その場に立ち止まった。というのも、聞こえた声の主に心当たりがあったからだ。立ち聞きするのは、何となくはばかられる。すると、今度は足音が響いた。

 どうしよう、と思いあぐねていると、向こうがこちらに気づいて声をあげた。



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