(7)
「ミナ様が連れ去られたあと、我々は牢に放り込まれました。私は魔術師ですが、騎士でもあります。出来るだけ魔術師であることはさとられないようにし、翌日行動を起こしました。
爆発があったでしょう?」
「はい、驚きましたけど、あれで皆が逃げられたんだとわかって嬉しかったです」
そう言うと、苦笑が返ってきた。
「あれは私の魔術です。爆発を起こして、牢の壁を破壊して、何とか外へ逃げましたが、やはり追手がかかってしまい、ヴェイン殿は殿下をかばって傷を負ってしまったのです。
私が彼を背負い、魔術で追手を追い払いながら、何とかここまで逃げて来たんですよ」
「そうだったんですか……」
セリクをはじめ、全員が薄汚れた姿をしており、どこかしらに傷を負っているのを見て、深奈は憤りを覚えた。こんなふうに逃げなければいけない理由など、本当はどこにもないのだ。エヴァルトが王位を望み、それを支えようとする者たちが、勝手に起こした行動。そのせいで、こんな目にあっている。
「それで、お前はどうやってここに? 見張りたちから聞いた話じゃ、俺たちとは比べ物にならないほどの監視の目があったはずだろう?」
「うん、ずっと騎士さんたちが交代でついてたけど……」
深奈はほんの少し前まで一緒だった人物について話をした。
アレフゲルダ。
彼の名前を出すと、セリクとアスルドは驚いたようだ。それには構わず、異界への扉を開き、そこを経由してここへ来たと告げれば、アスルドが感動したような声をあげた。
「凄い! 異界へ行くだけでも凄いことなのに、そこからさらにここへ来られるなんて、そんなこと出来たのは勇者当人だけですよ! しかもアレフゲルダに会っただけじゃなくて助言まで受けるなんて、珍しすぎて天からお菓子でも降って来そうですよ!」
興奮した様子のアスルドに、深奈はびっくりした。
何しろ、当人にそれほど凄いことをしたという感覚がないのである。テンションの差はいかんともしがたいものがあった。むしろ、疑われてもおかしくないとすら思っていたのだ。
だが、信じてくれていることだけはわかった。これで安心して核心に触れられる。
深奈は感心しきりのふたりは置いておいて、話を進めた。
「それで、あの人が言うには、『ミアの涙』は夜明けの囁きのなかにある、良く耳を澄ませること。次に『銀竜の眠る地』に続く道は白翼の廃墟からのびているんだって言われたの。これ、どう解釈したらいいかな……特に『ミアの涙』の方」
告げれば、ふたりは顔を見合わせる。
「なるほど、流石は白鴉、そのまま教えてくれればいいものを、わざわざ謎めいた言い方で現すところがらしいな……にしても、夜明けの囁きって何なんだろうな」
セリクは少し皮肉気に笑うと、あごに手を当てて考え込む。ようやく痛みの波も引いたらしく、いつものセリクに戻っている。一方、未だ感動さめやらぬアスルドは、謎めいた言葉にまたしても興奮したようだった。
深奈はふと、魔術師がみんなこんな感じだったら嫌だなと心から思った。
「いいですね、想像をかきたてられる響きだ。夜明けですからね、それに関わりがあることなんじゃないでしょうか? 鳥の声とか、風の音とか」
「……いいえ、それは朝の雨のことです」
不意に、それまで口を開かなかった人物の声が割り込んだ。てっきり眠っているものだとばかり思っていた深奈は、横たわるヴェインの顔を見た。目がうっすらと開き、こちらを見ていることがわかる。
「ヴェインさん、大丈夫なんですか?」
「ええ、何とか。命に関わるほどではありませんから……何より、私の役目はセリク様をお守りすること、命にかえても、それだけは違える訳にはいきませんから」
語る声は、やや掠れて震え、痛みが彼を苛んでいることがわかった。セリクを見やれば、何やら苦しそうな顔をしている。深奈は、どうしてそこまで、と聞きかけたが、先を越された。
「今回はいい、だが、俺をかばって死ぬようなことだけは許さない。理由はわかっているが、あれは俺が勝手にしたことだ。そこまでして貰ういわれはない……。わかったな」
「はい、申し訳ありません」
「いい、それより、どうして夜明けの囁きが朝の雨だと断言出来るんだ?」
セリクが問うと、ヴェインはこくりと頷いてから話しだした。
「私の出身はリオニア南部、つまりこのグレマール湖近くの町です。言い伝えがあるんですよ。この地方には、曇ってもいない朝に、雨が突然降ることがあるんです。これはグレマール湖周辺にだけ見られる現象で、その雨が一部虹色に輝くことから、ミアの囁きと言われています。
その雨が降った場所は、例年よりも作物が実りやすくなるので、別名をミアの贈り物と言うんです」
彼が話し終えると、すうっと風が吹く。
つられて洞穴の外を見やれば、さらさらと雨が降り注いでいるのが見えた。
「ああ、あの雨ですよ」
ヴェインの言葉に、深奈は思わず立ち上がり、洞穴の入口へと向かった。そこで、手を差し伸べると、水滴がてのひらを濡らす。
深奈は鼻をひくつかせて、呟いた。
「この香り、異界でかいだものと同じ」
「どういうことです?」
右隣にやってきたアスルドに、深奈は亀裂を生じさせたときのことを説明した。この雨からは、甘くて爽やかで、透明感のある独特の香りがするのだ。
「もしかしたらその香りが『ミアの涙』と関係しているのかもしれませんね」
アスルドが言い終えたとき、深奈はあっと声を上げた。
「どうしました?」
「これ……見て」
深奈は驚愕に顔を引きつらせながら、てのひらをアスルドに見せた。その様子に、セリクも洞穴の入口へと歩いてくる。
「どうかしたのか……?」
その声に、同じようにてのひらを見せる。途端、セリクは瞠目した。




