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暁への導き手  作者:
第三話
21/68

(7)

 それから一行は、一定の速度で森の中を進む。

 馬に揺られながら、深奈は亀裂のことを何度も思い返していた。どこか、深い森へ入り込むような、不安と期待を引きずり出す空気が、そこからは漂ってきていた。

 あれが「異界への扉」だとしたら「銀竜の眠る地」もまたああいう亀裂の向こう側にあるのだろう。深奈は、もう一度目の前に亀裂が現れたとき、どうすれば「銀竜の眠る地」へとつながっているかどうかを判別できるだろうと考えた。

 もし見当違いの場所に迷い込んだら、大変なことになりそうな気がしたからだ。

 落ちついたらアスルドに訊ねてみよう。

 深奈はそう決めたのだった。



   ◆



 旅は順調に進んだ。

 立ち寄った宿場町などでは、王太子一行とばれないようふるまうことになったが、庶民のやり方に慣れていたセリクと、そもそもそういった場所で育ったヴェインとアスルドには簡単なことだったようだ。

 深奈だけ少し浮いていたが、異世界人だと説明すれば事足りた。

 そのため、意外にあっけなくミアセラの町が見えてきた。同時に、海のように広がるグレマール湖も視界に入る。

 時刻は大体夕方の三時ごろだ。明るい日差しに暮色がこもり、柔らかで暖かな色みを帯びている。その色をそのまま溶かしこんだような湖が、街道から良く見えた。

「うわー、綺麗!」

 深奈は思わず叫んだ。

 遠くには雪を頂く山が連なり、その手前に、光を受けて輝く広大な湖面が広がっている。周辺には針葉樹が生えて、湖面に深い緑色を映しこんでいた。

 その湖から流れ出た川がリオニアの王都、クースへと向かって流れていく。それ以外にも、レーテス海へと向かう大河が流れており、周辺にはグレマール湖のみならず、小さな湖も点在しているという。

 まさに水の溢るる土地だった。

 ミアの涙は七色に輝いていると言うので、湖のどこかに虹色に輝きがないだろうかと思って目を凝らすが、どこにもそれらしい色彩は見えなかった。それでも湖はとても綺麗で、深奈はしばらく湖面から目を離すことが出来なかった。

 湖の美しさを存分に堪能してから、視線を右手に移動する。そこには小さなレンガ色の建物が、散らばった積み木のように点在しているのが見える。あれがミアセラの町だろう。

 その町から少し離れた場所に、城館がぽつんと建っている。あれがグレネス伯が住まうという城らしい。灰色の重苦しい建物だったが、近くの湖と合わせて見れば、何とも風情がある。

「春になれば周辺を小花が彩ってとても美しいですよ。ほら、あちらの丘にあるのが、かつて使われていた離宮です。今では滅多に使われることはありませんが、しばらくの間、あそこに滞在することになります。管理人に連絡して、一部の部屋を使用出来るようにして貰っていますから、心配ありませんよ」

「そうなんですか。……綺麗な建物ですね」

 アスルドに言われて見た場所には、白い石で築かれた美しい城があった。中央に佇む塔の作りがひどくロマンチックで、深奈は思わず見惚れてしまった。

 その宮殿から町へと視線を移すと、高い尖塔をもつ雅やかな建物が見えた。町の中央に位置しており、ひと際目を引く。深奈は、あれは神殿だろうと思った。

「そうでしょう……時には他国の賓客をもてなすのにも使われましたから。ですが、その前にグレネス伯へ挨拶をします。それから宮殿へ向かい、翌日に神殿へ行き、神官の協力を仰ぐことになります。本当はのんびり観光出来れば良かったんですけどね~」

 どこか間延びした調子で言ったアスルドに、深奈は声を立てて笑った。



  ◆



 アスルド伯の住まう城館へ辿りつくと、たくさんの使用人に出迎えられた。

 進み出てきた馬丁に馬を預け、セリクを先頭に深奈たちが進むと、広いホールに入る。一瞬視界が暗転し、暖かな場所から冷たい場所へ移動したとき特有のめまいにも似た感覚をおぼえた。

 視界が晴れ、顔を上げると、天井には壁に描かれた何がしかの一幕。それをぼんやりと眺めていると、前方を歩いていたセリクが、途中でぴたりと足をとめた。

 深奈はなぜ彼が立ち止まったのか不思議に思い、視線の先を追う。そして、息を飲んだ。

 最も奥に、グレネス伯とおぼしき、立派な体躯の男性がいる。

 白髪の混じった髪は薄く、黒っぽい服をまとっており、背が高く、やや太り気味で、腹が中年男性に良く見られる突き出た形をしていた。眼窩は落ちくぼみ、笑みに唇を歪ませている。

 その隣りには、彼よりいくぶんか若い女性がドレス姿で立っていた。彼らの手前には、息子と娘たちが並んでいる。

 そこまではいい。

 問題は、彼らの前に立ち並ぶ、大勢の騎士と兵士だった。

 彼らは手に手に槍を持ち、深奈たちにその切っ先を向けている。振り向けば、扉はすでら閉ざされ、逃げ場が一切ない。

 思考が停止する。

 これはもしや、と深奈が思ったとき、グレネス伯が口を開いた。

「ようこそお出で下さいました、殿下。心からお待ち申し上げておりましたよ、それはもう、耐えがたいと感じるほどにね」

 伯の声に混じる嫌らしさに、深奈は顔をしかめた。

「グレネス伯! これはどういうことだ?」

 ヴェインが怒りを隠さずに怒鳴る。

「見ての通りですよ。私はエヴァルト様の配下です……ずっと、あのお方の役に立ちたいと思ってまいりました。ですが、遠く離れたこの地を守るより出来ることはなかった。

 だが今、こうして貴方の方から私の元に飛び込んで来て下さるとは思わなかったですよ」

 広いホールに、グレネス伯の声が反響した。

「セリク殿下、貴方にはこの地で行方不明になって頂く。そうすれば、王位はあの方のものだ」

 まるで酒に酔ってでもいるような調子で、グレネス伯は言った。次いで「捕らえよ」と兵に命じる。槍の切っ先がより近づき、深奈は恐ろしさに身をすくめた。

 すると、騎士のひとりに腕を引かれる。

「何、放して!」

「貴女はこちらです」

「どうして、やめてよ、放して!」

 もがく深奈だったが、相手は遥かに体格の良い男性。かなうはずもなく、簡単にセリクたちから引き離されてしまった。すると、セリクが一瞬振り向いた。絶望に満ちた顔。彼の口が動き、小さな声が耳に染みつくように残った。

「ごめん」

 深奈は瞠目した。

 体が強張る。深奈は抵抗するのをやめて、唇を噛んだ。セリクの諦めに満ちた顔が、たまらなく悲しくて、涙があふれて頬を伝った。

 ここに来る直前まで抱いていた希望が、音を立てて崩れていくのがわかった。

 やがて、ホールの奥にセリクたちが消えてしまうと、深奈を捕まえていた騎士が言った。

「旦那さまがお会いになられるそうです。汚れを落として、旅の疲れを癒して下さい」

 穏やかな声だった。

 深奈は叫びたい衝動をこらえて、静かに頷いた。心の中には、このままでは終わるものか、という思いが渦巻いていたが、それは顔には出さない。深奈は騎士に連れられるまま、館の中へと歩き出した。



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