虹色の聖地へ (1)
部屋へ戻って軽食をとってしばらくすると、衛兵が呼びに来た。
「導き手様、ロイゼ宰相がお呼びです。今後についての話し合いに是非加わって頂きたいとのことです。場所は小会議室です。ご案内致しますので出て来て頂けますか」
深奈は「わかりました」と答えて、部屋を出る。アミラに見送られ、廊下へ踏み出すと、衛兵に先導されて別の棟へと向かう。王城はいくつもの棟に分かれており、深奈がいたのは迎賓館として使用されている場所だという。
ちなみに、モフオンはあのままセリクの頭にへばりついた状態で一緒に行ってしまった。セリクは直前まで何とか引きはがそうとしていたのだが、あまり乱暴にすると剥げるんじゃと深奈が言った一言で、何かを悟ったように諦めた。
とはいえ、あのままいる訳にもいかないだろう。
大丈夫かな、と余計なことを考えつつ歩く。
やがて、小会議室に辿りつく。会議室の扉は開かれており、中には大きな円卓が置かれていた。すでに昨日見た顔が席についているのを見て、なんとなく安堵する。
「こちらへいらっしゃいな」
そう言ったのは神官長のエレだ。そのすぐ近くに、ラガザン将軍が座っている。彼は深奈を見ると「よっ!」と手を挙げて笑った。声が大きく、やや馴れ馴れしいところのある彼は深奈にとって苦手なタイプだが、セリクの話だとふたりとも彼の味方らしい。それなら、仲良くしなくちゃいけないかも、と思いながら、深奈はエレの近くへ歩み寄り、ここへ座ってと言われた場所へ掛けた。
「ドレス、とても可愛らしいわ。どこかの王女様と言っても通用しそうよ」
「そんなことありませんよ」
「いいや、可愛いぞ。殿下もきっと腰を抜かすな」
楽しげに身を乗り出して言うラガザン将軍に、深奈は困惑しつつも答えた。
「セリク殿下にならもう会いました。それからあの、エヴァルトって人にも」
そう告げると、途端にふたりの顔が険しくなる。
やはり、彼らにとってあの青年は敵なのだと確信した。
だとしたら、彼らは深奈の味方でもあるのだ。深奈はこの世界にセリクを救いに来た。彼を救えなければ、リオノスに願いを叶えて貰うことも、日本へ帰ることも出来ない。何としてでも、セリクを救う。深奈はそう決めていた。
ありがたいことに、いつもなら確実に悲鳴を上げているはずの身体が、ごく普通のひとのように動く。咳もでないし、熱っぽくもならない。これだけ動くのなら、出来ることがとても増える。
何より、セリクの状況を知れば知るほど、これは不当だと叫ぶ自分がいた。
そんな深奈に、警戒するような顔でエレが問うてきた。
「何か言われた?」
「セリク殿下は王子に相応しくない、と言うようなことを聞いてもないのに教えてくれました」
そう言うと「ふん」と鼻を鳴らす音がし、深奈は驚いてそちらを見た。ラガザン将軍だった。
「俺はあいつが気に食わねえ。俺が平民の出で、リオニアの生まれじゃないってだけで見下す奴だからな。リオニア王国軍将軍は貴族の位を持つ奴じゃなきゃおかしいと散々陛下に進言しやがって。
あんな性根の腐った野郎が王位についた日には、この国は終いだろうさ」
「将軍、立腹されるのはわかりますが、もう少し柔らかい言葉づかいをしていただけませんか?」
「悪い」
ラガザン将軍は口に手を当てて謝った。それでも腹立ちはおさまらないらしく、眉間に深いしわが刻まれている。一方のエレも、エヴァルトに対して怒りを感じているようだった。
「ですが、貴方の言う通りです。この国の王位を継いでよいのはセリク殿下ただお一人。もし彼が王位を簒奪するならば、我々天空神ミアに仕える神官は黙っていません。恐らく、国を二分する内乱になるでしょうね。ミアに背いた報いについては、かの王の代で証明されています」
「呪いのことですか?」
深奈が訊ねると、エレは「ええ」と頷いてから、さらに続けた。
「でも、それだけじゃないの。呪いの発現は報いのひとつに過ぎないのよ。ミアの祝福は人だけではなく、国自体にも降り注いでいるものなの。かつて、この辺りは枯れた土地だったそうよ、他の国から追われてここに住み着いた人々は、何とか日々飢えをしのいでいた。そこへ魔王を倒した後の勇者が現れてミアの祝福を与え、彼らを救ったの。彼らは勇者を王として立て、リオニアが出来た。以来、ここの土地は豊かになった」
エレは一旦言葉を切って、息をついた。
「それからしばらくは人々は祝福を受けて、ほぼ飢えることなく暮らして来たけれど、かの王がミアに背いた年、再び大地が枯れ始めたのよ。人々は飢えて、必死に祈った。でもかの王を倒して、正当なる後継者が王位につくまでの間に、内乱と飢餓で大勢亡くなったわ。
あんなことを、くり返してはいけないのよ」
「そんなことがあったんですか」
深奈はそう言ってから、不思議に思った。そんな壮絶な過去があるにも関わらず、同じ間違いを繰り返そうとするのはなぜだろう。
もし、セリクを廃してエヴァルトを王位につけた場合、同じ悲劇が起こらないとも限らない。
「でも、そんなことがあったのに、どうして」
「そうね、きっと、天空神ミアの祝福を実感しにくくなっているからだと私は思っているわ。何より、一番困ったことは、リオノスがずっと現れていないことね。かの王の代までは、新王が即位する際には必ず現れて一言神からの言伝を残して行ったのだけど、でも、貴女はそんなリオノスがここへ連れてきたのでしょう?」
そう、それについては間違いない。
「はい」
「それなら、いつかまた貴女の前に現れるかもしれない。その時こそ、リオニア王国は元の輝きを取り戻すと私は信じているのよ」
言って、エレはにっこりとほほ笑んだ。
深奈は、急に肩のあたりが重くなった気がした。責任重大だ。プレッシャーに押しつぶされそうになったとき、咳払いが聞こえた。
そちらを見やれば、昨日のラフな出で立ちではなく、濃い茶色の上品な服装に身を包んだロイゼ宰相と、きちんと正装したセリク、そして、彼と良く似た中年くらいの綺麗な女性がいた。