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暁への導き手  作者:
第二話
14/68

(7)

 城の中へ戻ると、風がないぶん寒さも和らぐ。

 深奈は大人しくセリクの後についていった。どこへ行くつもりなのだろう、と思っていると、途中から壁の色が変わったことに気づく。同時に、何やら黒いものが飛び散った痕跡や、建材の石がところどころ欠けているのを見て、もしや、と考える。

 だが確証も持てないため、気にせずに進む。廊下を進むと、今度はらせん階段に突き当たる。ここへ来るまでの間、ほとんど人に会わない。一体どこなのだろうか、と思いながら、息を切らして階段を上がると、ようやくひとつの扉が現れた。

 セリクが開けると、手狭な室内が見渡せた。中には古ぼけたソファや椅子が置かれ、小さな暖炉から火のはぜる音が聞こえる。

「ここは?」

「俺の避難場所」

 あっさり答えると、セリクは深奈を見てにやりと笑った。

「誰にも言いふらすなよ? うるさい奴らの目から逃げられる唯一の場所なんだ」

「そんなところに私なんか連れて来て良かったの?」

「お前はそういうことを言いそうにないからさ。そうでなければ、今頃エヴァルトの奴に骨抜きにされてるはずだ。この城の人間で、あいつのことを評価しない奴はいない。見た目も良いし、政務にも軍事にも優れてるからさ」

 深奈はセリクの言うことを聞いて納得した。恐らく、彼は周囲の期待を受けていた。それに応えたことで、周囲は彼を褒めそやしたのだろう。もちろん、彼には自分を誇るだけの能力も器量もある。そんな人間の態度がいくら大きくとも、仕方ないと思える。

 深奈はため息まじりに言った。

「凄いんだね、あの人。感じ悪いのに……ん? 待てよ、凄いから感じ悪いのかも」

 すると、セリクがおかしそうに肩を揺らした。

「お前、面白いな。そんな風に言う奴は初めてだ、やっぱり勇者の国の人間は考え方が違う」

 そう言うと、しばらく楽しそうに笑う。深奈は内心、日本人はたくさんいるので、ひとくくりにされても困るのだがと思っていたが、彼が楽しそうなのであえて黙っていた。

 ついでに、室内を見渡すと、あちこちに重そうな本が積まれている。途中のページにはひもや紙片が挟まり、読みこまれていることがうかがえた。セリクは、深奈が本を不思議そうに見ていることに気づくと、気まり悪げに言った。

「一応、これでも王になるための勉強はしてるんだ。責任を投げだすつもりはない、でも、両親、ラガザン将軍やルグルー神官長、他数人以外は、俺じゃなくエヴァルトが王位についた方が良いと思ってるからな。俺自身もたまにそう思う事がある」

「え、でも確か……黒髪黒眼じゃなきゃだめだって言ってなかった? あの人、髪は黒いけど、目は青かったから、良くないんじゃないの?」

 昨日の夜、大量に聞かされた中でも、悲劇的だったその話は良く覚えている。

 黒髪黒眼は勇者の子孫である証明で、それを持たない者が王位についたために、呪いが降りかかることになってしまったという話だ。

「そうさ。だから表だって俺を否定出来ないんだ、でも、俺が呪いで死ねば、誰かがこの国を背負って立たなければならない。そうなれば、誰も文句は言えないだろ。

 俺が気軽に脱走出来るのは、そう思ってる奴らが少なからず城にいるからだ。呪いでなくても、何かに巻き込まれて死ねばいいってことさ」

「そんなのひどい!」

 深奈は思わず声を大きくした。

「じゃあ、あなたのお父さんは何で黙ってるの? 王様なんでしょ?」

「父はもう長いこと病で伏せっていることが多い。この国の実質的な王はロイゼ宰相だ。けど、貴族たちの代表でもあるから、表だって俺を擁護出来ないのさ。

 結果、俺よりもあいつの方がこの城を大きな顔で歩けるって訳だ」

 深奈は、セリクの説明に、なぜ貴族たちに睨まれたのか合点がいった。導き手である深奈がセリクの呪いを解いてしまえば、彼らのもくろみは覆され、エヴァルトが王位につける可能性が限りなく低くなるからだ。深奈は彼らにとって邪魔な存在なのだろう。

 とにかく腹が立ち、深奈は言った。

「もう、最低ね」

「そうだな。だから良かったと言ったんだ。もし、お前があいつになびいてたら、俺の死亡は確定だ。そうだろ?」

 セリクが先ほど庭で見せた安堵の表情を思い返す。あの顔の理由はそれだったのだ。

「それなら大丈夫。私はあなたを救えって言われて来たのよ、絶対にやりとげて、リオノスさんに願いを叶えて貰って帰るつもりだから、頑張るわ。

 もしさっきの掃除してたお姉さんたちが言ってたように、あいつと私が結婚すれば血筋も祝福も手に入ると言われても絶対に頷いたりしないから」

「結婚? もうそんな話が出てたのか……そうか、そういう手も出来た訳か」

 途端に顔を険しくしたセリクに、深奈は困惑した。

 何か不味いことを言ってしまったのだろうかと思いながらセリクを見ていると、彼は真剣な顔で問うてきた。

「お前、さっき帰るって言ってたよな、やっぱり、全てが終わったら帰りたいか?」

「そ、それはもちろん」

 リオノスにも聞いたことだ。日本へ帰れないのなら頼みを引き受けたりしなかった。深奈にとって家族と離れて異世界で暮らすなど、考えられないことだった。

「じゃあ、絶対にあいつには近づくな。もし話す必要があっても、誰か側にいるときだけにしろ。強引な手を使わないとも限らないから」

「どういうこと?」

「勇者の国からリオノスに連れられてやって来た、天空神ミアの祝福を強く受けた娘。例え勇者の子孫である証明がない人間でも、そんな娘を妻にすればどうなると思う?

 王位にはつけなくても、お前を女王として立てれば良いだけで、権力の頂点に立てるんだ」

 彼の説明に、深奈は血の気が引く思いだった。

 異世界なのだ、ここは日本ではないのだ。理解していたつもりでも、やはりまだ追いついていなかったのだ。深奈は、セリクを見て頷いた。

「わかった、必ずそうする」

 そう答えた時、遠くで鐘の音が聞こえた。どうやらもう午後になったらしい。セリクは小さな窓の外を見てから、言った。

「じゃあ部屋まで送って行くよ、午後からは今後についての話し合いだ。

 どうなるかはわからないけど、早く護衛を見つけさせるから、ああそれと、そのドレス、似合ってる」

「えっ、あの、ありがとう」

 深奈は突然褒められて驚いたものの、何だか恥ずかしくなってうつむいてしまった。セリクはそんなことには構わず、扉の外に出ると深奈を呼んだ。相変わらず頭にモフオンをのせたままだ。

 その姿に思わずほほ笑みが浮かぶ。

 先に歩き始めたセリクの後を追いながら、深奈は思った。

 何としてでも、この王子を助けてあげたい、と。



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