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暁への導き手  作者:
第二話
13/68

(6)

 リオノスに王子を救ってほしいと言われた時点で、何か大変なことが起こっているだろうことは予想していた。どうやら、それは呪いのことらしいとわかったが、それだけではなさそうだ。

「こんな状況、どうやって耐えているのかな」

 呟くと、モフオンにそでを引っ張られた。そういえば、城を探索している途中だったのだ。深奈はモフオンに謝りながら、再び歩き始めた。

 廊下の突き当たりにある美しい階段を下りて階下へ向かうと、使用人たちの話し声が聞こえる。深奈は好奇心に駆られてこっそりと聞き耳を立てる。

「聞いた? 導き手様って結構可愛い方らしいわ、しかも、勇者様と良く似た名前なんですって」

 はしゃいだ声はかなり若い。深奈とそれほど年の違わない、下働きの娘のようだ。

 ここからは姿が見えないが、掃き掃除をしていることが音でわかる。

「いいえ、じゃあやっぱり確実なのね。今までにも名前を騙った馬鹿がいたけど、それなら、ようやくセリク殿下の呪いも解けるかしら」

 こちらはやや年上の落ちついた女性の声。先ほどの娘の先輩なのだろう。

「でも、解けたってきっとまともな王様にはなれそうもないわよ」

「ああ……そうかもね、いっそのこと、勇者の国から来た娘とエヴァルト様が結婚すればいいんじゃないかしら? そうすれば血筋も、神様の祝福も得られるじゃない」

「それいいわ! きっと貴族議会が提案するわよ。そうすれば、この国の将来も安泰よね」

 そう言うと、彼女たちは楽しそうに笑い、今度は別の話題へ移って行く。もっと違う話を期待していた深奈は、彼女たちの話の内容にぎょっとしていた。

 ただの雑談の中での冗談。それで済ませられればいいのだが、なんだかそうはいかない気がする。この世界もこの国も、日本とは価値観や倫理観が違うのだ。

 背すじが寒くなってきた。

 セリクの呪いを解けば、願いを叶えてもらって日本に帰れる。そう考えていたが、もし彼女たちの言うことがこの城に仕える人たちが当たり前に持っている意見なら、すんなりと帰してくれるとは思えない。

 実感など微塵もわかないが、深奈は勇者の国から来た導き手であり、天空神ミアの祝福を強く受け、リオノスに選ばれた特別な存在なのだという。

 そんな娘がいれば、利用したいと考える人間がいてもおかしくない。

 考えれば考えるほど、恐怖がつのる。

 ここを出て行きたいと深奈は心から思った。セリクを救うのは構わない。あんなに苦しんでいるひとを放っておくなんて嫌だ。だが、ここにいて何か良くわからないことに利用されるのは嫌だった。

「でも、だめなんだろうな……」

「何がだ」

「……っ!」

 深奈はびくっと身をすくめて振り返った。そこにいたのは、不思議そうな顔をしたセリクだった。昨日見たのと大差ない簡素な装いに、シンプルな剣を持っている。こうして見ていると少年の一般兵みたいで、王子らしくない。

 突然声をかけられたせいで心臓がばくばくと激しく打っている。深奈は胸に手を当てて、息をついた。動悸がおさまってくると、疑問がわく。深奈はそのまま質問をぶつけてみた。

「ど、どうしてこんな所にいるの?」

「この城は俺の家でもあるんだからどこにいたっておかしくないだろ? 

 そっちこそ、何でこんなところに……うわっぷ!」

 顔をしかめていたセリクだったが、その頭にモフオンが乗った。

「モフ~!」

「うわ! いたのか……やめろしがみつくな、痛いんだよ!」

 セリクは頭上のもふもふを追い払おうとするが、じゃれついているのか、モフオンは離れない。かなりセリクを気に入っているらしく、嬉しそうな鳴き声を何度もあげる。

 深奈はその様子に、思わずくすくす笑ってしまった。すると、物音に気づいたのか、先ほど掃除をしていた娘たちが誰かいるのかと声を上げる。セリクは彼女たちの声に嫌そうな顔をし、モフオンを追い払うのは諦め、深奈の手首をつかんだ。

「見つかったら面倒だ、こっちへ来い」

「え、うん」

 よくわからないまま、ぐいぐいと引っ張られて連れて行かれた先は、城の中央に作られた庭園だった。冬ではあるが、針葉樹が迷路状に植えられており、深緑の葉に雪が積もって、緑と白のコントラストが綺麗だ。

「ここなら見つからないか、それで、どうしてあんなところにいたんだ?」

「城を見て歩いてたの。侍女のアミラってひとが、この仔がいれば迷わないからって言ったから。こういうお城を見るのって初めてで、興味もあったし」

 そう説明すると、セリクは「なるほど」と呟きつつも、表情を曇らせる。

「それで、感想は?」

 どこか警戒したようにセリクは訊ねてきた。深奈は素直に答えた。

「すごく綺麗。寒いのが難点だけど……でも、まだそんなに見てないの、部屋を出たのはついさっきだし、途中で知らないひとに声を掛けられて、エヴァルトってひと、あなたのいとこだって言ってたかな」

 その名前を口にした瞬間、セリクの顔は今度こそはっきりと苦しげなものになった。頭に乗ったままのモフオンが、心配そうに「モフ~?」と鳴く。

「あいつに会ったのか? いい男だっただろ」

 セリクはどこか自嘲気味に言う。

 深奈は、彼がなぜそんなふうに言うのかわからなかったが、質問には答えた。

「そうだね、見た目は格好良いなと思ったけど、でも、何か感じ悪かったよ」

「どうしてそう思ったんだ?」

「だって自己紹介が何か、鼻につくって言うのかな? 自分はこんなに凄いって言ってるように聞こえちゃったから。その後、感じ悪い貴族のひとと仲良さそうにしてたから余計だと思う」

 自己をアピールすることが悪いと言う訳ではない。謙虚さが美徳かといえば、そうでもないからだ。なのに、彼の言い方は気に食わなかった。

「そっか……良かったよ」

「何が?」

 彼の質問の真意が計りかねて問うと、セリクはふと気づいたように深奈の手を見た。赤くなり、何度もこすって、息を吐きかけて温めていても、寒そうだった。雪が積もっていることもあり、外はとにかく気温が低い。厚着していても手はむきだしなので冷えるのだ。

「ここじゃ寒いな、中に戻ろうか」

「別に大丈夫だけど」

「俺が見てて寒いんだよ。いいから戻るぞ」

 セリクはそう言い捨てると、さっさと歩きはじめてしまった。深奈は不満ながらも後に付いて歩きはじめ、もしかしたら気を使ってくれたのだろうか、と思った。



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