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精霊戦記 -黄昏、そして輝き-  作者: osm_tkg
第1章 第1節
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5.宮廷へ


〜 ユーテシア王国 王都ユフテル 〜


 ユーテシア王国の王都ユフテルは、近隣諸国の中でも最古で、かつ最大の都市である。精霊の森に隣接し、王国がそれを護る役


目を担っているためか、人々の生活は豊かで活気に溢れている。

 王都は精霊の森を背に、扇形に広がった城塞都市である。宮廷のある本宮を中心に、その外側に貴族たちが館を構える一の郭、


その外側に王都を護る近衛騎士団を中心とした軍関係の館や兵士宿舎などがある二の郭、そして、商人や庶民たちが生活する三の


郭という4層構造になっており、外周は高い城壁に囲まれている。また各層の境界には深い堀が掘られている。

 街並みは整然としているが、道は複雑で曲がり角が非常に多い。一つとして真っ直ぐ本宮に向かう道はなく、これは万が一、敵


の軍勢に攻め込まれた場合に敵の足を鈍らせるためである。

 本宮でその威を誇る宮廷は、通称「晃緑(こうりょく)の宮」と呼ばれており、その名の通り、城壁が緑色に輝いている。これ


はその古さ故に城壁が苔に覆われているためで、かつてのドワーフ族によって作られた堅牢な城壁は崩れることなく未だに健在で


、そのことが苔を群生させる要因の1つにもなっていた。またこの苔も防御の役目も果たしており、敵兵が壁に取り付いても苔で


滑って簡単には捩り登ることはできないのである。

 晃緑の宮が一番美しいとされるのは朝日が昇った早朝で、朝露に濡れた苔が朝日を反射して鮮やかな緑に輝いて見える。その名


もそこから付けられたのである。新興のガルト帝国の人間は何かにつけて「苔生したボロ城」などと馬鹿にするが、ユーテシア人


には誇りの城であった。


 優とレミューリアは王城に入るとすぐに謁見の間に通された。

 優も今日はちゃんと王国騎士団の正装をしている。居並ぶ高官や貴族達の前を堂々と通り過ぎ、玉座の前で立ち止まると、カッ


と踵を打ち合わせて直立不動をとる。そして左足を後ろへ引いて、さっと片膝をついて頭を垂れた。不慣れな宮廷作法も大分様に


なってきていた。レミューリアも申し合わせたように優にピッタリと合わせて同様の礼をとった。

「帰ってきたか」

 玉座から威厳に満ちた声が掛けられた。

「はっ! ユウ・ミコガミ、ただいま帰還致しました!」

「うむ」

「王国に仕える身でありながら、度々の不在。誠に申し訳なく存じます」

 そう言うと優は、下げていた頭を更に深く下げた。

「仕方あるまい。それはそなたにもままならぬものであろう。顔を上げるが良い」

 許しを得て、二人は顔を上げた。ユーテシア国王レオパルド・シールド・ライ・アバント・ユーテシアルの見事な体躯は見る者


に威圧感を覚えさせるが、眼は優しい色をしていた。

「西方の動きが不穏になってきておる。これまで以上の働きを期待しておるぞ」

「はっ! この身を掛けまして!」

 ここで、脇に控えていた宰相が解散を伝え、数人を残して他の者は退出していった。

 最後の者が退出して扉が閉められると、国王は玉座から立ち上がり自ら優の前まで歩み寄った。

「二人とも立つがよい」

 国王は立ち上がった優の肩に手を置くと、先程までの威圧感を消し去って親しげに言った。

「よくぞ、戻ってくれた。待ちわびたぞ」

「はい。ご心配お掛けしました」

 優しい国王の言葉に、優も感激した。残っていたサベンジ将軍も口元に笑みを浮かべて静かに頷いていた。宰相のウォーレンは


額の汗をせかせかと拭きながら安堵の溜息をついた。宮廷精霊使いのサヴァントは無表情に佇んでいる。

「よい。しかし此度はちと長かったな。もう戻らぬのかと思ったぞ。やはりこちらの不穏な動きに合わせて行き来するようだの」

 国王は厳しい面もあるが、臣下には理解があり気安いところもあるので、優にしてみたら雲の上のような存在でも接しやすい。

「それでは、私は不幸と共にやってくるようですね」

 優が苦笑していうと、国王は豪快に笑った。

「そう言うな。王国にとってそなたは救いの手なのだからな。しかし最近雲行きが怪しくなってきておるのは確かだ」

「やはりガルト帝国ですか?」

「うむ。その件はレミューリアからも情報があるのだろう」

 そういうと国王はレミューリアを見やった。

「はい。国境付近の精霊の森で、いくつか結界の綻びを発見しました。それもどうやら内側からのもののようです」

 レミューリアは結界の様子と昨日の襲撃のことを掻い摘んで報告した。

「いずれにしろ、森の結界も万全では無くなってきたという訳か…そろそろそれを踏まえて対策を立てねばならぬな」

「そのようですな」

 サベンジ将軍が応えて一瞬その場の空気が重苦しいものになりかけたが、国王が突然話題を変えた。

「ところでユウよ。まだレイラントのところにおるのか?」

「え? あ、はい。またお世話になっております」

 突然の話題変化に優は目をパチパチさせながら答えた。

「どうだ、そろそろ宮廷に移っては来んか? ティアナも喜ぼう」

 国王がそういうとレミューリアは優がなんと答えるのか不安になった。私のところから出ていってしまうのだろうか。

「いえ、あの、それは… 無作法ものゆえ…」

 焦ってシドロモドロになる優を国王はおかしそうにからかった。

「宮廷作法は未だに苦手か? まぁうるさい者もおるからのう。それにレミューリアの傍がよいか」

 二人はお互いをチラッと見やると、真っ赤になって俯いた。

「へ、陛下。そのような…」

「はっはっは! 若いというのはいいものよのー!」

 若い二人の様子を国王は楽しそうに笑っていた。


 謁見の間を辞した二人は騎士団の訓練場へ向かった。国王にからかわれたことで、なんとなく気まずいような気恥ずかしいよう


な感じで会話もなく歩いていた。

 訓練場は本宮の裏手にあり、各々が好きな武器の訓練が自由にできるようになっている。剣の型に励む者や、組になって打ち合


う者、的へ弓を放つものなど様々だった。

 優はいつもここで剣術の指南をしていたのだった。入り口に立って眺めてみると、見知った顔より初めてみる顔の方が多くなっ


ていた。さすがに1年も経つと人員の入れ替えも多かったのであろう。

 しばらく様子を見ていると、新兵らしき数人に剣の型を教えていた騎士がこちらに気付いた。

「…ユウ殿? ああ! ユウ殿だ!」

 驚きの声を上げてバタバタとこちらに駆けてきた。

「お帰りなさい! ユウ殿! やっと帰ってきてくれたんですね!」

 その騎士は感激に涙ぐみながら思わず握り締めた優の手を振り回した。優にしたらほんの1ヶ月前のことなので、その感激ぶり


に少々戸惑い気味だった。

「心配掛けたな。それにしてもお前が剣を教えているとはな? シュレッド?」

 シュレッドと呼ばれた騎士は照れたように頭を掻いた。

「いやー、基本の型だけですよーまだまだです」

 優が指南してた頃のシュレッドは正直筋がいいとは言えなかった。だが本人は非常に努力家でいつも他の者の倍は練習に励んで


いた。その甲斐あってか、先ほど新兵に教えているところを見た感じでは、かなり上達しているようであった。

「いや、かなり上達したな。剣の動きにも足の運びにも無理がない。いい感じだったぞ」

「そうですか? 実は最近ちょっと自信がついてきたんです。後で相手してもえませんか?」

「もちろん、いいとも」

 嬉しそうにいうシュレッドに優も快く返事した。

「そうだ、みんなに。おーい! みんなー! ユウ殿が帰ってきたぞ!」

 そういってシュレッドは訓練場に響く大声で叫んだ。

 皆シュレッドの大声に動きを止め、横にユウの姿を見ると驚きの顔になった。

「あ、ユウ殿だ!」

「ほんとだ! 帰ってきたんだ!」

 優を知っている者たちは訓練を中断して、みな優のところへ集まってきた。

「ユウって、あのユウか?」

「あの方がそうなのか。おい、行ってみようぜ」

 新兵たちも伝説のユウが来たということで、遠巻きに様子を窺っている。

 再会の感動が過ぎると、みな優に上達ぶりを見てもらいたくてうずうずし始めた。

「ユウ殿、今お時間はありますか? 軽くお手合わせ願いたいのですが」

「いや、俺が先だ。新しく編み出した技を見てもらうんだ」

「何を勝手なこと言ってるんだ。今おれが約束したばかりだ!」

 我も我もと言い合いを始める騎士達に優は苦笑を禁じえなかった。昨日から同じようなことばかりのような気がする。


 レミューリアは、騎士たちと再会を喜び合う優を優しく微笑みながら見つめていた。今はこうして皆と打ち解けて精霊戦士とし


て認められているが、最初の頃は辛いことの方が多かったと思う。右も左も分からない異世界に来て、伝説の精霊戦士と言われな


がら精霊力もなく魔法も使えず、疑心暗鬼の眼で見られたことも多かった。

 唯一秀でていた剣術にしても、戦の無い平和な世界で育った優がそう易々と人を傷付けることなどできようはずもなく、役立た


ずと罵られたことも一度や二度ではなかった。それでも優はどんなときでも弱音を吐かず、表面上は明るく振舞っていた。

 レミューリアも初めのうちはめげない人なんだくらいに思っていたが、あるとき城壁の上に一人佇む優を見掛けた時からその想


いは変わった。その時、優は泣いていた。いや、泣いているように感じた。実際に涙を流していたわけではないが、拳を堅く握り


締め、真っ直ぐに夕日を見詰める優の背中は泣いているように見えた。そのときレミューリアは初めて優の弱さと強さを感じてい


た。居場所のない異世界で辛くないはずがないのだ。しかしそれを乗り越えていく強さを優は持っていた。その時からレミューリ


アは優にどんどん惹かれていった。


「うおっほん!」

 大きな咳払いに驚いて後ろを振り返ると、いつの間にかサベンジ将軍が立っていた。

「悪いが一番手は、このワシだ」

 皆一斉に直立不動を取った。ロベルト・アームズ・ロイ・サベンジ将軍は同じように直立不動している優の前にくると、手にし


ていた剣を差し出した。

「忘れ物だぞ」

 その剣は他の物と違い、若干細身になっており僅かに反っていて、日本刀に近い形をしている。それは優の剣だった。

「はっ、ありがとうございます。長く不在にしてしまったようで…申し訳ありません」

「それは言うまいよ。また詳しい状況は話さなければなるまい」

 そういって将軍は豊かな顎鬚をしごいた。祖先にドワーフの血が入っているらしいがっしりとした体躯をしている。

 改めてサベンジ将軍は新しい騎士たちに優を紹介した。

「さて、修練は怠っていなかったろうな?」

「もちろんです」

「そうか。では一つ確かめてみるか?」

「今からですか?」

 ここでレミューリアが面白そうに口を挟んだ。

「将軍に鍛え直してもらいなさいよ。将軍、ユウッたら昨日は二度も敵に不覚を取ったんですよ」

「なに? それはいかんな〜どれひとつ揉んでやろうか」

 言い返せず苦笑する優に、将軍は顎鬚を揺らしながら豪快に笑った。

「すごいぞ! 久しぶりに将軍とユウ殿の試合が見られる!」

「ああ! おい! そこをすぐに片付けろ! 新兵ども良く見ておけよ。達人の技ってやつをな!」

 若手の騎士たちはバタバタと片付けを始め、あっという間に訓練場の中央に試合のスペースが出来上がった。レミューリアは宮


廷精霊使いのサヴァントへの報告のため訓練場を後にした。

 優と将軍はそれぞれ刃を潰した訓練用の剣を持ち、中央で向かい合った。鞘から剣を僅かに抜くと、再び強めに鞘へ戻す。カキ


ーンっと(つば)が当たる音が訓練場に響いた。これが試合の挨拶である。そうしてゆっくりと剣を抜き、優は下段に将軍は上


段にそれぞれの型に構える。

 優は一気に集中力を高め感覚を研ぎ済ましていった。周囲の状況が感覚として感じられる。御子神家に代々伝わる独特の剣術で


ある。将軍の息遣いが大きく聞こえる。しかし当然隙はない。微動だにしない二人からはピリピリと闘気が発せられている。

 優が剣先をふと動かして相手を誘い込むと、将軍はあえて誘いに乗って斬り込んできた。受けると見せ掛けて横に流し、相手が


体勢を崩しているところを背後に回り込んで剣を振り下ろす。

 受けられた。しかしこれは予測済み。押し返してくる力に逆らわず一旦引いた剣を今度は鋭く突き入れる。相手はそれを身体を


捻って躱し、剣で押さえつけてくる。今度は力比べになる。お互い剣を抑える二の腕がプルプルと震える。一旦離れて間合いを取


り、再び激しく打ち合う。

 騎士達は、静から動へ、動から静へと目まぐるしく変わる二人の激しい打ち合いを息を詰めて見守っていた。

 再び二人は間合いを取った。これだけ激しく打ち合っても二人は呼吸も乱れていない。

「むんっ!」

 将軍が気合を発すると闘気が一気に膨らんだ。

 来るか、と優も集中力を高めた。

「でぇぇいぃ!?」

 一瞬で間合いを詰めて渾身の力で剣を振り下ろしてくる。まともに受けたら剣ごと弾き飛ばされる勢いなので、絶妙なタイミン


グで優も前へ踏み出して流そうとした。が、剣が触れ合う直前、将軍は振り下ろしかけた剣を突然引き、一転、突きにきた。

「!?」

 前に踏み出し、剣を振り上げかけた優の体勢では何処にも躱しようがなかった。剣を引くにも身体を捻るにも間合いが近過ぎた


「ちぃ!!」

 ガキーンという鈍い金属音が響いた。

「「おおー!!」」

 騎士たちがどよめいた。

 将軍の鋭い突きを、優は鍔に近い剣の平で受け止めていた。

 しばらく二人はそのまま微動だにしなかったが、優はふっと気を抜いて剣を引いた。

「やっぱり敵いませんね」

「うむ。惜しかったな」

 将軍も剣を引いて、慰めるように言った。

 騎士たちは、なぜここで二人が止めてしまったのか訝しんだ。確かに今は将軍の方が優勢だったが、優もそれを受け切ったのだ


。これからまた反撃に出ると思ったのだが。

 すると、キーンっという軽い金属音と共に優の持つ剣が根元から折れた。

「あ? ああ!」

 弱い平の部分で受けたので、将軍の渾身の突きには耐えられなかったのである。これでは続けられない。

「す、すごい! すごすぎるぅ!?」

「ユウ殿もだ!あの体勢からあの突きを受けるとは!」

 騎士たちは興奮して二人の戦い振りを称え合った。新兵たちはあまりのレベルの違いに言葉も出なかった。その間にも優と将軍


は始めと同じように鞘を鳴らして終了の礼をしていた。


 そこへ控えめな柔らかい声が掛かった。

「ユウさま…」

 入り口の方を振り向くと、そこにほっそりとした純白のドレスを着た少女が目に涙を溜めて佇んでいた。

「ティアナさま」

 皆一斉にティアナ王女に対して略式の礼を取った。

 王女はそれ以上何も言えずに、ドレスの端をギュッと握り締めて涙を耐えている。

「ユウ殿、行ってあげて下さい。誰よりユウ殿の帰りを待ちわびていたのは王女さまですから」

 シュレッドが小声で優を促した。

「あ、ああ」

 そういうと優は王女の傍に歩み寄った。

「ティアナさま。ただいま戻りました。ご心配お掛けしてしまったようで…」

 優を見上げた瞳から涙が一滴流れた。

「ティ、ティアナさま、泣かないで下さい」

 焦ってオロオロしながら振り向くと、皆ニヤニヤしながら見ているだけだった。将軍まで顎鬚をしごきながらニヤついていた。

「…えーと、ティアナさま、とりあえずこちらへ…」

 にこやかに手を振る騎士たちを横目で睨みながら、優は王女を連れて訓練場を後にした。


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