Ⅳ.七色の剣
~ ユーテシア王国 王都ユフテル ~
和んだ雰囲気で城内に戻ってきた優たちの横を、一対の人馬が駆け抜けていった。伝令の早馬だ。
「何かあったのかしら?」
見るみる小さくなる伝令の後ろ姿を目で追ってレミューリアが言った。優とサベンジ将軍は顔を見合わせて頷いた。
「ユウ、わしらも行くぞ」
「はい! 各員、宿舎に戻り休息を取れ。但し、命令あるまで兵装はそのまま。いつでも出られるようにしておくこと。以上、解散!」
優は騎士団に指示を出すと、サベンジ将軍の後を追った。レミューリアも一緒に駆け出した。
国王レオパルトは謁見の間で、先程応対したド・メルド王国からの使者の話を宰相と協議している最中であった。そこへ入り口の大扉に控えている衛兵が伝令到着を告げた。
汗だくの伝令が足早に入場し、国王の座る玉座の前でサッと片膝を付いた。
「申し上げます! イスハード砦方面北国境に帝国軍が侵入! その数およそ二千! 国境警備隊および砦の常駐騎士団が応戦しておりますが、数の差から苦戦中! 至急応援請うとのこと! 以上!」
報告の途中で優たちも入場していた。サベンジ将軍は悪い予感が的中して厳しい顔をした。レミューリアも表情を暗くして、そっとユウに囁いた。
「ユウ・・・ラトウェルが・・・」
ユウは無言で小さく頷き返した。
宰相が不安げに国王を見やった。
「報告ご苦労であった。下がって休息を取るがよい」
いつもと変わらぬ様子で言った国王であったが、伝令がさがると大きな溜息をついた。
「遂に来たか・・・」
そう言うと国王は玉座から降りて、窓際へゆっくりと歩いていった。そして、窓から見える街を見下ろした。いつもと変わらぬ街並みがそこにはあった。僅かに憂いの影がその横顔に見えた。
「陛下」
控えめに付いてきたサベンジ将軍が声を掛けた。
「まずは、報告を聞こうか」
「はっ!」
サベンジ将軍は精霊の森の一件を掻い摘んで報告した。その間も国王は窓の外を見ていた。
「そちらは、陽動だったとみて良いか?」
「はっ。そう見るのが妥当でありましょう。我々の目を森に向けさせるためのものでしょう」
「森の方が本隊である可能性は?」
「その可能性は低いと思われます。そうでなければわざわざ森に火を放って、目立つようなことはしないはずです」
「うむ」
しばし国王は考え込み、振り向いた。その顔には既に憂いはなく、国王たる騎士のものであった。
「王国騎士団に命ず。第3軍および第4軍は一級警戒態勢にて王都に配備。精霊の森およびレナディオ河周辺の警備を密にせよっ! 第1軍および第2軍は直ちにイスハードへ出立。帝国の侵入をこれ以上許すな! 」
「はっ! 直ちにっ!!」
サベンジ将軍と共に最敬礼を返して、出陣の準備に向かおうとしたユウを国王が呼び止めた。
「ユウ。しばし待て」
行き掛けた足を戻して優は国王に訊いた。
「如何いたしましたでしょうか?」
「うむ。とりあえず、付いて参れ」
国王はそれだけ言うと、国王専用の出入口に向かった。優とレミューリアは顔を見合わせて国王の後を追ったが、そこで国王は立ち止まって振り返った。
「レミューリアよ。すまんが、今回はユウだけで」
「え? あ、はい。判りました。じゃあユウ、先に戻ってるね」
一瞬レミューリアはキョトンとしたが、すぐに素直に頷いた。そうして1人広間の出口に向かった。国王はもう一度優に付いて来るように言うと先に立って歩き始めた。
謁見の間からの国王専用の通路は、直接国王の執務室近くに出るようになっており、他の一般の通路とは接しないような構造になっていた。ここから秘密の通路にも繋がっており、有事の際にはそこから城外へ脱出することも可能である。
もちろん優はこの通路を通るのは初めてで、珍しそうに辺りを見回していた。暫く歩くと、少し広めの小部屋のような場所に出た。出口を警護していた衛兵が国王に最敬礼をする。その部屋は中継点のようで、いくつかの通路への口が開いており、国王はその中の1つに迷いなく入っていった。入ってすぐの所に扉があり、そこにも衛兵が立っている。国王が衛兵に目配せすると、衛兵は懐から取り出した鍵で扉を開け、光の精霊石を発光させて入れたカンテラを国王に渡した。
2人は暗い通路をゆっくりと進んだ。通路は下り坂になっており、国王の持つカンテラだけが唯一の灯りだった。そして優は途中から僅かに空気が変わっていることに気付いた。通路の作りもそれまでと違い、妙に古びた感じになっていた。やっと国王が立ち止まって、目の前にカンテラを翳した。するとそこに細かい細工彫を施した大きな扉が現れた。
「ここだ」
そういうと国王は、その扉に一部に手を翳して、何かの呪文を唱えた。すると細工彫の部分が淡い光を発して、音も無く扉が内側に開き始め、その時初めて優はその扉の大きさを実感した。それは普通の家の2階分くらいはありそうな巨大な扉だった。扉の向こうから淡い光が漏れ出して通路を明るく照らした。呆然と立ち尽くす優を置いて、国王は部屋の中に入っていく。ハッと気付いた優も慌てて国王の後を追った。しかし、部屋に入って再び立ち尽くすことになってしまった。
部屋中が淡く光っている。いや正確には、天井から床から壁までビッシリと彫り込まれている模様が光っているのだ。良く見れば何か規則性があり見知らぬ文字のようである。そして部屋の中央にはベットくらいの大きさの台座が1つ置かれていた。その台座にも、文字のようなものが彫り込まれており淡い光を発していた。そう、ここは彼の地の果ての“封印の廟”と全く同じ造りをしているのだった。
「ユウよ。こちらへ参れ」
その台座の脇に立っていた国王が優を促した。呼ばれて我に返った優は慌てて駆け寄った。
「…陛下、ここはいったい……」
「うむ。それを説明するには、まずユーテシア王国の成り立ちから話さねばなるまい」
そう言うと国王は一呼吸置いてから語り始めた。
時は創世の時代まで遡る。暴走した人間達によって齎された混沌は、世を暗雲で覆い尽した。大地は涸れ、森が死に、異形の者や歪んだ精霊が溢れ出た。人々は争い、憎しみ合い、慈愛の心を無くしていった。それを憂いた神が王は人間を滅せようと計ったが、慈悲深き精霊が王がこれを思い留まらせた。
精霊が王は、世に蔓延った混沌を討ち払うべく、まだ慈愛深き心を残した4人の戦士を選んだ。ドワーフ族より1人、エルフ族より1人、そして人間族より2人。
ドワーフ族の者は、巨大な鉄槌をもって混沌を打ち砕く、剛力の鋼鉄戦士。
エルフ族の者は、絶大な精霊力をもって歪んだ力を打ち破る、華麗なる魔法戦士。
人間族の1人は、豊富な知識と知恵をもって道を示す、寡黙なる神官戦士。
そして、もう1人が、正義なる勇気と疾風の刃をもって世に光を取り戻す、慈悲深き精霊戦士。
「……混沌を封印した戦士は、4人いたんですね」
「そうだ。最後の戦いを1人で戦い抜いた精霊戦士のことが、英雄として多く語り継がれているが、それも他の3人の支えがあってのことなのだ」
そして混沌を地の果てまで追いやった精霊戦士は、精霊が王と神が王の助力によって、これを封印した。ドワーフの技と神官の知恵によって廟が建てられ、その中の封印の扉は“封印の宝玉”と“封印の剣”によって堅く閉ざされた。
その後、封印の宝玉はエルフが、封印の剣は正しき人間の一部が護っていくこととなったのだ。
「これを見てみるがよい」
国王に言われて、優は台座に近付き、その中を覗き込んだ。掘り込まれた部分に一振りの長剣が横たわっていた。刀身に7色の宝石が埋め込んであり、淡く光を放っている。
「これは、まさか……」
「そう。これがその“封印の剣”だ。そして、その封印の剣の守護者が、我がユーテシア王家の創始者なのだ。以来、我が王家は、封印の剣を護る役目を担ってきた。ここもそのドワーフと神官によって造られたものだ」
「なるほど… すると封印の宝玉は、もしやルーン王国が?」
「その通り。エルフが祖先であるルーン王国が、ここと同じように封印の宝玉を護っておる。しかし、問題は、封印したはずの扉が、いま開けられようとしていることだ。本来なら封印の宝玉と、剣が揃わなければ解かれないはずなのだが……」
「それがなぜ?」
「うむ。確かな話ではないのだが、神官戦士が書き記した手記なるものが存在していたらしいのだ。そしてそれには、封印についてのことが細かく記されているというのだ」
「それを帝国が?」
「判らぬ。ルーン王国の方でも探りを入れているらしいが……」
「そうなんですか…」
優は、もう一度封印の剣を見た。長剣の中でも、かなり長い部類に入るだろう。柄の部分はシンプルで、華美な装飾は施されていない。そして優はあることに気付いた。
「…陛下。この剣は、石でできているのですか?」
刀身の部分が良く見ると金属ではなった。台座と同じ石の素材のようだ。
「今はただの石像のようだが、精霊戦士だけがこれを扱うことができるという。ユウ…精霊戦士よ。剣に触れてみるがよい」
国王に言われて、優は恐る恐る封印の剣に手を伸ばしていった。そして、その柄を握った瞬間、台座から部屋中の文字が一斉に輝きを増し、刀身の7つの宝石から光が迸った。
「おおぉーっ!!」
光と同時に、膨大な精霊力も溢れ出した。そのあまりの精霊力に圧されるように国王は2,3歩後退った。
「な、なんという精霊力っ!!」
優も突然の光にもう片方の手で目を覆ったが、剣の柄を掴んだ手は放さなかった。そして、軽く手に力を入れると、抵抗なく剣が持ち上がった。
「え?」
持ち上げると同時に、宝石の光は徐々に収束していき、目を開けられるようになったが、精霊力だけは衰えていなかった。そして、今まで石だった刀身が、鋭い金属の輝きを放っていた。
軽い。1mはありそうな長剣にも関わらず、まるで短剣を持っているようだ。それでもこの剣が尋常でない力を秘めていることは、精霊力を感じられない優にもよく判った。
試しに一振りしてみる。刀身の宝石が虹のような光跡を残す。やはり軽い。まるで自分の手の延長のように違和感がない。昂揚する気持ちを抑えつつ、優は剣を振るった。国王も七色の光を引きつつ舞うように剣を振るう優に、しばし見惚れていた。
「ふぅー」
一通り型をこなして一息つくと、宝石の輝きが急速に薄れていき、刀身もまた石に戻っていった。
「なっ! お、重いっ!」
輝きを失った石の剣は見た目通り、いやそれ以上の重さになり、慌てて両手で持っても支えきれなくなった。国王に手伝ってもらい、なんとか元の台座に戻すことができた。重量の魔法でも掛けてあるかもしれない。
「どうしたのでしょう? 急に戻ってしまって」
「うむ。よくは判らぬが、まだこれを使う時ではない、ということかもしれぬな」
「使う時ではない……」
「しかし、おぬしがこちらに戻る少し前から、宝石が光り始めたのだ。折りしも帝国の動きが活発になってきた頃だった。その時は近いのかもしれぬな…… いずれにしろ、このことは王家の、国王のみに引き継がれる秘密。他言は無用であるぞ!」
「はっ! 心得ております」
「うむ。まずは目先の敵だな。戻り、出陣の準備をするがよい。頼んだぞ! 精霊戦士、ユウ・ミコガミ!」
「はっ! この身を賭けまして!」