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精霊戦記 -黄昏、そして輝き-  作者: osm_tkg
第1章 第3節
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1.暗雲

~ ガルト帝国 不眠の宮 ~


 豪奢な装飾が施された玉座の前に一人の男がひれ伏していた。伏した身体が震えているのは怯えのためか。

 そんな男に居並ぶ高官たちは蔑んだ目を向けていた。その中でもっとも冷たい視線を投げつけているのは玉座にある者だった。

 ここは、ガルト帝国の首都ビザンテに(そび)え立つ王宮の謁見の間。ガルト帝国の王宮は壁や柱など至るところに、金装飾を惜しげも無く使っており煌びやかに輝いてる。夜でも僅かな光を反射して暗闇に浮かび上がることから、他国の者からは“不眠の宮”と呼ばれることもある。宮中も最新の様式を取り入れ、遠くド・メルド王国から職人を呼び寄せて作らせた装飾品が所狭しと飾られており、訪れた他国の使者たちを圧倒する。

 その贅を尽した謁見の間は、今は異様な緊張感に包まれていた。

「…それで、おめおめと逃げ帰ってきたわけか」

 静かだが冷ややかな声が玉座から発せられた。

 伏した男の肩がビクッと震え、既に床に着いている額を更に下げるようにした。

「小娘一人片付けられんとは、わが帝国の宮廷精霊使いも地に落ちたな」

 ガルト帝国皇帝シュヴァルツ・ホーク・ライ・ウォン・アルスは蔑んだ口調でいうと玉座に片肘をついた。まだ若い。帝国史上最年少の皇帝だった。限りなく白に近い銀髪に白皙の細い顔、女と見紛うその容姿だが、その血のように赤く冷たい鋭い眼がその印象を抱かせない。

「し、しかしながら、娘はオーバーラップ・スペルを実戦で使いこなし、精霊戦士の邪魔も入って…」

「言い訳は見苦しいですぞ! フィリッツ殿!」

 玉座のすぐ脇に控えていた見事な体躯の帝国第一軍ガーランド将軍が声を上げた。窘められた宮廷精霊使いのフィリッツ・クロウ・リム・ホイザーは身体をビクリとさせた。

「自分一人で十分と豪語しておきながら無様にも……」

「…まあ良い」

 ガーランド将軍が更に言い募ろうとしたところをシュヴァルツが遮った。フィリッツは思わず顔を上げて玉座の人を見上げた。

「所詮ダブル・スペル程度しか使えない者には、オーバーラップ・スペルの使い手を相手にするのは荷が重かろう」

 声音は穏やかだが、痛烈な皮肉が込められているのは誰にでも判る。フィリッツは屈辱で顔を真っ赤にしながら再び顔を伏せた。

「小娘など取るに足らぬが… 精霊戦士は、邪魔な存在だな」

 居並ぶ家臣たちも一様に頷いている。

「しかし、聞けばその精霊戦士とやらは、自身は精霊魔法を使えないと聞いたが、誠か?」

「は、はっ! 確かに彼の者は戦いの最中で危うくなったときでも魔法を使いませんでした。ユーテシアで訊きこんだところによると、剣は使うが魔法は使わないとの事でした…」

 それを聞いてシュヴァルツは鼻で笑った。

「ふん。ただ逃げ帰って来た訳ではないか。さすがに手ぶらでは帰れなかったか」

「…御意にございます……」

「まあ、良い。ならば自分のやるべきことは判っておろうな?」

 一瞬顔を上げて安堵の色を浮かべたフィリッツだったが、再び額を打ち付けるほどに頭を下げ大声で言った。

「はっ! か、必ずや帝国に仇を為す者を消して御覧にいれます!」

「手段は問わぬ。失望させるでないぞ」

「御意に! た、直ちに参ります!」

 そういうとフィリッツは他の家臣たちの侮蔑の視線を背中に受けながら、逃げるように謁見の間から出て行った。

 宰相が解散を告げて皆が退出すると、謁見の間はシュヴァルツとガーランド将軍だけになった。

「…宜しいのでございますか? このような失態を犯した者を…」

 ガーランド将軍が遠慮がちに確認を取ると、シュヴァルツは退屈そうに玉座に背を預けた。

「あのくらいは構わぬだろう。所詮捨て駒だ。期待はしておらぬよ」

「しかし、他の者に示しが…」

「余の決定に不服か?」

 シュヴァルツの赤い眼がギロリとガーランド将軍に向けられた。

「滅相もございません。シュヴァルツ様の決定に間違いはございません」

 他の者であれば身が竦むシュヴァルツの視線にも、ガーランド将軍は動じずに冷静に答えた。実はガーランドはシュヴァルツが幼少の頃から後ろ盾として、シュヴァルツを次期皇帝へさせるべく画策していたのだった。シュヴァルツにしても自らこの玉座から引き摺り降ろした父である前皇帝より、ガーランドの方が親代わりのようなものだった。そのため、その助言、諫言は無下にはしなかった。

「使えるうちは使うがよい。結果が出れば良し、出なければその時は排除すればよい」

 宮廷精霊使いは本来は国にとって非常に重要な役職である。国内すべての精霊魔法について取り仕切り、精霊魔法軍の総司令官を兼任する。そして一番重要なのは、常に国王の傍にあって、その身を護ることである。常に国王の傍にあるということは政治にも深く関わっていて、その発言力も宰相に次ぐのである。一般的にいって宮廷精霊使いであるフィリッツの待遇は異常であった。それは不幸にもシュヴァルツ皇帝自身が帝国最強の精霊使いであり、頭脳明晰で政治や外交にも助力を必要としないため、宮廷精霊使いなど不必要と考えられているからだった。しかも前王の怠惰治世の折に、精霊魔法も大して使えないにも関わらず前皇帝に取り入って、その地位を手に入れたような者だったので、実力主義のシュヴァルツにはお飾り以外の何物でもなかった。

「それに鞭を振りかざすばかりの力の支配は長続きしない。たまに温情も示しておかねばな」

「なるほど。さすがでございますな。感服致しました。差し出がましいことを申しまして申し訳ありませんでした」

 そう言うとガーランド将軍は年齢も一回り以上違う若い皇帝に深々と頭を下げた。

「良い。他の目から見た言葉というのは、どんな時も軽んじてはならないものだ」

 この若い皇帝は力だけではない。常に血の付いた抜身の剣を翳しているような印象を与えるが、支配者としての度量を十分に備えていた。

「それに、もうすぐの力が、我が物となる…」

 皇帝の少し抑えた声にガーランド将軍は表情を引き締めた。思わず周りを見回して近くに誰もいないことを確認した。

「…例のものでございますか?」

「そうだ。もう少しで“扉”を開くことができる。そうすればユーテシアも精霊戦士も恐るるに足らぬ。大陸全土を我が物に!」

 シュヴァルツの眼に強い光が灯ったのを見て取って、ガーランド将軍は再び頭を下げた。

「御心のままに」



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