伯爵家のメイド 14
「君が作ってくれた染粉、とても役立ってるよ。母上譲りの銀髪じゃ、目立って敷地の近くをうろつくわけにはいかなかったんだ」
にこりと微笑みながらアレンさまが言う。
あの薬は髪を染める色粉だったのか。
アレンさまをよく見ると、髪は今はブラウンになっているが、顔立ちは奥さまによく似ている。
2年前に襲われた時の傷なのか、額にざっくりと刀傷があった。
「奥さまにはお会いになったんですか?」
アレンさまは悲しげに首をふる。
「いや、そんな危険は冒せなくてね。彼に会いに行ってもらって、とりあえず僕が生きているってことだけ知らせてもらったよ」
「そうなんですか…」
(では奥さまは、まだアレンさまにお会いしてないんだ…)
一目お会いになったら、どんなに喜ばれることだろう!
「君によく世話をしてもらってるって、母上が言ってたよ。ありがとう、エレイン」
とおっしゃって、メイドの私にも頭を下げられる。
メイドを欲望の捌け口としか見ていないヴァルターとは大違いだ。
「なぁ、行き場のなくなったあんたにこうして頼むのは卑怯だとわかっているが、もう一度頼む。俺たちに協力してくれないか」
私とアレンさまの間にずいっと入り込み、男が真剣な顔つきで言う。
「何度も言うが、誰かれかまわず声をかけているわけじゃない。あんただから頼むんだ」
「私だからって…、あなたに私の何がわかるっていうのよ」
この男に言われると、どうも反発してしまう。
男は急にニヤリと笑って、私に近寄ってくる。
「知ってるぜ、エレイン。
几帳面で、仕事熱心。仕事のストレスは靴下編みで発散している。結構な酒好きだ。
事なかれ主義だが、意外に押しに弱くて、最後の最後には情にほだされる」
「な…」
「男女の色事には潔癖。…だが、いざというときには度胸がある。冷たいとみせかけて実は情熱的なタイプだな。いつもきっちりまとめている金髪は、おろすと腰まで長くて色っぽい。その緑の眼は、夜の暗闇の中で猫みたいに光る」
「ちょ、ちょっと」
いつの間にか、触れ合うほど近くに寄っている。
男の吐息が耳をくすぐる。
声は次第に艶を含んだささやきになった。
「いつもは澄ましているが可愛い面もある。いつもウサギのぬいぐるみを抱いて眠るような、な」
「あ!」
忘れてた。これを返してもらうために、男との縁をつないでしまったんだ。
「あんたの大事なこのお守りを、返して欲しかったら俺たちに協力してくれ」
「な…!」
脅しじゃないの!
絶句して、声も出せない。
アレンさまが呆れたように溜息をついた。
「僕が傍にいるのをお忘れじゃないですか?」
「なんだ、邪魔するなよ。せっかく口説いてるのに」
「最後のあたりは脅迫でしたけどね…。まったくあなたという人は」
「俺は気に入った女しか、口説かないぜ?」
放っておけば、どこまでも続きそうな2人のやりとりに、声をかけて止める。
「あ、あの!」
途端に、2人いっぺんに私を見つめる。
2人のまなざしを受けて、急に緊張したが、深呼吸して口を開いた。
ウサギのことがなくても、私の心はすでに決まっていた。
「…私はメイドです。雇主に逆らうことは絶対にできません」
落胆の色を浮かべるアレンさま。
私はアレンさまの目をまっすぐに見つめて、続けた。
「…私の正式な雇主、契約を結んだのはアレンさまのお父上様、ブローク伯爵です。
伯爵亡き今、私の雇主はご嫡男のアレンさまですわ。アレンさまのご命令ならば、私は従います」
アレンさまは私の言葉に目をみはった。
隣の男が「堅い女だ」と面白そうにつぶやく声が聞こえたが、無視。
私も、メイドとして通したい筋がある。
屋敷に戻れず行き場をなくした、というのももちろんあるが、もしこのまま知らぬふりを通したら、いつまでも奥さまの悲しげな顔が眼の奥にちらついて離れないだろう。
アレンさまは気を取り直して、私の目をしっかりと見つめた。
「…では、エレイン。僕からも頼む。僕たちの計画に手を貸して欲しい」
「かしこまりました。アレンさま」