伯爵家のメイド 13
「ほらよ」
涸れ沼のほとりに行き着き、走りすぎて息を弾ませ草むらに座り込んだ私に、男は水の入った皮袋を寄こした。
さっき窓の外にいたもう一人の男は、周りの様子をみるためか、この場からは姿を消している。
「どうして…」
なぜあの場にいたのか、まず聞きたかった。
息が切れて最後まで言えなかったが、男は私の意図を汲んで答えた。
「ゆうべ駆け落ちがあったことで、屋敷内の事態が変わるかと思って、張ってた。…まさかやつがあんたに手を出すとまでは思わなかったが。…大丈夫か?」
気遣わしげに私の顔をのぞきこんでくる。
「…思いっきり殴っちまったからな。あんたは屋敷に戻れなくなった。成り行きとはいえ、済まないことをした」
心底申し訳なさそうに言ってくる。
(…そうか)
冷静になって考えてみると、男が言うように、雇い主に手をだされかけて殴って逃げたメイドなんて、屋敷に戻れるわけがない。
でも、あのままヴァルターに襲われるよりは何百倍もマシだ。
「…いいえ。助けてくれて感謝してる。ありがとう」
静かに告げると、男は目に見えてホッとした顔をした。
「あたりを見回りましたが、今のところ追っ手はかかってません。屋敷ではまだバレてないようですね」
そこに、もう一人の男が戻ってきた。
ほっそりとした体つきの、やさしげな顔立ちの男だ。フードを深くかぶっている。
じっと見つめる私に気づき、にっこりと笑ってフードをとった。
「エレインだね、はじめまして。僕はアレン・ブローク。母上が世話になったね」
どうやら、こちらが正真正銘のブローク伯爵の跡継ぎらしい。