伯爵家のメイド 1
以前投稿していましたが、一時パソコンが使えなくなり作品を下げていました。また投稿できるようになりとても嬉しいです。この作品は以前投稿していたものと同内容となります。またお会いした方も、初めましての方も、どうぞよろしくお願いします。
メイドの朝は早い。
身支度を済ませて、広い屋敷のカーテンやら窓を次々に開けながら厨房へ向う。
私より早く起きて鍋を振っている料理番のマーサさんに沸いたお湯とミルクをもらい、ワゴンにセットする。
旦那さまと若旦那のヴァルターの朝食をそれぞれ用意し、まず旦那さまの部屋へと向う。
「おはようございます。旦那さま」
寝室に入り問答無用にカーテンを開けると、案の定酒やけしたデカい顔のとなりに赤毛の女がいる。
脂肪を揺らしながら起き上がり、窓際のテーブルの席についた旦那さまに給仕をする。
その間、赤毛の女は慣れた様子で服を着て「じゃあ、お暇しますわ」といって出て行った。彼女はこれから裏口で昨夜の分の代金をもらって帰るのだろう。
お馴染みの相手だから心得たものだ。
初見の相手だと、おねだりやら次の約束を取り付けるためにキーキー甘ったるい会話をおっぱじめて仕事の邪魔になるところだ。
旦那さまが食事をしている間、とりあえずぐちゃぐちゃになったシーツを外す。
(昨夜もお励みになったようで)
ガマガエルのようなおっさんの励んでる様子を極力イメージしないように、シーツをランドリーバスケットに放り込む。
次は、旦那さまよりさらに起きるのが遅い、道楽息子のヴァルターの部屋だ。
「おはようございます。ヴァルターさま」
カーテンを開けると、先ほどと全く同じ光景が目の前に広がる。
この親子、こんなところは実によく似ている。
(今日はジェニか)
掛け布からはみ出した同僚の栗毛を横目で見ながら、テーブルセットに配膳していく。
「おはよう、エレイン」
ヴァルターが欠伸しながら席についた。
こいつは父親と違い私の名前が一応頭に入っているようだ。
(いや、私の名前なんて覚えなくていいから!私の存在を認識してくれなくていいから!)
これ以上話しかけられたくなくて、なるべく気配を殺しながら一通りの給仕を終え、ベッドに向かう。
まだごろごろ寝っころがっているジェニに声をかけた。
「ジェニ、起きて。厨房に朝食を用意してもらってるから」
(さっさ起きてもらわないと、ベッドの片付けが出来ないじゃないの!)
ジェニはまだ眠りたいようだったが、ムニャムニャいいながらも何とか服を着て出て行った。
ぐっちゃぐちゃのカピカピになったシーツをひきはがす。
こういうところもこの親子は実に似ている。
シーツに残る多量の分泌物は、双方ともやたらと種を蒔きたくないからの結果なんだろうが、同じ頻度に、同じくらいのぐちゃぐちゃ具合…。
こんなことまで似なくていいんじゃないか、と思う。
(毎回毎回、汚れを落とすのに苦労するのよ!)
手際よくベッドを整え、一礼してさっさと部屋をでる。
ヴァルターの眼中にないのは分かっているが、ぐずぐずと傍についてどんな拍子に気まぐれをおこすかわからない。
あの爬虫類系のヘビ顔男に手をつけられるなんて冗談じゃない。
仕事が済んだらさっさと目の前から消えるのが一番だ。
私はエレイン。
メイドだ。
2年前からブローク伯爵家に仕えている。
ここにくる前は、王宮に勤めていた。
王宮勤めに身も心も疲れ果て、知人に紹介してもらったのがこのブローク伯爵家だ。
紹介してくれた人の話によると、伯爵は穏やかな紳士で、領民にも慕われている人物だ、ということなので喜んで契約した。
2週間後から来てください、と言われ準備や引継ぎをしていたら、なんとその間に伯爵は急死してしまった。
おまけに跡継ぎの一人息子もその直後に行方不明になってしまい、あれよあれよという間に、亡き伯爵の弟とその息子がブローク家を乗っ取った。
雇い主が変わってしまったとはいえ、契約は契約。
どうにもきな臭いこの家に、私はメイドとして仕えることになったのだ。
前伯爵は話どおりの好人物だったらしいが、その弟は絵に描いたような俗物だ。
容貌がガマガエルにそっくり。
悪趣味な宝石をじゃらじゃらつけ、ぶよぶよに太った体を金糸銀糸で織った服で着飾っている。女好きで、娼婦や踊り子を屋敷にひっぱりこんでどんちゃん騒ぎをする。
息子のヴァルターも父親そっくりのろくでなしだ。
ヘビっぽい顔をにやつかせて、屋敷のメイドたちを食いまくっている。
仕事はもちろんいいかげん。
領地の管理は放り出してるくせに、悪事にはせっせと精をだす。
前伯爵が亡くなって2年。
不正がはびこり、領地はゆるやかに荒廃の一途をたどっている。