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兄の失態の尻拭いのために、第一王子の右腕になりそうです。

作者: 有梨束
掲載日:2026/10/16

なんでもあり。

馬鹿兄上が咎のない婚約者に婚約破棄を告げ、入れあげていた男爵令嬢を新たに嫁に迎えようとした、らしい。



『らしい』、というのは人伝てにしか聞いていなく、残念ながらその婚約破棄の現場にいなかったために直接は見ていないのだが、馬鹿兄上がやらかしたことは想像がついてしまって、なんとも言えないザラリとした苦い気持ちになった。



兄上と便宜上呼んでいるが、あまり接点のない人だった。

血は半分しか繋がっていないし、僕のことを見下している人だったから、視界に入らないようにしていたというのが正しいだろう。


僕のことを日陰者だと思う者もいたほどだし、僕は僕で表に出ないように生きてきた。



というのに、その馬鹿兄上のせいでこの僕にお鉢が回ってきてしまったのだ。



正当な血筋の第二王子を『馬鹿兄上』などと呼んだら、今までなら怒られていただろう。

これからも口に出すことはないだろうが、うっかり口が滑ったとしても、そのことで僕を叱れる人間はいないのだろう。

馬鹿兄上改め、元第二王子の失態ということで、これまで王子としての役割がほとんど回ってこなかった第三王子の僕に、馬鹿兄上の分の全てが回ってきたと言ってもいい。



第二王子としての立場、第一王子の右腕としての動き、それから兄が婚約破棄を告げたご令嬢との婚約。



「グレン、これからは君が第二王子として求められることになる」

荘厳に見える第一王子が、僕を呼び出して静かにそう告げた。


あの元第二王子を血が繋がっているとは思えないほどに、兄上はよくできた人だ。

彼がこの国を守っていく未来を、僕は楽しみにしていた。

それも、自分には関係がないから、気楽に思えていたともいう。



「それから、第二王子の婚約者だった令嬢ともそのまま婚約もしてもらう。君には一気に負担をかけて申し訳ないが、令嬢に非はないから王家の人間として、誠意を尽くしてほしい」

そんなことを王太子の第一王子に直接頼まれてしまったら、僕になんと言えたというのか。

実の弟の失態の尻拭いをさせられ、王家の威信が揺るがないようにこれから必死に駆けずり回るのは、今目の前にいる兄上だというのに。


ちなみに、元第二王子の一連の出来事から廃嫡までの流れは、この第一王子が一から丁寧に説明してくれた。

僕は引きこもり同然なので、ちゃんとした情報が回ってくるまでに時間がかかる。

それがわかった上で、第一王子自ら説明してくれたのだ。

こんなに不穏で嬉しくない人伝てが、他にあるだろうか。

生まれてからこれまで生きてきて、一番怖い時間だったかもしれない。



王妃陛下の息子が二人もいたのだから、順当にいって二人が国を背負っていくと思うじゃないか。

側妃の子どもとはいえ、陛下にあまり似ていないからと不貞を疑われた母上の子である僕が、公務に携わる日が来るとは思わないじゃないか。

表に出ないことで僕なりに自分の立場を示してきたのだし、王太子殿下が王となり、第二王子が右腕として活躍するのを見届けたら、しれっと王族から籍を外して生きていこうかな〜〜っ、なんて暢気に考えていた僕に、そんな重要な役目が回ってくると思わないじゃないか。

というか、回してこないでもらいたいのだけけどっ!?



……なんてことをこの疲弊している王太子殿下に言うわけにもいかず、「……かしこまりました。僕にできることは少ないと思いますが、精一杯やらせていただきます」と答えた。


第一王子は僕の反応を見て、苦笑いするように目を眇めると、疲れた様子で前髪を掻き上げた。


「グレン、しばらく大変だと思うが、私もフォローするから気張ってくれ」

「は、はいっ」

「何かあったらすぐに私に相談して。一人で抱え込むとお前の兄のようになってしまうから、なんでも言うんだよ?」

そう言って、子どもをあやすみたいに前髪を掻き上げた手で、僕の頭も撫でた。

それが、昔まだ兄上たちと交流があった頃みたいで、一気に記憶が蘇るようでうっかり泣きそうになった。

そういえば兄上の手って、温かったっけ。


ああ、そうだ。本当にまだ小さい時、3歳くらいまでかな。

それまでは兄上がこうやって僕のそばにいてくれたんだ。


ある時を境に、王妃派閥の人間に「王子と関わってくれるな、汚れる」と言われるようになり、母上は母上でその圧力に耐えきれず療養することになったから、僕と母上はほとんどを隔絶されて生きてきたようなものだ。

いきなり兄上のようになれるわけがないが、この手を裏切らない働きはしたいなと思う。




「……兄上、僕少しは大きくなりましたよ」

「そうか。私の中でグレンはずっと小さいままだったからな」

「もう直接お話などはしないものだと思っていました」

「何を言う、グレンは私の大事な弟だよ。今までも、これからもだ」


第二王子が廃嫡となった今、その言葉はとてもじゃないがずしりと重くて、「ああ、この国を背負う方は僕を逃すつもりはないのだな」と腹に食らうようだった。

お前は馬鹿なことはしてくれるなよ、と言われている気もする。

同時にその信頼は積み重ねていかなくてはならないと、背筋が伸びる。



「……もったいないお言葉です」

「なんだい、硬いね。昔はあんなに私に抱っこをせがんできたのに」

「い、いつの話ですかっ!?」

「それくらい、私はグレンのことを知らないってことだよ」

兄上は悲しそうに目を細めると、僕の頬を両手で挟んで、むにっと潰してきた。

な、何をしているんだ、この方は……。


「私の中ではグレンはずっと可愛い弟のままさ。だから、ことが落ち着いたらゆっくり話そう。グレンのことを教えておくれ」

「ぼくで、あしょばないでくだひゃい……」

「ふふふ、グレンの頬は相変わらずもちもちなんだね」

「なんか、たのひしょーですね……」

「そりゃあ、もちろん。やっと可愛い弟と堂々と会えるんだ。こんなこと言っては不謹慎だが、今回の件で唯一よかったことと言えるだろうね」

はっきりとそう告げるものだから、心臓が嫌な音を立てた気がした。

王妃派閥の人間に聞かれたら、昔のように拳が飛んできそうで、脈が速くなっていく。



「今までは王妃陛下の牽制が強くて君に近づけなかったけれど、実の息子の失態を君に拭わせるんだ。あの方も、もう大きい顔もできないだろう」

「……そんなこと、言ってもよろしいのですか?」

「今この部屋には君と私しかいない、問題ないよ。……あの人は、王妃は君の母君が寵愛を受けるのが気に食わなかったのさ。だから君のことを、まるで不義の子かのように扱った。……これまで、本当にすまなかったね」

いつの間にかふんわり優しく包むように、兄上は僕の頬を両手で包んでいた。

金色に輝く瞳が、僕のことをまっすぐ捉えている。

この目にまっすぐ見られるなんて、いつ以来だろうか。

朧げな記憶と重なるように、慈しむように僕を見る目が変わらない。


この金色の瞳とお揃いの色になりたいと、小さいながらに思っていた。

それくらい、僕は兄上が大好きだった。



「ダメですよ、兄上。あなたが簡単に謝っては……」

「間違ったことがあれば、王になろう人間でも謝罪は必要だよ」

「いけません。それに、兄上がしたことではありません。少なくとも、……兄上はずっと僕に優しかったです」


「兄上『だけ』は」と言いそうになって、直前で飲み込んだ。

この城で僕を愛してくれたのは、第一王子と母上くらいなものだ。

あの少なかった交流期間が、あの愛情が、僕をここまで腐らずに来させてくれたなど、この方は知らないのだ。


「私は、自分の無力さをあの時知ったよ。何もできない子どもの自分がとても悔しかった」

「……だったら、なおさら兄上は悪くないではないですか。あと、やっぱり上に立つ者がそんな簡単に謝ってはなりません。その役目が必要なら、それはこれから僕がすべきことです」

自分の口からするすると言葉が出るから、自分でもじわじわと驚いている。

僕が自分で驚いていることに、兄上も気づいているのだろう。

少しだけ口元が緩んでいる気がした。


そっか、僕はこんなことが言えたのか。


兄上は、すぐに角度のいい笑顔に変わった。

この笑顔が、臣下に見せる笑顔だと、直感的にわかった。

兄と弟であるベールが、少し薄れた気がした。


「そこまで私に忠告できるのなら、右腕としても何も問題なさそうだね。これからも、その調子でいてくれ」

「……試しましたか?」

「いや、可愛い弟に許しを請いたかっただけだよ」

にっこり笑った兄上の雰囲気が柔らかくなって、僕の知っている兄上だなと思った。

それから、平気でこう言った。


「あと、可愛い弟をめいいっぱい甘やかしたい」

「何、を、言ってるんですか……」

なんと反応していいかわからずに、兄上に頬を触られっぱなしでいた。

しばらくそうしていた兄上も、僕から手を離すと真剣な顔に戻った。

たぶん、今から真面目な話に戻るのだろう。



「それでも私も王妃の子だ。君からしたら疎ましい存在かもしれないが、それでも君に助けを求めるしかないんだ」

王子は全部で三人だった、僕を第二王子の役割にするという判断は致し方ないことだ。


キラリと光る陛下と同じ黄金の瞳が、力強く僕の外側だけでなく中身も見ようとしている。

この目の前で嘘をつける者がいるのなら、教えてほしい。



「王妃の子が二人とも愚か者だと思われるわけにはいかないんだ。だからね、すまないがグレン。君の力を貸してほしい」

また謝って…と思ったと同時に、兄上は僕を一番の懐刀として欲しているとわかって、やっぱりちょっと泣きそうだった。

この人に恩返しできる時が来たんだ、とようやく実感するようだった。



「……兄上の、お役に立つなら」

そこで言葉を区切って、僕も目を逸らさずに兄上を見た。

この方がここまで言うのだから、僕もいい加減腹を括ろう。


「僕で、よければぜひ。あと…、落ち着いたら兄上の話も聞きたいです、この10年分のことを」

まあまあ照れてしまって、言い終わると目を逸らしてしまった。

だけれど、すぐに目が合うこととなった。


「もちろんだよっ、グレン!」

満面の笑みの兄上にグイッと体を持ち上げられて、何が起こったか一瞬わからなかった。


「う、わっ、何されているんですかっ……!」

「何って、抱っこだよ。重たくなったねえ、グレン」

「当たり前じゃないですかっ!お、おろしてくださいよ〜…!」

「本当に会いたかったんだよ、グレン!」

「わかりましたから…!僕も、会いたかったですよ」


そうして、兄上が満足するまで抱き抱えられてくるくる回されたのだった。

あんなにはしゃいだ兄上は、幼い頃でも見たことがなかった。


これからは兄上が僕のことを守ろうとするんだろう。

だからこそ、僕も同時に兄上を守れる存在になりたい。



「こんな皺寄せ、僕に来るなよ…」と思っていたのも本音だったが、兄上の言うようにまた堂々とそばにいられるのは、唯一の幸運と言ってもいい。


兄上があんなに喜んでくれるとは、思ってもみなかった。

廃嫡された馬鹿兄上に、今なら感謝も言えるかもしれない。



僕は僕として、この国の王になられる王太子殿下の右腕になるべく、精進していこうと思う。


こんなこと言うのもどうかと思うが、結局、僕たちは互いにブラコンなんだと思う、うん……。







了

お読みくださりありがとうございました!!

287日目。


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