あなたの素敵な黒い同居人
おかえりなさい、今日もお疲れ様。
大丈夫かい?いつもよりぐったりした様子だけど…そんな時は、先にお風呂に入るのがいい。気持ちだけでも、リフレッシュすることができます。
…ん?あなたは誰って…ふふふ、大丈夫、おばけなんかじゃありませんし、危害を加えたりはしませんよ。
私はただ、あなたにささやかなお礼として、せめていつも頑張るあなたを労いたいだけなんです。気付いていないかもしれませんが、あなたはいつも私達を助けてくれています。
ですから、こうして声をかける…それくらいしか、私にできることはありませんが…それでも、あなたに報いたいのです。
…え?あなたはどこにいるのって?ふふふ…あなたの心の中にいつでも…というのは気取りすぎでしょうか。
私は、この部屋にいますよ。あなたの帰る場所を、私が守り続けています。どんなにつらいことがあっても、逃げ出したり、泣き出してしまいそうになったりする時があっても、ここがあなたの居場所になれるよう、私は…いつだって……待ってください、そんなに慌てて探そうとしないで、危ないですよ!こんなに物が多い部屋なんだから、何か落としたり、どこかぶつけたり…あっ。
あ…はは…どうも、目が合いましたね……初めまして…になるかな…ってちょっと待ってください!待って!それやめてください、やめて!何もしないから!それやだ!ゴキジェットはやめてえ!!
はあ…はあ…暴力は…よくないですよ。あなた方はみんな話し合いを第一に考えてくれる、温厚な種族のはずでしょう?
…ええ、私は見ての通りゴキブリです。どこにでもいて、どこにでも現れる、ごく普通のありふれたクロゴキブリです。
だから待ってください!銃口をこちらにむけないで!私さっきから一歩も動いてないでしょう!
あなた方は何故そんなにも我々を嫌うんです…私達は、あなた方に危害を加えるつもりはまったくないというのに…私はただこの住み心地のいい散らかった部屋で暮らしていたいだけなんです!
だからあなたにはいつだって感謝していていました!暗くてじめじめした環境を維持してくれて、食べ物だって色々なものを床に落としてくれる!私達にとって神様のような存在だ!
妻も子供達もみんなあなたに感謝している!だから私はみんなの代表としてお礼を…って待ってください!他のゴキブリを探そうとしないで!みんないい奴らなんだ!!
…教えてください、私達の何がいけないのでしょう…確かに、人間の縄張りを勝手に間借りしている点は謝ります。ですがただそれだけ、ただそこにいるだけなのに、何故こんなにも嫌われなくてはならない…。
え?不衛生?病気を持っているって?
…逆にお聞きしますが、この世の中に完全に無菌の生物などいるのでしょうか?
あなた方が可愛がる犬や猫という動物だって、私達と同じくらい病気まみれですよ、多分。
それに、あなた方だって例外ではありません。我々にはよくわかりませんが、コロナウィルスとやらは人を媒介にして感染する。あなた方だって、我々と同じだ!
え?…何、なんて言いました?…気持ち悪いから…?
何と身も蓋もない…あなた方は人を見た目で判断してはいけないと教育されているはずです!道徳の授業でもやるでしょう!?ゴキブリにもありますよ道徳は!!
気持ち悪い…でかくてやだ…黒光りが最高にきもい、触覚が生理的に無理、足のゲジゲジした感じが最強に無理、カサカサと音がすれば鳥肌塗れになる…もうそんなに言わなくていいじゃないですか!わかりましたよもう!
やはり、私達が…あなた方と共生を望んでいても、あなた方は我々を皆殺しにしようとするのですね…。
わかりました…ですが我々はあなた方とは戦いません。我々は暴力には屈しない…暴力に頼ることもしない!非暴力!不服従の精神を受け継いでいるからです!!
せめて、あなたに決して見つからないようにこれからは生きるとしましょう。
正直、私とあなたはこうして出会わない方が幸せだったのかもしれません…ですが、我々に素敵な住処を提供してくれたあなたと、このような内容にはなりましたが…話が出来てよかった。
家族、兄弟、親戚、それとご近所さんと、友達に、サークル仲間、あと町内会のみんなには、あなたはいい人だったと…伝えておきます。
…はっ!?今手にとったそれは…まさか…正気ですか!?バルサンを使うつもりなんですか!!
やめてください!それは核兵器と同じだ!関係ない虫まで、みんなが死ぬことになる!それだけはいけない!!
うわあああ!け、煙が…死の煙が…く、くそ!みんな!ゴキ江!ゴキ介!ゴキ二郎!その他みんな!早く逃げるんだ!!
うっ…あれ、体が……動かない、声を張ったせいで…煙を吸いすぎたようだ…。
はあ…はあ…ですが、これでよかったのかもしれない…私達が死ぬことで……あなたが幸せになれるのなら。
何故だろう…こんなことをした人間が憎くて憎くてたまらないはずなのに…私は、人間を好きになったらしい
ああ…叶うことなら、もう一度…人間と一緒に…過ごしたかっ……た。
おや、そこのあなた、ここまで読んでくれていたんですね。
私ですか?ああ、何とか生きてます、やっぱり我々は生命力だけは自慢ですから。
え、今どこにいるのかって?
ふふふ…いつだって、私達は…あなた方のすぐ側に……。
2022年8月5日 作




