表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

王女とふたりの王子

作者: 翠野ライム

ときどき間違った文字や表現をなおしていますが、お話のなかみは変わっていません。

 ある国に、ふたりの男の子がいた。


 ひとりはこの国の王子さま、もうひとりは、街はずれの孤児院(こじいん)に住むびんぼうな男の子だった。


 ふたりは身分はぜんぜんちがうけれど、家族のように仲良しだった。そしてもうひとつおどろくことは、ふたりがそっくりだということだった。


 まるでふたごのように背丈や体つきも同じ。顔のつくりや、金髪と青いひとみも同じ。


 それがあまりに面白いものだから、ふたりはたちまち仲良くなった。


 王子はそっと王宮を抜け出して、少年は孤児院を飛び出て、日が暮れるまで遊んだ。もちろん、そのあと、王子は騎士団長からげんこつをもらい、少年は孤児院のおばちゃんから怒鳴られるけれど、そんなことはおかまいなしだった。


 王子は大変な日々を送りながら、少年は貧しい日々を送る中で、ふたりは最高の親友と思い、楽しい毎日を過ごしていた。


 ある日、ふたりは服を取り替えて、お互いのふりをして遊んでみることにした。


 まずしい男の子が王子のよろいを着て馬にのり、王子は偉い人に憧れる街の少年のふりをするというものだ。


 だれもがふたりが入れ替わっていることに気づかず、少年にあたまを下げて道をあけた。ただ、あまり長く続けるとみんなが困るかも、と思い、ふたりは街の城壁(じょうへき)を出たところで、誰にも見えないようによろいと服をとりかえようとした。


 でも、それがいけなかった。ふたりは、城壁のすみに隠れていた、どろぼうに見つかってしまったのだ。


「なんだ、こぞうども、いいものを着てるじゃないか。それを置いていけ!」


 少年はよろいを着ていて剣も持っていたけれど、剣の使い方なんか習っていないから、戦うことができない。おびえる少年の代わりに、王子が戦った。


 王子は剣を引き抜いて勇ましく戦ったけれど、どろぼうは人数がすごく多かったから、隙をつかれて王子は心臓を刺されてしまった。どろぼうたちは吹き出す血におどろいたのか、たちまち逃げ出した。馬も戦いの中、いつの間にかどこかに行ってしまった。


 あとには少年と、あおむけにたおれた王子がのこされた。


「おねがい、目を開けて! 死んじゃいけない!」いくら話かけても、王子の目は開かなかった。代わりに、わずかに口を動かしていたので、少年は王子の口に耳を寄せた。


「ぼくのかわりに、王子になってほしい。おねがい。きみならかならずできる。みんなとこの国と、王女を守って」


 それだけ言うと、王子は息をひきとった。少年は涙に暮れながら、穴を掘って王子を埋めて、小さな石を墓標(ぼひょう)にした。必ず迎えにくるよ、と誓いながら。


 こうして、少年は王子のよろいをつけたまま、王宮に戻っていった。


 王宮の近くまで来ると、少年はどうしようかと悩んだ。王子とはよく遊んだけれど、彼が王宮の中でどのように過ごしていたかは、しらなかったからだ。


 どこか、人に見つからないところから入って、王宮の誰かに助けてもらえないだろうか。少年がごそごそと、抜け道か何かないかと探していると、


「そこのあなた! なにをしているのですか!」と厳しい声が飛んできた。


 声のした方向には白と黒の服装をした使用人、つまりメイドが立っていた。きびしい表情で、少年をにらみつけていた。


 そして、目を一回ぱちくりさせると、


「王子さま? いえ、それならこんなところにはいらっしゃらない。あなたは、王子さまではありません。あなたは、誰ですか?」なんということだろう。王宮に入るまえに、たちまちばれてしまうなんて。


 メイドに手を引かれて、少年は王宮のいちばん端の部屋に連れてこられた。そして、落ちくぼんだ目をしている少年にあたたかい紅茶をいれてくれた。ひと息ついたところで、メイドはなにがあったのか聞かせてほしい、と言った。


 少年は出来事を包みかくさず話した。メイドは顔を真っ青にしていたけれど、少年を叩いたり責めたりすることはなかった。それは、彼女が王子を一番優しく世話していたメイド、つまりメイド長だったからだ。だからこそ、正体があっという間にばれてしまったのだ。


「なんということでしょう。なんとおいたわしいことでしょう。それに、あなたもすごく悲しいでしょうに、よくがまんして、話してくれました。わたしはあなたを尊敬します」


 思いがけない言葉に、少年は目を丸くした。


「しかし、あなたには王子として、『にせものの王子』だとしても、お役目をはたしてもらわなければなりません。国民と、国と、なにより王女さまを守るために。とても、つらいでしょうけれども」


「わかりました。がんばります。ただ、ぼくは遊んでいた時の彼しか知りません。だから、ぼくに『にせものの王子』になるためのことを、ぜんぶ教えてください。ぜったいに、かならず、やりとげてみせますから」


「ありがとうございます。わたしもせいいっぱいお手伝いいたします」


 メイド長は優しくほほ笑んで、少年を抱きしめた。少年は張りつめていた緊張がほどけてしまい、涙が止まらなかった。たいせつな親友を失ったことと、これからのことへの不安で、少年の心は張り裂けそうだったのだ。メイド長は少年が泣き止むまで、ずっと抱きしめていてくれた。




 その後、メイド長は小部屋にふとんやテーブルを運んできて、住みやすくしてくれた。


 そして少年はしばらくの間、身を隠すために、小部屋で暮らすことにした。さらわれたふりをするためだった。


 一か月ぐらいしてから、少年はメイド長に連れられて、王子らしくみえるように、なるべく堂々と胸を張って、王宮のみんなに話をした。


 実は、悪魔にさらわれてしまい、ついさっきやっと帰ってこれた。でも、そのせいで、王子としての力や魔法、知識や剣術をすべて忘れてしまったのだ、とごまかした。


 そのあと、少年は王子の願いを叶えるため、必死で勉学や剣術にはげみ、すこしずつ王子らしくなっていった。


 最初は文字を読むこともできなかったけれど、夜おそくまでランタンの下で勉強して、難しい本も読めるようになった。話し方も自然になり、訪ねてくる人にびくびくすることもなくなった。


 剣術は、騎士団長にけいこをつけてもらった。騎士団長は手加減せず、少年のからだじゅうを木の剣で叩いたり突いたりするので、毎日からだがあざだらけになった。けれどけいこのあとはかならずよかったところを誉めてくれて、魔法で傷を治してくれた。


 一番難しいのは魔法だった。なにしろとても難しい字で書かれた呪文を、正確に素早く読まなければならないからだ。少年はようやく字が読めるようになったばかりで、呪文を唱えるなんてとても無理だった。それでも、何度も舌を噛み、のどが枯れはてるほど痛んでもやめなかったおかげで、少しずつ、本当に少しずつだけれども、魔法を身に着けていくことができた。


 少年は、何もかも必死でやりとげた。その熱心さでからだやこころを壊してしまわないよう、メイド長は毎晩、少年の部屋を訪ねていた。元気なときもあれば泣いてしまうときもあった。それでも、少年は努力をやめなかった。それが、王子との約束だったからだ。




 ***




 ところで、けいこや勉強にはげむあいだ、少年は、なぜ王女に会わずに済んだのだろう?


 それは、王女がさまざまな国との友好を深めるため、ほかの国を訪ねてまわっていたからだ。


 そんな王女が、ついに国に戻ってくる日がやってきた。ふたりは結婚しているのだから、少年は当然、王女を出迎えなければならない。


 少年はメイド長から聞いていた通りのしぐさで王子のまねをして、王女をむかえた。王女は満面の笑顔で少年を抱きしめた。少年も王女を抱きしめた。周りのみんなは喜びの声をあげた。


 ばれていないのならよかった。少年は、王子のねがいを果たすことができそうだと安心した。


 けれど、王女がつぶやいた。「どうして、いつもみたいに力強く抱きしめてくれないの?」少年の胸がばくん、と跳ねあがった。


 そのあとも、王女は少年との生活のなかに、おかしいと思うところをたくさん見つけていた。


 パジャマを上から着るか、下から着るか。フォークとナイフの使い方のくせ。話すときのしぐさ。足音。そのほかにも、いっぱい、やまほど、前とちがうところが見つかった。


 王女は考えた。今の彼は、もしかして前の彼とは違う人なのかしら? 王女は何度も疑ってしまい、そのたびに大きな不安を感じた。


 けれど、そんなことは関係ないくらい、王女は彼の努力や優しさをみつけていった。


 王子は文字を読むのも、計算も、外国語も完璧にできるはずなのに、彼は一生けん命、真夜中まで勉強している。剣術だって、騎士団長より強かったのに、今はずっと弱い。それでも、彼はあざと砂まみれになっても、けいこをやめない。さらに、山盛りの仕事のあいだに、わずかな時間を見つけては街中に出て、みんなの悩みを聞いたり、子どもたちと遊んだりしている。自分が自由に使えるお金をすべて、街や国にある孤児院に寄付することまでしていた。


 彼は、自分に対してすごく、ものすごく優しかった。転んだ時にはすぐ抱き上げて、お医者さまのところにつれていってくれた。王女は雷がすごく苦手だったので、天気が悪いときはいつもびくびくしていたけれど、そのたびに彼は自分のあたまを抱きかかえて、雷の音が聞こえないようにしてくれた。


 彼は生き物に対しても優しかった。大きなハチが窓から入ってきたときはつぶしたりせず、剣の先でつついて追い払った。野良猫に自分のマントをちぎって寝床をつくってあげたりしていた。折れそうなバラに木をあてがったり、大きな花壇を自分で見て回り、水やりをしていた。


 王女はいつしか、彼のことをだいすきになっていた。それでも、王子のことはずっと忘れられなかった。


 もちろん、前の彼はおなじように勇敢で優しかった。そして、今の彼も努力家で優しい。けれど、けれど。なにかが違う。


 確かめるしかない。王女はそう決めた。


 ある夜、ふたりはベッドを並べて眠った。少年がすやすやと眠っていると、王女が少年のからだをゆさぶった。


「どうしたんだい? まだ真夜中じゃないか」


 王女は静かに、しかしはっきりと言った。


「あなたは、王子じゃないわ」


 少年はたいそうおどろいて、王女になぜわかったのかを聞いた。わかった理由は生活の中でのたくさんのおかしさや、彼の努力や優しさなど、たくさんのことがを見聞きしたからだ、と言った。そして間違いなく別人だと気づいた理由は、青いひとみの奥だった、と告げた。


 王子のひとみの奥は、星が散っているようにきらきらしていたが、少年のそれは、あかるくかがやく太陽のようだったのだ。


「ごめんなさい、あなたのいうとおり、ぼくはきみがだいすきだった王子じゃないんです」


 少年はベッドの上で、王子との約束を話した。王女は少年のことばを黙って聞いた後、顔を伏せて泣きだし、しゃくりあげながらぼろぼろと大粒のなみだをながしつづけた。


「ごめんね、ごめんなさい。王女さま、あなたを悲しませるためにしたことじゃないんです」


「わかっているの。彼の気持ちも、あなたの気持ちも。あなたがわたしやみんなのために努力してくれて、優しくしてくれたことも。それでも、悲しくて、うれしくて、どうしていいか、わからない」


 少年は、王女をだきしめて、何度も謝りながら背中をさすり続けてあげた。


 ようやく泣き止んだ王女は、手を握って一緒に寝てほしいとお願いしてきた。


「ぼくなんかでいいのですか? ぼくは『にせものの王子』なのに」


「あなただから、一緒にいてほしいの」


 少年と王女が一緒にふとんにはいり、中で手をつなごうとしたそのときだった。


 ばきばきばき、と部屋のドアが壊されて、よろいを着込んだ騎士たちが何人も部屋になだれ込んできた。


 おかしい。王女と王子の部屋に、騎士や家臣が許しを得ないで入るなんてありえないことだ。


 少年が月明かりの下、騎士の顔を見ると、それは騎士などではなく、王子を殺したどろぼうだった。


「おひさしぶりというやつだな、こぞう! ようく考えれば、国でいちばんの金持ちはあんたたちだ。あんたたちを人質にして、金を巻き上げてやる!」


 けがらわしい物言いに少年の心に、ものすごい復讐の炎が燃えあがった。けれど、王子が息絶えるとき、「みんなを守って」と王子は言っていた。少年は王女をベッドの下にかくまい、守るための戦いをするために剣を抜いた。


 騎士団長にきたえられ少年が覚えた、素早く、かつ力強い剣さばきで、少年はどろぼうたちの手や足を切りつけ、戦うことができないようにした。少年のあざやかな剣術に、どろぼうたちはその場にへたりこんで降参した。


 残っているのは、王子を殺したどろぼうの頭目(とうもく)だけになった。


 おまえだけは、ぜったいにゆるさないぞ。


 少年はふたたび怒りの炎をたぎらせるが、はっと王女のことを思い返した。


 もしここで自分が人を殺して血まみれになってしまえば、王女はいまよりもっともっと悲しんでしまうにちがいない。


 そう思った少年は、剣を(さや)に納めると、そのまま鞘で頭目の首筋を打ち据えて気絶させた。


「王女さま、もう安心です、出てきてください」


 王女が恐る恐るベッドの下から出てきた。王女は、少年の腕から血がにじんでいることに気づいた。王女は、自分のパジャマのすそをやぶって、少年の腕の傷を手当てした。


「ありがとうございます」


「ううん、お礼を言うのはわたしよ。守ってくれてありがとう」


 その後すぐに、どろぼうたちは本物の騎士団により逮捕された。あのどろぼうたちは悪いことをして国を追い出された騎士のなれのはてで、抜け道を知っていたらしい。騎士団長が床に手をついて謝るのを、少年は必死に止めた。


 次の日、少年は王宮の偉いひとたちの前で、すべてを話した。王子が殺されてしまったのは自分が思いついた遊びのせいだ、とも。


 あまりのことにおどろきをかくせない偉い人たちは、明日まで時間が欲しい、と言った。とてつもない出来事なのだから、無理もないことだ、と少年は思った。


 夜、王女は自分のベッドで一緒に寝てほしい、とおねがいした。少年は一緒にいられる最後の夜になるかもしれないと思い、言われたとおりにした。一人用のベッドなので、ふたりはせまくるしく、ぎゅうぎゅうになっていたけれど、それがとても心地よかった。


 少年は、ひどいうそをついて、たくさんのひとをだましたのだから、死刑になっても仕方ないと言い、うつむいた。


「いままでありがとうございます。『にせものの王子』だったけれど、あなたを守れてよかった。でもきっと明日、おわかれですね」


「そんなこといわないで。あなたはわたしの王子、ふたりめの王子よ。ずっと、あなたのすがたをみてきてわかった。わたしはあなたがだいすき、たいせつなの。あなたは一生けんめいで優しい、『ほんものの王子』なのよ」


 お互いをたいせつに想いながら、ふたりはぎゅっと抱き合って眠った。


 朝、自分で着替えようと思った少年と王女の部屋に、メイドが何人もやってきて、ていねいに身なりを整えてくれた。そして、大広間に来てほしい、とも言われた。罰を受けるため、ボロボロの服かなにかを着ろと言われるかもしれないと思っていたので、ふたりはきょとんとした。


「どういうことでしょうか?」「とりあえず行ってみましょうよ。怒ってはいなかったし」


 不思議に思いながら、少年と王女は手をつないで、言われたとおり大広間に向かった。


 そこにはおどろくべき光景が広がっていた。騎士団長を一番前に、騎士や兵士、家臣、メイドが規則正しく、ぴしりとならんでいた。


 そして、騎士団長が高らかに宣言した。


「王女さまと、新たな王子さまに、敬礼(けいれい)!」


 騎士団長が号令をかけ国旗をかかげると、その場に並んだすべての人が深くお辞儀(じぎ)をした。


 ふたりはなにが起きているのかわからず、ぽかんとしてしまった。そのあと、先に口を開いたのは王女だった。


「よかった、よかった! あなたは、だれにもきらわれていないし、うそつきだなんて思われていないのよ! あなたは『ほんものの王子』なのよ!」


 王女が少年の手を取って、とんでもない大声で、喜びいっぱいにはしゃいだ。


 騎士団長は階段をゆっくりと上がってきて、ふたりにほほえんで言った。


「王子さま、われわれのこの姿が、話し合いのすえに決めた、わたくしたちの想いです。全員、誰一人として、違う想いの者はいません。これからも、いのちをかけてお仕えいたします。王女さま、王子さま」


「ありがとうございます」少年もほほ笑んで言った。


 メイド長も静かな足取りでこちらにやってくると、


「これからも、お世話させていただきますね」


「よろしくおねがいします」少年はうるんだひとみで言った。


 王女は、少年にぎゅっと抱き着きながら、何度も少年のほほにキスをした。


 こうして、少年は『ほんものの王子』になった。




 ***




 少年が王子になって最初にしたことは、ほんとうの王子のなきがら(死んでしまったひとのからだ)を迎えに行くことだった。


 兵隊たちが止めるのも聞かず、服が汚れるのもかまわず、少年が土を掘ると、そこには服のきれはしがあるだけで、ほかにはなにもなかった。


 みんなみんな、土のなかに消えていってしまったのだ。少年は「そんな! そんな!」とさけび、ぼうぜんとした。


「ぼくがうすのろでなくてもっと早くこれたらよかったのに!」少年はあたまを地面にこすりつけて謝った。


 そのとき、少年はひとつだけ残っているものを見つけた。


 それは、いつだったか一緒に遊んだ時に、ふたりでつくったペンダントだった。ガラス瓶のかけらと鎖でつくった、おもちゃのようなペンダント。それをにぎりしめて、少年は気づいた。


「ありがとう、きみは、ぼくを待ってくれていたんだね」


 彼は死んでしまったし、なきがらもないけれど、消えてなんかいない。自分や王女、みんなの心の中に生き続けている。


 自分も、王子として一生けん命生きていこう。少年は、決意を深くこころに刻み込んだ。


 その後、王宮のとなり、花がたくさん咲き、整えられた生け垣につつまれた場所に、王子のお墓がつくられた。お墓の中には、少年と王子の友情のあかし、ガラスのペンダントがおさめられた。


 少年と王女は、毎日お墓を丁寧に掃除して、いろいろなお話を聞かせた。王子からの返事はもちろんなかったのだけれど、きっと喜んでくれているはず、と思った。


 ある日の夜、王女と少年は、部屋でランタンをつけて、静かにたいせつな話をした。


「わたし、彼がいちばん好きか、あなたがいちばん好きか、やっぱりわからない、決められない、決めたくない。どっちも大切なひとだから。こんなわたしだけど、それでもいっしょにいてくれる?」


「もちろんだよ。ううん、ぼくもいっしょにいたい。いさせてほしい。ぼくと、ぼくのなかにある彼のこころといっしょに、きみと生きていきたい」


「愛してるわ」「愛してるよ」


 月明かりのなか、ふたりはそっとやわらかくキスをすると、となりあわせにしたのではない、ぎゅうぎゅうのベッドでもない、おおきなベッドの中で、抱き合って眠った。


 翌朝、明るいひかりのなか、王女が先に目をさました。彼女は、すぅ、すぅ、と寝息を立てる少年のほほにキスすると、彼が目をさまさないように小さな声で、愛の言葉をささやいた。



 ***



 こうして、にせものの王子はほんものの王子になり、ひとりの王子はふたりの王子になった。


 やがて、王女と少年のあいだに、元気で優しい女の子や、いたずら好きでたくましい男の子など、たくさんの子供が生まれた。国はさかえ、幸せな毎日がつづいた。




 ある日、こどもたちのお世話をする王女を残して、少年はお墓のわきに座って、青空を見上げていた。


 子どものころを思い出す。少年は胸に手をあてて、彼のこころを聞いてみた。


 すると、太陽がきらめき、さわやかな風が吹き抜け、花がおどり、木々が歌った。






 少年は思い出した。初めて彼と自分が出会ったのも、こんな穏やかな日だったことを。




(王女とふたりの王子 おしまい)

このお話が、あなたの幸せのひとかけらになりますように。


愛をこめて 翠野ライム

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読んでいて胸がじんわりと温かくなりました。 ストーリーの美しさもさることながら、幼い王子の設定に寄り添うような、優しく柔らかい文体も印象的でした。不束ながら私も少し執筆をしている身ですので、作者様も「…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ