1話
眼の前に死体がある。僕達は見知った人物が生きていない事はすぐに分かった。何故なら首が胴体と離れていたからだ。教室の死体の周囲は血で染まっており凄惨な事件がここで行われた事なのだと嫌が応にも理解させられた。
『7th ヒロイン』の世界観は平和でこのようなルートはなかったはずだ。そんな事を考えても目の前の光景は変わらない。なんでこんな事になってしまったのだろう。
事件が動き出したのは思えば数日前のことである。
僕は今から三ヶ月前に『7th ヒロイン』のゲームに転生してしまった。突然こんな事を言い出したら大抵は頭を打ったのかと心配されることだろう。しかしそうとしか思えないのだ。
そもそも『7th ヒロイン』とは恋愛シミュレーションゲームの事ある。どんなゲームなのかというとゲームのタイトルにもなっている『7th ヒロイン』と呼ばれる7人の美少女達との日常を描いた作品である。天王寺学園に通う主人公である菊地正人がヒロインの好感度を上げて付き合うというのが大まかな流れとなっている。
そして何故僕がその世界に転生してしまったのかは分からない。目を覚ますと僕は主人公の菊地正人となっていたのである。当然最初は状況が飲み込めず理解が出来ていなかったが部屋を出て見覚えがある人物がそこにいた。菊地正人の母親、菊地陽子である。『7th ヒロイン』の登場人物が目の前にいてこれはなにかの夢なのではないかと思ったが陽子に事情を話していくとどうやら自分の状況が分かってきたという次第である。
元々、僕が『7th ヒロイン』のユーザーであることも幸いした。自分がゲームの世界にいることが分かったからだ。そうでなければ知らない人間に生まれ変わって知らない世界で生きていかなければならなかったことだろう。
「ボケっとしてどうしたのよ」
登校中、並んで歩いていた月野朱音が話してかけてきた。僕が転生したばかりの時の事を思い出していた為にボッーと歩いていたためだろう心配してくれたみたいだ。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ」
「ふ〜ん、それならいいんだけど」
彼女は月村朱音、正人の幼馴染でありヒロインの一人だ。僕は転生してから三ヶ月間をかけて彼女との好感度を上げている。彼女の趣味嗜好などゲームでの知識をふんだんに活かし今では一緒に登校するまでになっている。
「まあ、そんな事はどうでもいいけど来年は受験なの憂鬱よね」
「月野は勉強苦手だもんね」
僕達は高校二年生ということもありこのような話になる。そして今は七月だが周りも本気で進路のことについて考えているようだ。四月に転生してはや三ヶ月、僕は今後どのようになっていくのだろうか。ヒロインの誰かと結ばれた時に僕は元の世界に帰ることになるのだろうか。そもそも元の世界の僕は生きているのだろうか。誰かと結ばれたとしてもその後もこの世界で生きていく事になるのだろうか。
「むう、正人ってそんなに勉強出来たっけ?」
「はは、勉強したんだよ」
本当は前の世界での知識があるから高校の授業くらいなら解けるからだったがそんな事は言わないし言ったところで信じないだろう。そんな他愛のない話をしながら歩いていたら僕達が通っている天星学園に到着した。校門から校舎にかけて左右に桜の木が植えてあり春になると綺麗な花を咲かせていた。校舎は年季が入っている普通の校舎といった感じである。下駄箱で上履きに履き替え階段を登り僕達のクラスである2−Aの教室に入っていく。
「ま〜さと、おはよ」
教室に入っていくなり横から肩を叩かれた。僕は誰か察していたが叩かれた方を見ると不知火橙叶が立っていた。
「不知火、今日も早いね。部活?」
「そうそう、県予選も近いし、疲れたよ〜」
不知火橙叶、僕と同じ天星学園2−Aの生徒でバレー部の部長兼エースであり活発な女の子である。彼女も『7th ヒロイン』の一人だ。
実を言うと2−Aには『7th ヒロイン』七人全員在籍している。月野朱音、不知火橙叶、水野黃華、木村藍梨、金丸紫乃、土田青葉、日野緑里だ。
彼女たちの苗字には必ず七曜の文字が入っている。月火水木金土日の七人で『7th ヒロイン』というわけである。
「邪魔なんですけど」
不知火と話していると後ろから声をかけられる。振り向くと綺麗な黒髪をなびかせた美少女が立っていた。確か、天王寺楓だった気がする。
「ごめんなさい」
彼女の圧に萎縮した僕は潔く道を開ける。今、思えばこれが彼女と話した最初の会話だったように思う。
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