眠りの森最終攻略5
その記憶の再生が終わると周囲の音が徐々に大きくなり、現実世界に引き戻された。
いやここは現実世界ではなく、ゲームの世界か。
「ハジメさん?良かった、まだ生きてる!」
意識が戻ってくるとアリスは涙目になりながらも俺の体を支えていた。
どうやらアリスは意識がない間も俺を介抱していたらしい。
周りではアリスのお手製の擬人化スライムが災厄の魔女と熾烈な戦いをしていた。
全ての記憶が戻った。そして分かった。
なぜ、魔法石に近づくと頭の中に声が響くのか。
『ずっと一緒だよ』
あれは現実世界の、中学校の頃のサキと俺との約束だったんだ。
「ハジメさん、私も記憶が戻って来て。いや、その前に無理に立ち上がったら体に良くないですよ!」
「サキ・・・」
俺は全身の痛みに顔を歪め、よろめきながら立ち上がった。
お前はこの状況をどこかで見てるのだろうか。
いや、見てなかったとしても。
今はお前だけに向けて話したい。
息を吸い込むと肺が痛んだが、そのまま叫んだ。
「サキ、俺も、もっと一緒に居たかった!お前と一緒の学校に行きたかったんだ!俺も現実でもゲームでもずっとサキと一緒に居たかったんだ!あのときからずっと、俺は!」
体中の空気を吐き出すかのように力の限り叫んだ。
何も考えず行動した過去の自分に対する後悔とか、この世界のどこかにいるサキに届くようにという微かな希望とか。
幾多の感情が混ざり合って口からそのまま勝手に出ているみたいだ。
ダンジョンに声がこだまする。
しかし、ダンジョンに響くだけで何も起こらない。
「次は何をするかと思えば、とうとう気でも狂ったか?」
魔女は既に擬人化スライムを葬り去ったようだ。
ゆっくりとアリスと俺が倒れている近くまで迫ってくる。
「魔女に関わったが最後、どうなるか教えてやる」
そう言うと災厄の魔女は魔法の詠唱を唱える。
俺とアリスは身を寄せ、目を閉じて死を覚悟した。
「愚かなる冒険者よ、その身をもって・・・」
魔女の詠唱の後に、突如として訪れた無音。
いくら待っても災厄の魔女から魔法は放たれることはなかった。
目を開けると魔女の詠唱はキャンセルされ、やがてダンジョンの天井から眩ゆい光が降り注いでいた。
眩い光の中から見慣れた人影がゆっくりと降りてくる。
その姿はまるで荘厳な宗教画のようだった。
「ハジメ、あんたは気づくのが遅すぎる。あとそんな恥ずかしいこと大きい声で言わなくていいから」
真っ白な髪と呆れた表情を携えて、紛れもなくサキが現れた。
「サキ、お前」
「何もしゃべらないで。今まで気づかなかった鈍くさ中二病シーフ君はそこで黙っててください」
サキはいつもの調子で言い放つと、手のひらを広げ魔女へと向ける。
「女神の導を迷える子羊に与えん。ガイディングライト」
サキが詠唱するとその階層には強烈な光が溢れ出す。
その光は魔女の禍々しい悲鳴を伴って切り裂く。
やがてその断末魔の叫びはフェードアウトして魔女の体は跡形もなく無に帰った。
しかし、魔女が消えたのにサキが掲げた手から光が途絶えることはない。
それどころか光の量は増しダンジョン全体に満ち溢れた。
「ハジメさんが呼んでますよ、サキさん!」
「サキ、俺が間違ってたんだ、待ってくれサキ!」
サキは俺たちの呼びかけには答えずに「じゃ、そういうことで」となんでもないように笑いかける。
溢れ出る光は俺たちの手元まで充満し、もはや目の前が見えなくなった。
「ハジメをよろしくね、アリスちゃん」
「待ってくれ!サキ!」
「サキさん!」
俺たちの呼びかけも虚しく、この世界は再び光に包まれた。