八十六の道 長閑なダンジョン
フェルマ牧場の中央。腰に届く程に生い茂った草むらの中に、ポッカリと空いた広場。そこにダンジョンの階段はあった。
それを見下ろすのは俺とケイネス、それにサゲンとラベクの四人。当初の予定よりも日は高くなってしまったが、俺達はこれからダンジョンに潜るのだ。
まぁ正確に言えば、このフェルマ牧場自体がすでに農場ダンジョンの一階層だったりするから、この階段の下は農場ダンジョンの二階層なんだがな。ダンジョンの一階層が丸々外に出てるってのは、冷静に考えれば凄ぇ事だよな。
「この草むらは手伝いをしていた時に見ていたが、階段があるとは気付かなかったな。隠してるのか?」
「一応ね。でも、ギルドに紹介された冒険者人達とか、ダンジョンに入った事がある人達は知っているから、あまり意味はないかもね。でも、知らないと意外と気付かないでしょ?」
「確かにな。実際、俺は気付いてなかったぜ」
「ふふ。じゃあ行きましょうか。四階層までは安全だから安心して。子供達でも、よく行ってるくらいだもの」
草むらの中の階段を降りると、そこは農場ダンジョンの二階層だ。
…………いや、その筈なんだがな。目の前に広がるのは、広い野菜畑でしかない。
人参やらネギやらキャベツやらキュウリやら、季節なんか関係ないとばかりに様々な野菜が実っている。ひどく長閑な風景は、ここがダンジョンである事を忘れてしまいそうな程に平和だ。吹き抜ける風も心地良いし、なんならピクニックに使えそうだぜ。ダンジョンなのにな。
「牧場にも小さな畑はあったが、あの食事の量はには足りないだろと思ってたんだ。こういう事だったのか。ここから、野菜を収穫していたんだな」
「あっ、不用意に近づくと…………!」
何気なく近くに生っていたトマトに顔を寄せると、トマトの枝や蔦が纏って棒状の人型になった。
俺の側で人型になったトマトの木に、サゲンとラベクが武器に手を掛けたが、俺は手を向けてそれを制した。
『……………………(スッ)』
「ん? くれんのか。ありがとよ」
棒人間になったトマトの木が、自身からトマトを一つもいで俺に差し出したので、俺は礼を言って受け取り、さっそくかぶりついた。…………おお、しっかりしたトマトで美味いな。俺はどうもフルーツトマトとか、フルーツだの甘いだの謳ってる野菜は好きになれねぇんだよな。こういうしっかりした野菜の方が好きだぜ。
俺が貰ったトマトにかぶりついた事に満足したのか、トマトの木が元の状態に戻る。何となくそうじゃねぇかと思っての行動だったが、どうやら本当に、自分に生るトマトの実を食って欲しかったらしいな。
「ふぅ。良かった、攻撃しないでくれて」
「敵意が全く無かったからな。ここの野菜はアレか、みんなモンスターなのか?」
「うん。『ベジタブル・ツリーズ』って言って、色んな種類がいるけど実は全部同種なの。攻撃しちゃうとすぐに逃げて、しばらくは姿を見せなくなっちゃうんだよね。動き出したら、さっきのリューマみたいに野菜を受け取るのが正解なの。あ、ヘタはその辺に捨てて大丈夫だよ。ダンジョンだからすぐに吸収されるから」
ベジタブル・ツリーズねぇ。ちょっと何を目的としてるのか意味が解んねぇ存在だが、人に無害だって事だけは解ったぜ。
「…………あれ?」
「どうかしましたか、サゲン様」
「いや、あそこの一帯だけ、ポッカリ空いてるなと思ってさ」
サゲンとラベクの会話が気になり、サゲンが指を指している方向を見る。なるほど、確かに一カ所だけ空間が空いている。しかし、何か植えてあった跡だけはあるな。
「あれ? 本当だ。あそこに居たベジタブル・ツリーズが逃げてる…………。収穫の時、何かぶつけたりしちゃったのかな…………?」
そんな事を呟いている所を見るに、ケイネスも知らない出来事が起きた様だな。あそこに何のベジタブル・ツリーズが居たのかは知らないが、そいつらが一斉に逃げる何かがあったのだろう。
他の野菜に影響が及んでいないから、ケイネスの言う通り収穫の際の事故かも知れないが、考えても解らねぇな、こいつは。
「ちなみによ、あの場所には何が植えてあったか覚えてるか? ケイネス」
「うん。あの区画に居たのはトウモロコシのベジタブル・ツリーズだった筈だよ。トウモロコシは、ウチの子達の大好物だから、しばらく食べれないって知ったらガッカリするだろうなぁ」
トウモロコシか、そりゃ確かに食ってみたかったな。祭りの屋台なんかで売る焼きモロコシは、俺の好物なんだよ。
ただ、そうなると醤油とバターは欠かせねぇ。バターは牧場でも作っているのを知っているが、醤油はまだ見てねぇな。ここの畑に大豆でもあれば、醤油が、何なら味噌もある可能性が出て来るんだが。
「うーーん。考えても解らないし、トウモロコシ達もしばらくしたら戻って来ると思うから、先に進もうか。今回は収穫が目的じゃないし…………」
「そうだな。ケイネス、階段の位置は分かるんだよな?」
「うん。コッチだよ」
一応、ギルドから貰ったこのダンジョンの情報に、は地図もあるんだが、序盤はケイネスの案内で行けそうだな。確かこのダンジョンは、四階層までは安全に行けるダンジョンだった筈だ。せっかくだから、そこまではケイネスに案内して貰うとするか。
俺達は様々な野菜が実をつける畑の間にある道を通り、時折近くのベジタブル・ツリーズから野菜を受け取ったりしつつ二階層を抜けた。
ちなみに受け取った野菜は、全部俺のマジックバッグの中に放り込んだ。これらの野菜は、後でおいしく頂くとしよう。
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