五十三の道 和装の骸骨
図書館の裏手には、そこそこに広い裏庭がある。俺はてっきり憩いの場なのかと思っていたのだが、それは違った。
この図書館には領主や夫人のエルザレスのツテで多くの本が集まるのだが、その中には稀に危険な本がある。
ここは、その危険な本を処理したりする為の場所だそうだ。だから、二メートル程の壁に囲まれた空間になっている。だが屋根は無い為に空は大きく見え、夕日に照らされた雲が流れていた。
「ここなら多少派手に暴れても大丈夫だ。上は空いているが、結界が張ってあるから問題ない」
「そうか。なら遠慮なくやらせて貰うぜ。図書館に被害が出ない程度にな。おい亡霊、戦う方法ってのを見せろ。それでウルミに被害が及ぶと判断されたらそこで終わりだ」
『承知しています。…………ウルミ殿、力をお借りします!』
ウルミに取り憑いたイエモリが両手を合わせ、何事かを唱えるとウルミの前の地面に円形の模様が広がり、その中心から人間の白骨が出て来た。
「そうか、ウルミ君の死霊魔法を使うのか」
「なんだ、あれも魔法か?」
「そうだ。ウルミ君は死霊魔法の中でもスケルトンを扱う術に長けている。あの白骨は、ウルミ君の死霊魔法で作り出された魔力の塊だ。亡霊が自分の体とするのに、あれほど適した素材も無いだろう」
実際の白骨死体じゃなくて魔法なのかよ。だとしてゾッとする魔法だな。魔法にはあんなもんまであるのかよ。
ウルミの前に出て来た白骨の前にイエモリが封じられた本が浮かび、そこから一振りの刀が出て来た。
白骨は刀を掴み、その鍔を親指でグッと押して鯉口を切る。すると刀から漏れ出た大量の魔力が白骨を包んだ。
すると白骨は羽織袴に烏帽子を被った姿になり、ウルミから溢れ出た黒いモヤが白骨の中へと入り込んだ。
その瞬間、ウルミは力が抜けた様に崩れ落ち、俺の前には、意思をもった白骨が刀を左腰に差しながら歩み寄って来た。ああ、これならウルミを巻き込む事もねぇだろう。
『お待たせしました。これで拙者の準備は整い申した』
「そうかい。オルーガ、ウルミを頼む」
「任せておけ」
オルーガはウルミを背負い、少し離れた場所でウルミを下ろすと、立会人をするべく再び戻って来た。
「よし、じゃあやるか」
『…………リューマ殿。貴殿が強い事は十分に承知しておりますが、武器もスキルも使わないおつもりか…………?』
「心配するな。俺は元々ゲンコツの方が得意なんだよ。あと何だ、スキルだと? はっ! 使わせてみろや!!」
意図的に挑発的な言葉を吐き、俺は拳を構えた。ここまでナメられるのは流石にカチンッと来るのか、和服の骸骨は何も言わずに腰を落とし、納刀されたままの刀の柄に骨の手をそえた。
…………居合斬りか。なるほどな、速さに自信がある訳だ。なら、その自信をへし折ってやるぜ。
俺は首の骨を鳴らすと、一歩ずつイエモリに近づいていった。
居合斬りってのは間合いが全てだ。待ち受けて放つ居合斬りは、相手が間合いに入らなければ斬る事が出来ないが、その代わり極めれば神速の一撃を放つ事が出来る。
俺も日本にいた時分に何度か日本刀を使う奴と喧嘩した事があるが、日本刀使う奴ってのはこの居合斬りが好きなんだよな。何の修行もしてねぇ奴の居合斬りってヤツは、本当にお粗末な代物だ。
だが、そんな奴らの中にも本物はいた。本物は、マジで速ぇ、刃が抜かれたのを見た瞬間にはもう斬られているってのが、本物の居合斬りだ。
加えて、コイツらには魔法なんて力まである。俺はあのクソ馬とも戦ってるからな、何となく解るぜ?
お前が風使いだって事もな!
構えを取り続けるイエモリの気配が張り詰め、周囲に僅かに流れていた空気の流れが一瞬止まったのを感じた瞬間、俺は一歩分後に跳ね、同時に地面を蹴って上に跳んだ。
一歩分下がったのはイエモリの居合斬りを避ける為、上に跳んだのは振り抜かれた刃を追う様に飛んで来た風の刃を避ける為だ!
事実、俺が下がった瞬間にはイエモリの刀は振り抜かれており、俺が跳んだ後には、背後にあったちょいと背丈の長い草が切れたのが見えた。
初見で俺に居合斬りを躱されたイエモリは、その空洞でしかない筈の眼窩を歪ませたが、すぐに刀を鞘に納め、再度居合斬りの姿勢を取った。
俺は風の刃を跳んで躱している為に、その体は僅かに前に出ている。地面におりれば、そこは既にイエモリの間合いの内だ。そこを狙うつもりなのだろう。
初手を躱された動揺を瞬時に抑え込み、相手が躱せないタイミングを狙い撃つ。
その考えは間違ってねぇ。そのタイミングなら大抵の奴なら斬られるだろう。俺みたいな例外を除いてだがな!
『疾っ!!』
「フンッ!!」
俺の爪先が地面に触れた瞬間に放たれる神速の居合斬り。だが俺は、一度それを見ている!
放たれた居合斬りの刃を、俺は跳ね上げた脚と振り下ろした肘で挟み止めた!
「『なにっ!?』」
そして俺達は同時に驚愕し、同じ様に後ろへ跳んで距離を取った。
イエモリの驚愕は神速の居合斬りを止められた事、俺の驚愕は今の一撃で刀を折れなかった事だ。
『…………よもやそんな方法で止められるとは。流石に肝が冷えましたよ。この姿にも関わらず、冷や汗すら感じる程に』
「俺も驚いたぜ。今のは居合斬り用に編み出した俺の奥義の一つなんだがな。アレで折れなかった刀は初めてだぜ」
俺はニヤリと笑い、上着とシャツを脱ぎ捨てた!
「ナメてて悪かったな。お前は間違いなく、俺が出会った中で最強の剣客だ、イエモリ!!」
『…………認めて頂いた事には感謝しますが、これで終わるのは未練があります。正面から、斬らせて頂く!!』
刀を上段に構えるイエモリを見て、俺は気合いを入れ直して構えを取った。
「一応言っておくぜ。今、スキルを使わねぇのはよ…………」
『承知しております!』
「へっ、野暮だったな。…………来い!!」
俺の気迫に反応して、イエモリが二人の間にあった間合いを一瞬で詰め、刀を振り下ろして来た。
感覚が張り詰め、ゆっくりと流れる時間の中で迫る刃を見ながら、俺は体を回し、眉間まで迫った刃を持つイエモリの腕を右手で押し外し、そのまま体を反転させて刃を振り下ろした形のイエモリの横を抜けると、体を回した動きを乗せ、左肘でイエモリの後頭部を打ち抜いた!!
『がっ!?』
頚椎を破壊され膝をつくイエモリの前に、ゆっくりと首から外れた髑髏が落ちた。
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