五十一の道 亡霊のサムライ
重苦しい気配を放つ倉庫の扉を開けて中に入ると、積まれた木箱や物が乱雑に入った棚の間で、ウルミが胡座をかき、両拳を床について頭を下げていた。
日本の時代劇でも思い出す形だが、やってるのは少女だし、その形を取るウルミの斜め上には、何やら気配を放つ本が浮いていた。原因はアレだな、間違いねぇ。
さて、どうするか。あの本を燃やすのは難しくねぇが、それをやってウルミにどんな影響があるのかが解らねぇ。あの本に操られている事は確実だろうからな。
『レンゴク=リューマ殿とお見受け致します! どうか一つ、拙者の話を聞いて貰えますよう、お頼み申し上げます!!』
…………声はウルミの物だが、その言葉は随分と時代劇じみてやがる。しかもこいつ、俺の事を知った上でやってるのか。
「話だぁ? てめぇそのナリでよく言えるな? 話を聞いて欲しけりゃ、まずウルミの体から出てけ。そしたら燃やす前に話ぐれぇ聞いてやるよ」
『本を燃やすならば、存分にどうぞ。もう数日で朽ち果てる物ですので。そして、拙者はこの少女に危害を加える気は毛頭ありませぬ。こうしなければ、話しが出来ない程弱っておるのです。どうか今しばらくのご容赦を…………!』
頭を下げたまま、そんな事を口にするウルミの中の誰かだが、確かに悪意は感じねぇ。やってる事は最悪だが、その言葉から感じるのは焦りだけだ。
…………ただの勘だが、コイツの本体であろうあの本が数日で朽ち果てるってのは、たぶん本当だろう。
「つまりアレか? 俺と話す為にウルミの体を使っていると? …………誰だテメェ? 俺には本の知り合いなんかいねぇし、そもそもなんで俺の事を知ってやがる?」
『話を聞いて頂けるのですか?』
「ああ聞いてやる。ただし、その娘の体に何かしたら、その瞬間に本を燃やすぞ」
『承知しました。ありがとうございます!』
俺はウルミと本を連れて作業部屋に戻り、二人分の茶を淹れるとウルミと対面になる様に座った。
「茶だ」
『かたじけない。頂きます』
警戒する俺の前で、ウルミに取り憑いた何かはカップに入った紅茶を一口啜り、身を震わせ長く息を吐いた。
『ふぅぅ〜〜…………。よもやこうして、また温かい茶を口にできる日が来るとは…………。良い冥土の土産になり申した』
「茶を堪能しているところ悪いが、あまり時間を掛けたくねぇ。話を聞かせろ。まず最初に、テメェは何だ?」
俺が問いただすと、ウルミに取り憑いた何かは背筋を伸ばして名乗った。
『拙者、フジツカエ=イエモリと申します。七百年程前までは人間の武士でした』
「武士…………か。気になってたんだが、お前日本人か?」
『ニホン…………。 いえ、拙者は違います。ですが、祖父がそうであったと聞いております。拙者の所作は、祖父より伝えられた物です』
日本人の子孫って事か。日本からこの国に来たのは俺だけでもないらしいな。…………しかし、この喋り方に武士ときたか。って事は、コイツの祖父ってのは戦国時代の人間か? いや、そんな事は置いておこう。今はウルミが最優先だ。
「で、話ってのは何だ? 俺に何かやらせてぇ事でもあんのか?」
『はい。単刀直入にお頼みします。拙者の力を、リューマ殿に使って頂きたいのです!』
「…………はぁ?」
ウルミに取り憑いたイエモリとか言う武士は、それから自らの事を話し始めた。
始まりは七百年も前の話だ。イエモリは妻と二人の子を養う父親だった。この国とは違う、遥か遠い地にある今は既に滅びた国で、充実した日々を暮らしていた。
転機が訪れたのは、本当に唐突だったそうだ。ある一人の得体の知れない男が、その国に現れた。
その男は漆黒のローブを纏ってフードを深く被っており、顔は何故かよく見えなかった。ただ真っ白な肌を持ち、その顔には真っ赤な眼が三つあったのは確かだった。
そしてそいつは、唐突に殺戮を始めた。
多くの者が殺されていく中で、イエモリは大切な物を護る為に仲間達と共に戦った。だが敵は強く、その手に持つ禍々しい魔剣により、イエモリを含む全員が、一刀の元に斬り捨てられた。
命まで届く斬撃だったのは間違いない。だが、何故かイエモリ達は即死はしなかった。その敵が、狙ってそうしたかの様に、斬り捨てられた全員が辛うじて命を繋いでいた。
地獄は、そこからだった。
敵は、イエモリ達の前に何の罪もない民を並べ、一人一人数える様に殺し始めたのだ。
殺されるのは、イエモリ達もよく知る人々、そして彼らの家族だった。
悲鳴と、慟哭と、怨嗟の声が重く響く中で、仲間達が憎しみを抱いて死んでいく。敵はその様を、赤い三つ眼を歪めて愉しそうに眺め、仲間達の魂は敵が持つ魔剣に引き寄せられ、喰われていった。
全ての人々が殺され、イエモリの命も尽きようとしていた時、大地を震わせる様な声が響いた。
それは、稀に国の上を飛んでいくドラゴンの咆哮だった。
途轍もない凶行に走った敵でもドラゴンは恐ろしいのか、敵はイエモリが死ぬ前に何処かへと消えていた。
イエモリは自らの命が尽きるまで慟哭し、赤い三つ眼の敵を憎んだ。そうして気がつけばイエモリの魂は、自分が使っていた刀に取り憑いていた。
時が経ち、刀となったイエモリは自らを振るう持ち主と共に赤い三つ眼の敵を探した。深く強い恨みはやがて刀を変質させ、呪いの刀となった後はモンスターと化し、自我を無くして暴れ回った。
そして長い年月の果てにとうとう倒されたが、モンスターとまでなった呪いの刀は恨みが強すぎて消滅せず、最後は魔本に封じられた。
『魔本に封じられた事で、拙者は自我を取り戻しました。それから七百年、様々な場所を渡り歩いて今に至るのですが、この魔本にも、とうとう朽ちる時が来ました』
魔本が朽ちれば、自分も一緒に消え去るのかも知れない。だがそれでも尚、あの赤い三つ眼が憎い。七百年の時を経ても、今だ変わらず赤い三つ眼が憎い。
『ただ恨みだけが募る日々。そんな時に、拙者はリューマ殿の事を知ったのです』
イエモリが俺の事を知ったのはその時だ。イエモリは俺を、オルーガが書いていた報告書から知ったのである。
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