幕間 イーレッド=サゲン
(俺は、どうしょうもない馬鹿だ)
龍馬との決闘騒ぎでラベクが駆けつけて来たのを見て、サゲンは心の底からそう思った。
ラベクは、今でこそサゲンの護衛役としてサゲンと共にいるが、元々はサゲンの兄『イーレッド=ウガル』の側近であり、仲間であり、親友だった男だ。
イーレッド=ウガル。サゲンの兄は、とても優秀な青年だった。槍術と魔法に優れ、生まれながらに『聖騎士の素養』と言うスキルを持っていた兄は、サゲンにとって憧れであり、妬ましく思う対象でもあった。
それは、サゲンは生まれながらのスキルを持っておらず、教会での洗礼の際に神より与えられたスキルが『剣士の素養』だった事も原因である。
ウガルが洗礼で与えられたスキルが『回復の祈り』と言うレアスキルだった事もあって、サゲンのスキルにも期待していた父親『イーレッド=グリフウォール』は、サゲンのスキルを知ってガッカリしてしまったのだ。
誤解のない様に言えば、グリフウォールは人一倍の愛情を子供達に注いでいる。自分のせいで悲痛な顔を見せたサゲンにもすぐに詫び、『剣士の素養』の素晴らしさを説き、サゲンを自分の誇りだとも言った。
それは確かに本心であったのだが、期待が大きかっただけにガッカリしたのも本心だったのだ。サゲンにとっては父が唯一見せたその顔がトラウマとなり、それは一生残るキズでもあった。
それから数年経ち、サゲンが貴族学校の卒業を間近に控えた頃。既に騎士として任務に就いていた兄から卒業旅行と見学を兼ねて遊びに来ないか? と誘われた。
多少の妬みはあってもサゲンにとって兄は誇りであり、喜んで兄のいる他国との国境にも面した駐屯地へと遊びに行った。
その頃にはラベクとも顔見知りであり、サゲンは街の人々からも尊敬され、頼られている兄をますます誇りに思い、楽しい日々を過ごした。
サゲンが駐屯地へと行って五日後、楽しい日々は唐突に終わり、厄災が訪れた。
国境の向こう側にあったダンジョンの一つからモンスターが溢れたのだ。いわゆるスタンピードである。
このスタンピードに関しては、何もかもタイミングが悪かった。
まず、スタンピードを起こしたダンジョンを有する領主が、ダンジョンでの大規模な間引きを行ってから一ヶ月と経っていなかった事。
数週間前にダンジョンに入った冒険者の一人が、死霊魔法の使い手だった事。
その冒険者パーティーとは別に、『吸魔の魔剣』の使い手が率いる冒険者パーティーがダンジョンに入った事。
その二つのパーティーがダンジョンの最深部にいる時に、ダンジョン内にイレギュラーモンスターとして邪毒竜『イビルドラゴン』が生まれてしまった事。
イレギュラーモンスターが生まれる事は稀にある。原因は違うが、龍馬が戦ったミノタウロスやバトゥーもその類いである。
最初にこのイビルドラゴンと戦ったのは魔剣使いのいる冒険者パーティーだった。彼らは善戦したが、イビルドラゴンには一歩及ばず、渾身の一振りによって『吸魔の魔剣』をイビルドラゴンの身体深くに突き刺して、力尽きた。
瀕死のイビルドラゴンは、迷宮の更に深い所に魔力溜まりを見つけた。そこは、領主の軍隊によって間引きが行われた際に、モンスターのドロップアイテムの不用品や、壊れた武具等を捨てた場所だった。
イビルドラゴンは、そこで深い眠りにつき、身体を癒し始める。
イビルドラゴンが深く眠った後で、死霊魔法の使い手を有するパーティーがイビルドラゴンを見つけた。
地面に広がって乾いた大量の血と、ドラゴンに深く突き刺さった剣を見て、彼らはイビルドラゴンが瀕死である事に気づいた。
そして死霊魔法の使い手が、この機に乗じてイビルドラゴンをドラゴンゾンビにして使役したいと言い出した。瀕死のドラゴンなど、滅多にお目に掛かれるものではなく、完全に死んでしまえばダンジョンに溶けてしまう為、チャンスは今しか無いと魔法使いは仲間に訴えた。
仲間達は少し迷ったが、ドラゴンゾンビを使役できれば、もっとランクの高いダンジョンすらも攻略出来ると、その提案に賛同した。
最悪だったのは、イビルドラゴンが魔力溜まりの中に居た事と、イビルドラゴンに深く突き刺さった『吸魔の魔剣』の存在だった。
イビルドラゴンを殺し、使役する為の魔法は吸魔の魔剣を介してイビルドラゴンの全身を殺さずに作り変え、大量の魔力がイビルドラゴンの進化を促した。
イビルドラゴンは、腐毒邪竜『イビルドラゴンゾンビ』へと進化を果たし、自らを操ろうとする死霊魔法を跳ねつけてその冒険者達を喰らい、死霊魔法を会得してしまった。
イビルドラゴンゾンビはダンジョンを瞬く間に制圧し、死霊魔法によって眷属を増やし、ついにはダンジョンから溢れ出した。
突如起きたスタンピードだったが、遠征を行った直後の領主にはそれを抑える力が足りなかった。それでも何とか食い止めようとした結果、スタンピードはサゲン達がいる他国の街へと進路を変えた。
ウガルとラベクのいる騎士団はこれに応戦するも、戦いは街の中にまで侵食し、自分にも何か出来る筈と剣を取ったサゲンも、兄の元に向かった。
だが、初陣のサゲンにこの戦場は凄惨に過ぎた。イビルドラゴンゾンビの眷属を前に脚がすくみ、ウガルはサゲンを護って眷属と相打ちになった。
そして泣きじゃくるサゲンをラベクに託し、息を引き取ったのだ。
全てが終わった後、抜け殻の様な状態で貴族学校を卒業したサゲンは、どうしても騎士の道には進めず、かと言って兄の死の原因となった負い目から家にもいられず、冒険者となった。
楽な方に逃げ出し、記憶を塗り潰すように行動する内にサゲンの性根は歪んでいき、ラベクはそれを見守る事しか出来なかった。
そんなサゲンだからこそ、龍馬の強い拳と広い背中に憧れた。ラベクによって見開く事の出来た自分の眼を真っ直ぐに見て、獰猛に笑い名乗りを上げる姿に、サゲンは自身の深い後悔の中にいる眷属を拳一つで粉砕する龍馬の姿を幻視した。
サゲンは龍馬の生き方に希望を見て、ラベクはサゲンを支える為に龍馬に従う道を受け入れたのだ。
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