百三の道 すり潰す
「護衛の騎士、護衛の兵士、使用人と、合わせて五十人強か。貴族ともなると移動も一苦労ってか。高貴な血筋って奴なのか、とにかく金が掛かりそうだな。俺なら気疲れしちまうぜ」
「は……はぉぁ、ふぅぅ…………」
「だがよう、護衛にしては弱くねぇか? 研鑽は積んでんだろうがよ、実戦が足りてねぇよ。ただお行儀よく素振りなんかしててもよ、覚悟なんか決まらねぇよ。殺す覚悟も死ぬ覚悟も、その状況に放り込まれねぇと、結局は絵に描いた餅だからな。あぁ、この場合は毒餅かな。…………どう思う?」
「ふしゅーー、ふしゅーー…………」
「おい…………! ちゃんと聞いてんのかテメェ!? 返事しろよ!!」
「や、やめてぇ…………!」
騎士も兵士も使用人も、一人残らず気絶させた野営地の中で、俺は膝と両手を付いて椅子と化したカーススの上に座って、その残り少ない髪を無造作に引き抜いた。
残り少ない髪もだいぶ斑になって来た。もう掴んで引き抜くのも難しいくらいだ。カーススの方も、涙も鼻水も垂れ流しで、地面に敷いたカーペットが濡れちまっている。
「お前よぉ、本当に反省してんのか? テメェがやっていた事は人として最低だぜ? テメェがどんだけ偉ぇのか知らねぇがよぉ、超えちゃならねぇ一線ってもんがあんだろ? あ? おい!」
「は、はぃぃ…………! そ、その通りですぅぅ、こ、殺さないでぇぇ…………!」
「さっきも言ったろ。誰も殺してねぇし、殺す気もねぇよ。殺すってのは簡単だが面倒だからよぉ、俺も極力やらねぇよ」
いや本当に面倒なんだよ、殺しってのは。特にこういう立場のある奴の場合はな。
サクッと殺して山に埋めるか海に沈めるか、なんて言ってもよ。山は動物に掘り起こされない所まで埋めるのは骨だし、海は絶対に浮かんで来ねぇようにするのが、面倒だ。ドラム缶にコンクリで固めるなんてした日にゃ、重くてよ。海に落とすのも一苦労なんだよ。
それに、そこまで手を掛けると人に見られる危険性も増すしな。
で、一番面倒なのが殺した後だ。相手に連なる奴が居れば居るほどに面倒になる。
警察やら公安やらも面倒だがよぉ、一番は復讐が始まる事だ。殺し殺されの負の連鎖ってのは、どんどん広がって終わりが見えなくなる。
実際、若い衆のつまらねぇ喧嘩を発端として、たった一人殺された事から始まった抗争が長引き、結果として二つの組が潰れる事になったのも見た事がある。
だから殺すってのは本当に最後の手段だ。殺しさえしなければ、連鎖が始まっても止められる。殺されてはいないってのがブレーキになるからな。
もちろんそれは相手が余程クソだったり、そもそも俺を殺しに来てたりしてたなら話は別だ。あくまでも必要のない殺しはしないって話だな。
「殺しはしねぇし、無事に帰してやるよ。髪の毛は毟るがな。なんせ、コレが発端だからな。そうだろ?」
「ゆ、許しぃ…………許してくださいぃ…………。か、髪が無くなったら…………こ、婚約が潰れるんですぅぅ。あ、相手の侯爵令嬢がぁ…………ハゲは嫌だってぇぇ…………」
「ハゲてるもんはしょうがねぇだろ。開き直ってヅラでも被れや。農場ダンジョンはもう無理だぜ? なんせ俺が後継者になったからな」
「ううぅぅぅ…………!」
「それによぉ、ケイネスとクリスの両親も殺してんだろ? 俺はそいつらを知らねぇからよ、敵討ちってのはちょっと違うがよぉ。…………テメェの玉を潰す位はしてもいいんだぜ? 子供が作れなくなりゃ、婚約もクソもねぇだろ?」
「いいい家が潰れますぅぅ…………。そ、それだけは許してくださいぃ…………。そ、それに私は誓って殺せとは命令してないんですぅぅ…………! あ、あれはカッスリン商会が早まったんですぅぅ…………!」
「…………まぁ、そんな所だろうな。なら、テメェに一つ仕事だ。それをやるってんなら、俺はここまでにして帰ってやるよ」
俺がそう言うと、俺の椅子になっていたカーススは首を回して涙と鼻水を振り撒きながら俺を見た。ったく、汚ぇな。
「ほ、本当ですか!? や、やりましゅ! 何でもやりましゅ!!」
「カッスリン商会をテメェの手で解体しろ。関わった奴の処分はテメェに任せてやる。生かすも殺すも好きにしろ。その代わり、カッスリン商会の持っていた財産の全てを『倍にして』差し出せ。今回の件はそれで手打ちにしてやる」
「そ、そそそ、それはすぐには…………!?」
「一ヶ月猶予をやるよ。それまでにキッチリ耳揃えてフェルマ牧場まで持って来い。もし出来なければ…………」
「で、出来なかったら…………?」
「王都にあるテメェの屋敷にカチ込んで取り立てる。…………言っとくが俺の取り立てはキツイぞ。遠慮もしねぇ。俺がテメェの屋敷に現れたらどうなるか、想像してみろよ」
「ぅ…………ぐ…………かぁ…………」
俺が自分の屋敷に現れた事を想像しているのだろう。カーススはしばらく絶句した後、凄い勢いで首を縦に振っていた。
「よし、それでいい。…………あぁ、そうそう。万が一だが、これ以上あの牧場や農場ダンジョンに関わった時にはよ」
「…………は、はひぃ」
「次は命を貰いに行くぞ。俺に最後の手段は取らせるなよ?」
そう言って俺が立ち上がると、カーススはうずくまったまま小さくなり、小刻みに震え出した。斑に残った髪の色は白くなり、震えに負けてハラハラと抜け落ちている。
…………ここまで念入りに心をすり潰せば、流石にもう関わって来ねぇだろう。もし来たら、その勇気を称え、今度は物理的にすり潰すだけだ。
ここからは先の話になるが、この数日後にはカッスリン商会は文字通り消滅し、その後一ヶ月待たずに金と土地の権利書等がフェルマ牧場の俺の元に届けられた。
そして風の噂で、ある日を境に数十年分は老け込んだとある伯爵が、爵位を王家に返上して引退した、と言う話を聞いた。
まぁ、それが誰の事かは、確かめるまでもねぇ事だな。
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