良き教師
三題噺もどき―さんびゃくななじゅうなな。
体の芯から冷えるような日々が始まった。
空中に吐きだされる息が白く染まる。
ようやくという感じはあるが、始まってしまうとどうにも。
早く夏にでもなってくれと思ってしまう。寒いのも暑いのも苦手だが。
冬は夏が恋しいし、夏は冬が恋しい。
理不尽なものだ……考えを改めようとは思わないが。
「おはよーせんせー」
「はいおはよ」
校門の前。
次々と生徒が入ってくるのを見送り、挨拶をしながら、それぞれの装いに目を配る。
とは言え、そんな厳しい校風ではないので、やっていることは軽い挨拶運動と似たようなものだ。
「おはようございます」
「おはよー」
自分の受け持つクラスや部活、学年のせいとは、気軽に挨拶をしてくる。他学年の生徒たちは、やや硬め。
ここに経つのは多い方ではあるが、関わりがない生徒からすれば、見知らぬ大人と同じか。
硬くなるのも仕方ない。むしろ気軽に挨拶してくる方が問題か。
「おはよー」
「おはよーそれはずせよー」
厳しくはないとは言ったが、謎の校則はあるので、目につけば注意をする。
寒くなってきたので、手袋やマフラーなんかの防寒具を生徒たちはつけるようになってきた。それを、自転車通学生は駐輪場で、徒歩の生徒は校門で、外すようになっている。
……全く意味が分からないが、誰かがそう決めたらしい。
「おはようございますー」
「おはよー」
とは言え、寒さは自身も身に染みて分かっているので、軽く声を掛ける程度に留める。
他の教師は、生徒の脚をわざわざ止めて、外させるようだが。そこまでする必要性を全く感じない。
上に、それは、生徒にとっては悪でしかない。そういうめんどくさい教師は嫌われるのだ。その後授業なんかもろくに聞かなくなる。それでその教師の評価が落ちても知らないので、どうでもいいのだが。
「……」
生徒の波がとまる。
その瞬間に、頬の筋肉から力が抜ける。
人のいい笑顔というのは、酷く疲れるのだ。慣れはしても、疲れはする。
特にこの寒い時期なんて、筋肉が動きづらいのか、尚更疲れる気がする。
この挨拶運動もどきをしている意味も分からないので、更に気力から削がれてしまっていけない。
―そんなものは、もともとないが。
「……」
腕にはめた時計に目をおとし、時間を確認する。
校門から数歩ほど出て、通学路に視線をやる。
少し離れた位置に、制服姿の影が見える。
急ぐ気がないのか、ゆっくりと歩いているように見える。
こちらも寒いので、さっさとしてほしいものだ。
……声を張るのはしたくないんだがなぁ。
「時間見ろー!!!!」
怖くなりすぎないよう、声色に注意をしつつ声を上げる。
気づいた生徒は、速足になってやってきた。
更に離れたところにいたのか、後ろから自転車の影もやってきていた。
「……」
大声というのは、調節を間違えると怒気をはらんだようになってしまうからあまりやりたくない。生徒にとってのいい教師をしている身としては、怒気というのはあまり悟られたくない。と、思っているので。
何より疲れるのだ。怒るのも声をあげるのも。
「おはようございますっ」
「はい、おはよー」
歩いていた生徒と自転車のせいとはほとんど同じタイミングでたどり着いた。
それぞれを見送り、校門の外を念の為確認しておく。
人1人が通れるくらいの隙間は開けたまま、校門を閉じる。
事務にだけ軽く声を掛け、職員室に戻る。
他の教師はすでに各教室に向かっているのか部屋はガランとしていた。
「……」
自分のデスクから最低限を持ち、教室へと向かう。
ときおりすれ違う生徒とあいさつをしながら、進んでいく。
喜ばしいことに、生徒間では親しみやすい良い教師として通っているようなので、声がかかることは多い方ではある。
―全く嬉しくないと言うのが、正直のところではあるが。
「……」
心の底からめんどくさいのだ。
自分自身がなぜこの教師という仕事についているのかも分からないし。
特に今のご時世は、気を使うことがあまりにも多すぎて。
ブラックもいいところな仕事なのに、なぜそんなことまでしなくてはいけないのかと思うことが多々だ。
「……」
それでもまぁ、やるからにはやるし。
生徒に慕われて悪いことはないだろうと言う思惑の元で、自分は動く様にしているので。
おかげで上からの評判は悪くない。
今はどちらかというと、教師よりも生徒とその保護者の意見の方が重要だったりもするが。
そのあたりは、うまくやれているんだろう。きっと。しらないが。
「……」
辿り着いた教室の扉に手をかける。
一呼吸。
切り替え。
―全く、めんどくさい。
「せきつけー」
教壇に立ち。
今日もまた。
よき教師を演じる。
お題:教壇・空中・演じる