第四十一話
つい先程、勇者一行の一人に聞いた。アルフレッドは、先々代勇者の孫だと言う。
名はヨハン。
先代勇者も亡くなってるので、もう誰も知らない事だが、勇者的には、最も最後の勇者に成り得たのに成れなかった勇者だ。世間では、たった三年しか魔王を封印出来なかったと評価が低いが、勇者的には、惜しかった人だ。あれ程に「無心」になれるだなんて、その才能に畏怖の念しかない。
その先々代勇者ヨハンは、孫であるアルフレッドが勇者となったその晩に亡くなったと聞いた。
だから、アルフレッドも僕と同じく、不幸な勇者だと思った。
勇者になった途端に、理屈抜きに解ってしまったもう一人の勇者の状態。
勇者の誓約がない事と、過去の勇者達の記憶や感情を引き継がなかったと言う特殊なもの。
勇者の理から外れた勇者アルフレッド。
理から外れた勇者とは、どれほどの不幸を背負うものなのか。
死ぬ覚悟のないだろう勇者。
死にたいと願わないだろう勇者。
魔王を封印ではなく討伐できる方法――勇者の死――を知らない勇者。
知らないからこそ、何も知らない勇者とは――果たして勇者なのか?
勇者アルフレッドは――正に、理想の勇者だった。
僕より頭半分背が高い。躰の出来上がった歴代の猛者達が集う中、まだ成長途中の体躯は、線が細く未熟で若々しい。艶のある金髪に、透き通った碧眼。伯爵令息だと言う貴族らしい整った顔は、物語で語られる王子様の様でもあり、絵本に描かれる勇者の絵姿そのものの様だ。
「君が勇者ヨハンの孫、勇者アルフレッドだね。よろしく頼む」
「はっはい!アルフレッドと申します!祖父の遺志を継ぎ、務めを果たしてみせます!道中お世話になります!」
「ははは。そんなに緊張するな。援護は任せておけ。期待しているぞ」
「はいっ!!!」
今回、勇者一行の指揮を取るこの国の騎士団の副団長との挨拶に、照れて恥ずかしそうに焦り、若者らしく快活で元気良く上擦った声は、アルフレッドの素直さを垣間見させた。
「アレクです。宜しくお願いします」
「はいっ!宜しくお願いしますっ!」
順に回ってきたアルフレッドとの挨拶。握手を交わすその手は、僕と同じく硬い皮膚と凸凹した肉刺。
希望と期待に溢れる邪気のない笑顔が僕には眩しすぎて、勇者との違いを実感した。
その実感は、アルフレッドを知れば知るほど、勇者との違いを大きなものへ変えていった。
「カトリーヌ!」
「ご武運を」
「ああ、行ってくる。迎えに行くから待っていてくれ」
ぎこちなく真っ赤な顔で婚約者を愛おしそうに抱く姿は、勇者にはない幸せな未来を象徴していた。
アルフレッドは、家族にも恵まれていた。
叱咤激励する‥‥生きている父親、涙ぐむ‥‥生きている母親に、‥‥生きている‥弟。
愛し愛されているその姿だけは、思わず顔を背けてしまった。
心が痛い。
羨ましい。
目を閉じれば浮かぶ、母さんと弟の笑顔。
あれから思い出す度に輪郭が霞んで薄れていっていた二人の笑顔の記憶が、久しぶりにはっきりと浮かび、頭が痺れる。
もうすぐそっちに行くからね。
二人の笑顔の余韻を無理やり振り払い、勇者の旅立ちに相応しい、青く広い空を見上げた。
この旅路で、過去と心の整理が出来たと思う。
そうすると、いろいろ思い出したり、考えたり出来た。
母さんの言葉遣いが丁寧だったのは、元々貴族だったからか、とか。
そんな何気ない事も思い出す。
あんな父さんでも、家で声を荒げたのはそう言えば、僕に騎士見習いになれと言った時だけだったなと。
そう思えば、父さんは本当に母さんを愛していたのだと思える出来事が多かった。
母さんも、父さんが帰ってきた時はどこか嬉しそうだったかもしれない。
母さんは、幸せだったのかな?
弟ともっと一緒にいたかった。
あの日の朝は、弟が大好きなお菓子を買って帰る約束をしていた‥‥。
サム達、すごく辛い思いをしているだろうな。
同じ隊になったことで巻き込んでしまった。
初めて出来た友達だった。
もうみんなとの関係が元には戻らない悲しさを、この旅路で僕は時間をかけて消化していった。
勇者は、とても良い奴だった。
仲間を大事にするし、誰にでも敬意を示し、勇者だからとか、伯爵の嫡男で貴族だからとか決して偉ぶらない。
僕はあんなに品行方正でも、正義感に溢れてもない。
僕は、協調性もないし、気遣いとか、面白い話のひとつもできない。
きっと、正しく育てられたんだ。
優しく真っすぐで一生懸命な勇者。
僕もこんな勇者になりたかった。
勇者アルフレッドは――正に、理想の勇者だった。
誰もが思い描く、勇者像とは、正にアルフレッドのこと。
そして、勇者が成りたくても成れなかった――正に、理想の勇者だった。
彼は、不幸ではない。彼だけは、不幸ではない。
彼は、幸せな勇者。彼だけは、幸せな勇者。
勇者とは、斯くあるべきだと、アルフレッドを知る度に謂い重ねる。
彼を最後の勇者にしたい。
彼の、魔王討伐後の勇者の未来を輝かしいものにし、理想の勇者として、勇者の象徴としたい。
勇者には手の届かなかった未来を手にして欲しい。
予感がする。
彼は、最後の勇者になるのだと。
確信めいた予感が、僕が魔王を討伐出来ると感じさせる。
過去の勇者達の、死にたいと願ったその想いが、僕に集約して、この最後の務めを果たせと、確かな予感となり、僕の魂を、命を刺激する。
だから。
だから、僕は気付かれてはならない。
勇者であると気付かせてはならない。
なのに、何故?
「アレクさん、もしかして‥‥‥君が本当のゆう―――」
休憩していた僕に小声で話しかけてきたアルフレッドのその「勇者ではないか?」と続きそうな言葉に、咄嗟に慌てて手が出て、彼の口を塞いでしまう。
あまりの事に、焦って失敗した自分の行動の迂闊さに絶望したが、発動しない僕の勇者の誓約に、過去の勇者達に勇気を貰った気がした。そして同時に、感じてきたアルフレッドが最期の勇者となる確かな予感が、確信へと変わったことを、僕は知った。
「あなたが勇者様ですよ」
確実に死ねる喜びに、つい無警戒に素で出てしまった僕の笑顔は、あの日以来初めて心から向けたものとなった。
ああ、僕にこんな表情がまだ出来たのか‥‥と、自分に少し驚く。誤魔化すために、いや、僕の迂闊な行動でバレているだろうが、目の前で唖然としているアルフレッドをその場に残し、僕はその場から逃げた。
僕は負傷している騎士の手当を手伝いながら、心のなかでアルフレッドに「ごめんね」と呟き、もうすぐ訪れるだろう自分の死を想像し、歓喜した。
僕は死ねるんだ!
嬉しい!
嬉しい!
早く死にたい!
想像以上に上手く立ち回れ、後方の魔道士一人の目撃者を残してしまったが、まあバレないだろう。
僕の背中越しに、思い切り足を踏切り跳躍し、僕の頭上から聖剣を魔王の胸めがけ突き落とすように刺し込むアルフレッド。
聖剣から光が漏れ出す。
魔王が呻く。
やはり、アルフレッドの命は糧にならなかったのだと確信する。
すぐさま僕は、一歩下がり、聖剣を持ち直し、アルフレッドが突き立てている聖剣と同じ場所に僕の聖剣を一気に突き刺した。
目を開けられない、強い光に目が霞む。
一瞬にして光が空間を埋め尽くし、辺り一帯が真っ白になる。
僕の命が失われていく。
そして、僕とアルフレッドの勇者としての力が光により同調したのがわかった。
同調した光で、アルフレッドの動揺が伝わる。
ごめんね、アルフレッド。
ありがとう、アルフレッド。
君が勇者でよかった。
二八番隊の幸せを最期に祈る。
あともう少し。
そろそろだ。
僕は、――の魔王を討伐出来た。
僕は、――の最後の勇者になれた。
僕は‥‥――の勇者になれた‥‥‥かな。
こうして、僕は死んだ。
遅筆な中、ここまでお付き合い下さり感謝しかありません。
次の章で、勇者の大きな秘密が明らかとなり本編は完結予定です。
引き続きお楽しみ頂ければと思います。




