第四十話
「アレクがいなくなったって本当ですか?!」
団長室の扉を、手順通りに叩きも許可をも得ようともせずに、無作法に飛び込んできたのは、二八番隊のサム、オジー、コーリー、ゼノ、リックの五名の見習い達。
皆一様に、顔面蒼白で額からは急いだからなのか、冷や汗なのか、目に見える雫をいくつも滴せていた。
「ああ、今朝様子を見に行ったらいなかったんだ‥‥」
悲痛な面持ちでジルベール教官が答え、団長がその横で眉間に皺を寄せる。
時が止まったかのような沈黙を動かしたのはゼノだった。
「一人で‥‥やっぱり、一人で敵を討ちに‥あいつらを探しに行ったんでしょう‥か‥‥」
あの日、領主夫人とその息子を、アレクの母親と弟だと見間違えたのはゼノだった。
ゼノは、騎士の父親に正しく真っ直ぐに騎士の矜持を学び育った。
領主一家の捜索は、紛れもない任務だった。
真面目に捜索を熟そうと、夜闇で雨の降りしきる中、一切の見逃しがないように神経を尖らせていた。
遠目に見えたどこにでも在るような馬車に、通常より多い傭兵のような風貌の護衛らしき者達が取り囲んでいる事に違和感を覚えた。
その時、ちょうど鮮やかな服装の貴婦人が、幼子を抱え馬車に乗り込むのが見えた。目は昔から良い方で、見えすぎるくらいだ。
チラリと見えたその横顔は、何度か見かけたことのある領主夫人にずいぶんと似ており、ゼノはすぐにこの任務の上官となる騎士に報告を行った。
あの悲劇の後、対象者を仲間の家族と見誤ったゼノ、仲間の母親を直接手に掛けてしまったサム、そして残りの二八番隊の三人も、責任を取って見習いを辞そうと教官に願い出た。
だけれども、許可は得られず、その後、何日も話し合いの場を設け、時間の許す限り、詫び、責任を取る方法を話し合った。
「俺さ、思うんだ。俺達の処罰も進退も決める権利は俺達にはないって‥‥」
「そう、だよな‥‥」
「許して貰おうなんて思ってもいないし、俺が死んでアレクの気が少しでも済むならそうしたいと思う」
「サム‥‥」
「俺もだ」
「ゼノ‥‥」
「その時は俺も一緒だ」
「俺も」
「オジー、リック‥‥」
「俺は‥‥俺は、すぐにでも死んでしまいたい。そんな逃げなんて許されないのはわかってるけどっ‥けど‥‥耐えれなくってっ‥‥」
「コーリー、おまえ‥‥」
「でも、自分で決めちゃ駄目だよな。俺‥それまではっ‥‥」
「コーリー‥‥、すまん。すまん、コーリー‥‥」
心在らずに、砦を徘徊するアレクは遠目に見ていて彼等には辛かった。
でも、その元凶の一端を担ってしまった自分達が、アレクの視界に入ることは決して出来ない。慰めることも、恨まれることも、何も今はまだ出来ないのだ。
沢山の想定される可能性と自分達に出来ることを話し合い、考えた。
アレクに処されるその日まで、そのまま見習いの任を続け、見習いを上がったら、そのまま騎士となることだけを決めた。
平日は、見習いを終えるとすぐに、休日は一日中、手分けして逃亡中の領主一家の捜索を続けた。辺境に出入りする商人達を訪ね、聞き込みも続けた。
彼等に出来ることは、それだけだったから。
そんな日々が続き、アレクが正気に戻ったとの知らせを受け、幾ばくかしか経っていないのに、アレクはいなくなってしまった。
情報屋の調査員から渡された紙束は、報告書よりも乱雑に書かれた紙束だったが、僕が知ることのなかった、あの日以降の二八番隊の仲間達の様子が事細かに書かれていた。
なぜ調査員が、ここまで詳細な記録を持っていたかはわからない。
僕に何故これを渡してきたのかもわからない。
ゼノは、つい一月前に、コーリーを庇って魔物に殺されていた。
オジーは、魔獣の攻撃を避けきれず右目を怪我し、視力を失ったらしい。
見習い初日、ジルベール教官が言った『騎士団は四部隊に分かれて一日を四交代にして魔獣や魔物と戦い続ける』という言葉を思い出す。
今この時も、騎士となった二八番隊の仲間達は、戦い続けている。
何もなければ、僕も一緒に戦い続けていたはずだった‥‥。
みんなのことは、考えないようにしていた。
きっと、いや、わかっている。僕が、心を閉じ込め、残酷になろうとしたのは、仲間達のことがあったからだ。
ゼノが、母さんと弟を見つけた。
サムが母さんを斬った。
態とじゃないことはわかっているし、あの状況では仕方ないことだった。
ゼノのせいでも、サムのせいでもない。
それを画策した領主夫妻と、浅はかで愚かな父さんのせいだ。
サム達を許すかと聞かれたら、僕は迷わず「許す」と答えられる。
でも、だからこそわかる。
サム達が、許されることを望んでいないことを。
そして、もう二度と仲間達と元の関係に戻れないことも。
考えないようにしていた二八番隊の仲間達。
ゼノはもう死んでしまった。
家族と同じくらい大事な仲間であり友人だった一人が死んでしまった。
もう家族はこの世界に生きていない。
みんなには、生きて欲しい。
僕の事で後悔する人生だったとしても、少しでもいいから幸せに生きていて欲しい。
だから――この世界を救うため、僕の命を使うことを決めた。
但し、勇者としてではなく、勇者一行の一員として、魔王城へ赴くことを決めた。
もう一人の勇者には、重大な瑕疵が有る。
魔王の封印に不可欠なそれは、もう一人の勇者にとって最大の欠点。
はじまりの勇者から続いてきた、逃れられない勇者の理であるはずだったそれは――勇者の誓約。
勇者になると同時に、魔法的な誓約がかかる。
一切の情報を他言できない。魂に刻まれるその誓約は、破れば命を以って罰を受けることになる。
もう一人の勇者は、なぜだかはわからないがその勇者の理から外れていた。
それに、延々と積み重なり勇者の理と共に引き継いできた、過去の勇者達の記憶や感情を、もう一人の勇者は、なぜだかはわからないが引き継いでいなかった。
故に、もう一人の勇者は、命を糧に魔王を封印することも、討伐することも――出来ない。
一切の生への未練がなくならなければ、魔王を討伐することが出来ないからだ。
心の奥底の僅かな未練さえ、見抜かれる。
だから、僕しか出来なかった。
魔王をどうにかできるのも、この世界を救うことも。
二八番隊の残った四人が、生きる事のできる世界を得るには、これ以上、戦い続ける四人が死ぬことがないように魔王を止められるのは――僕しか、いない。
城の役人から声が掛かる。
もうすぐ、もう一人の勇者が一行に紹介されに、この場にやってくる。
前代未聞の理から外れた勇者であるアルフレッドが、一行の前に姿を現した。




