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最後の勇者 ー 死にたいと願った勇者達の物語 ー   作者: たきわ優
最後の勇者アレク

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第三十六話

 目の前の光景が理解出来なくて唖然と体が硬直した僕は、ハッとして、何がなんだかわからないけれど、仲間を――友達を助けないと、と駆け出そうとした時、肩をグッと鷲掴みにされた。


「お前等っ!何をしているっ!!!」


 背中から大声で怒鳴ったのは、ジルベール教官だった。

 全員が一斉にこちらを振り向き、二八番隊も含め、全員が動きを止め、沈黙し、視線を逸らす。


「何があったか言え」


 ジルベール教官がそう言うが、誰も口を開かない。

 みんなに今すぐに駆け寄りたいのに、未だに僕は教官に両肩を掴まれたままだ。


「だんまりか。ったく‥‥。リース、フレック、サムの三人は俺について来い。その他のやつは、間隔を開けて壁に向かって話が終わるまで動かず立ってろ。私語は厳禁だ。黙って立ってろよ。おい、タイラー、任せたぞ」


 タイラーは、ジルベール教官の補佐だ。

 そう言うと、二六番隊のリース、二七番隊のフレック、そしてサムを連れてジルベール教官は訓練場から出て行き、僕含め残りの全員は、間隔を開けて壁に向かい起立した。

 見えるのは壁。タイラー教官補佐に、起立だと言われたので、横も向けず、見た限り怪我を負ってるだろうみんなの姿も確認出来ない。


 状況も理解できない僕は、落ち着かなくもやもやしつつ、それよりもみんなが心配で気が気じゃなかった。そんな状態が体感的に一時間は経っただろう頃、ジルベール教官が戻ってきて「アレクだけ来い。他の奴らはそのままだ」と言った。

 なぜ僕が呼ばれたのか意味がわからず、ジルベール教官の方へ振り向くと、サム、リース、フレックの三人も戻ってきていたらしく、サムと目が合ったが、気不味そうに逸らされた。

 そのサムの顔は、殴られたのだろう。鼻血が出ていて、頬のあたりが赤く腫れていて痛々しい。

 声を掛けたいが、グッと我慢して、教官の元へ走り、そしてその後を着いて行った。

 通された個室で、ジルベール教官と向き合う。


「さて、どこから話そうか‥‥」


 そう言って、ため息を付いた教官は、一呼吸置いて「お前が()()()()()()()()だとリースが騒いだのが原因だ」と言った。


 見習いになった日のことを思い出した。

 たしか、教官に初めて会った時にも、教官に言われた言葉だ。

 そう言えば、僕は未だに()()()の言葉の意味を知らない。息子、ということは、勇者モドキは、父さんの事だろう‥‥か。

 無知で世間知らずなのは、今どうしようもないので、恥を忍んで聞くしかなく「すみません、実は僕、モドキって言葉の意味を知らなくて‥‥。教えていただけないでしょうか」と言うと、教官は、珍しく目を見開き、驚いた、という風に「なるほど」と言った。


「その様子じゃ、お前の親父がこの砦でどう言われているか何も知らないようだな」


「父さ‥いえ、父がどう言われているか、ですか?‥‥勇者モドキと呼ばれているのでしょうか?すみません。モドキの意味がわからなくて、よくわかりません」


「だろうな。はぁ‥‥。わかりやすく言うと、モドキというのは、偽物とか(まが)い物って意味だ。お前の親父は、先祖が勇者だと言うのが自慢でな、事ある(ごと)にそれを出し人を見下すんだ。本当に勇者の血を引いているのかわからんが、実力はこの砦でもかなり上位の騎士でな、今や領主様専属の護衛で多少の権力もある。その権力と、勇者の子孫だと言う事を盾に、理不尽な事を言うことも多くて、はっきり言うが‥‥、かなり嫌われて恨みを買っているんだ」


「‥‥」


 言葉が出なかった。


「今までは、アレクがあいつの息子だと皆知らなかったんだが、昨日リースがそれを知ったんだよ。リースの兄貴も騎士でな、お前の親父にいろいろ言われた時に、お前が見習いだと言う話が出たらしく、同じく見習いの弟のリースに聞いた。兄貴の方は、酒に酔ってたのもあったのか、かなりお前の親父のことを悪くリースに愚痴ってしまったらしい。それで、兄貴想いのリースが、矛先をお前にして今朝触れ回った。で、二八番隊の連中が、お前を庇って、言い合いになり殴り合いになり‥‥で、あのザマだ」


 殆ど僕は父さんの事を知らない。でも、騎士という尊敬すべき存在を知って、元々父さんのことは嫌いではあったが、見習いになってから――魔境に行ってからは、騎士として尊敬はしていたのだ。

 だけど、権力や、本当かどうかもわからない先祖の勇者をダシにした態度で恨みを買うような評判だったとは思いも寄らなかった。恥ずかしくてたまらない。

 それに、二八番隊(みんな)が、羽交い締めにされたり殴られたのは、僕を庇ってのことだったなんて‥‥。

 今すぐに、リース達、いや、全員に父さんの事を謝って、二八番隊(みんな)には、もっともっと謝って、それから‥‥。


「‥‥‥」


 涙が出た。

 父さんについてもだけど、何も知らなかった自分も情けなくて――涙が溢れて止まらない。


「はぁ‥‥。アレク、おまえは俺が戻るまでここにいろ」


 そう言うと、ジルベール教官は個室から出て行った。

 いろんな感情がごちゃまぜで、考えがまとまらず、ただ溢れる涙を止めようと、歯を食いしばることしか出来なかった。


 それからどのくらい時間が経ったのだろう。そこまで時間が経ってない気もするし、数時間のような気もする。教官に声を掛けられ、ハッとし意識が戻った。


「大丈夫か?」

「はい‥‥」

「そうか‥‥。お前に聞きたいことがある。アレク、お前は親父をどう思ってる?」

「僕は‥‥あまり父の事を知りません」

「知らない?」

「はい‥‥父はあまり家に帰ってきませんし、用がなければ話しかけられませんし‥‥」

「そうか‥‥」


 しばらく沈黙したジルベール教官は、次に思いもしなかった質問をしてきた。


「母親のことをどこまで知っている?なぜお前の親父と婚姻することになったか知っているか?」

「え?母さん‥‥?」


 僕があまりの想定外の質問に驚いたら「やはり知らんか‥‥」と、教官は大きなため息をひとつ吐いた。


「俺は、この一年お前を見てきた。最初はあいつの息子だと思って良い印象は持っていなかった。だがな、お前の努力をこれでも認めているんだ。お前は素直であいつのように尊大な態度も取らない。アレクという一人の男として俺はお前を立派な騎士にしたいと思っている」


 まだ子供の見習いでしかない僕の目を真っ直ぐに合わせる教官の声は、いつもより温かみがあった。


「だから、あいつに悪影響を受けてほしくないし、お前がこの砦で騎士になるには、親父と母親の事をちゃんと知り、この領地の情勢や現状を正しく理解しておいて欲しいと思う。それが――」


 その目は鋭く、その声は低くも太く、僕の芯の部分に響く音だった。


「――お前を守り、正しく騎士となる唯一だと俺は思う」


 僕は、覚悟を持って頷く。

 きっとこれから聞く話は、覚悟のいる話になるだろうと言う予感がしたのだ。


 それから教えられた事柄は、予想もしていなかったことばかりで、僕の将来を変える()()()になるとは、この時は思いもしなかった。




 事の始まりは、二代前の領主様が突如お亡くなりになったことから始まっていた。


 二代前の領主夫妻と、長男とその奥様が、視察先で毒殺された。

 長男には娘が一人いた。

 それが何と‥‥僕の母さんだった。

 だけれど、当時、母さんはまだ十二歳で成人前なので領主を引き継げないし、そもそもこの国は女性が領主とはなれない法だから、婿を取り、婿を領主としなければいけなかった。

 その他にも色々な事があったらしいが、次男が領主となることが決まり、母さんは養女となった。

 砦のあるこの辺境の領地では、領主様の娘はお姫様も同然で、それまで大人しく控えめではあるが、明るく穏やかな母さんは、辺境の姫として、家臣にも騎士たちにも領民にもとても人気があったそうだ。

 ところが、養女となった母さんは、次男一家と暮らす砦内の館から出てこなくなった。両親を亡くしてよほど心労もあったのだろうと、皆が気遣いそっとしておくことにした。


 それから数年、ある噂が広まった。

 次男には、母さんの一歳年下の一人娘がいるのだが、その娘を母さんが虐めていると言う。

 あの穏やかで優しい辺境の姫が‥‥?と、多くの人々が疑問に感じたが、どんどん噂は具体性を持ちながら広がり、次男の娘が、ドレスを引き裂かれた姿で泣きながら館から出て、砦内を通ったことで一気に広まった。その後、母さんが成人する頃には、母さんの悪評は事実として領内では捉えられる。

 そして、ある日、母さんはとうとう次男の娘を階段から突き落とし殺そうとしたとして、籍を抜かれることになったそうだ。

 それと同時に、母さんの婚約者、つまり将来の次期様――現領主様は、次男の娘と婚約し直すことになる。


 籍を抜いたとは言え、母さんは、元辺境の姫君。

 そのまま放り出すわけにも行かず、何を思ったのか、前領主様(次男)は、母さんを父さんに嫁がせることにした。

 このことに父さんは、大恩ある領主様の血筋を嫁に貰えるなんて、と喜び、前領主様(次男)それから現当主様(母さんの元婚約者)から重宝されるようになったとか‥‥。


「これらの話は、家臣や騎士達、領民が()()()()知っている話だ。俺や一部の者達は、ある程度の()()を掴んでいる」


 あまりの話に混乱していたが、更に話が続き、今聞いた最悪の話に更なる事実があると言う教官に身構えた。


「まず、虐げられていたのは、お前の母さんだったというのが事実だ。養女として引き取られてから、酷い虐待を受けていたらしい。お前の親父に嫁がされた時に、数年ぶりに見た姫様は、いや、すまん‥‥。お前の母さんは、ひどく痩せていて、頬は()け、今にも倒れそうなほどだったのを覚えている」


 母さんを姫様と呼んだジルベール教官は、とても辛そうに眉を寄せた。


「そもそも、元婚約者で現領主様と妹は不貞を働いていたらしいし、階段から突き落とした件も目撃者もいなければ、妹は怪我した風にも見えなかった。俺等、一部の者達は、毒殺も次男(前領主様)の仕業だと思っているし、全てはお家乗っ取りとしてお前の母親の件含め仕組まれた事だったのだろう」


 いつも穏やかな母さんの顔が浮かぶ。


「前領主もそうだが、今の領主も酷いものだ」


 さっきまで、敬称があったはずが消え、教官の苛立ちが言葉の節々に滲むようになる。


「辺境を護る者として、辺境の領主として戦線に立とうともしない。騎士団内はまだマシだが、領政は、不正だらけ。媚ばかり売る無能が出世し悪循環になっている。俺達も、騎士団を維持していくのがやっとだ‥‥。そして、お前の親父」


 僕はビクリと肩を震わす。


「領主に従順過ぎて、もはや騎士の矜持も何も無い。具体的に言えば数が多すぎて話しきれないほど騎士団内でも問題を起こしまくっている。少しでも反論したり逆らうものには、領主の後ろ盾と、先祖の勇者を持ち出し、もう誰も手を付けられないのだ」


 今日一番の長く深い溜息の後、ジルベール教官は「お前が正しくある限り、俺はアレクを一人前の騎士として必ず育てる。それからアレク‥‥、お前は、良い仲間であり友を持ったな」


 そう言うと、僕に今日は帰宅するように言った。

ドアマット&義理妹&階段落ちの三コンボ‥‥。

でも、愛する息子達がいるので、アレクママは現在幸せです。

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