第三十話
僕の中で、立派な勇者とは、ご先祖様の勇者。
幼い頃から、何度も何度も先祖である勇者クラウスの話を聞かされてきた。
「クラウス様は、立派な勇者だった」
「勇者クラウスは、魔王を華麗な一撃で封印なされた」
「ご先祖様が立派な勇者で誇らしい」
勇者クラウスは、ずっと昔のご先祖様で、聖剣のみ一切のほころびなく代々家宝として引き継がれ残ってはいるが、実のところ、その英雄譚の詳細は、子孫であってもわかっていない。
ただ、一族揃って言うのだ。立派な勇者であった、と。
魔境に旅立つ出立の日、婚約者は言う。
「リアム様、ご先祖様のように見事魔王を封印し、立派な勇者となって下さいませ」
婚約者は、僕がウィルの次に、全てをかけて護ると誓った二人目だ。
初めての顔合わせの前、ウィルにこう言われていた。
「リアム、婚約者の令嬢とは将来結婚するんだから、国で一番大事にしないといけないよ」
「うん、大事にするよ。でも一番なのか?僕はウィルが一番大事なんだけど」
「え‥‥あ、ありがとう!嬉しいっ‥‥けど、比べられても‥‥うーん‥‥。あ!リアム、女の子の中で一番大事にするんだよ。女の子は弱いでしょ。そんな女の子の中で、唯一の婚約者が今日会うご令嬢なんだ。リアムの婚約者は一人しかいない。たった一人なんだよ。だから、婚約者は特別じゃなきゃいけないんだ。わかる?」
「わかった。女の子の中で一番大事にする」
「うん。大事にしてあげてね」
そうして初めて会ったが、彼女は、ウィルの痣を馬鹿にしたり怖がったりしなかった。だから、悪い人じゃないと思ったし、ウィルの言うように大事にしなきゃと思った。
それから、何度か顔を合わせた時に、真っ直ぐ目を合わせるように見つめられ、「リアム様、立派な騎士となり、か弱い女であるわたくしをお護り下さい」と、請われた。
初めて誰かに「護ってほしい」と言われ、すごく驚いていたのに、無意識に僕は、「ああ、立派な騎士になり護るぞ」と、約束をしていた。
一番大事なウィルはもちろん、一族だって領民だって、護るのは騎士として当然のことだと教えられ、騎士とは斯くあるべきだと思ってきた。
だから、護られて当たり前なのに、婚約者は、僕に「護ってほしい」と言った。
騎士として、はじめて頼られた気がして、すごくすごく嬉しかった。僕を騎士として求めてくれたように感じた。まだ幼かったし、騎士どころか、騎士見習いにもまだなれていなかったけれど、この子も、ウィルと同じように、僕が騎士になると信じてくれているのだと思った。
誰よりも大好きなウィル、女の子の中で一番大事な婚約者。
護るべき二人を全てをかけて護ると改めて誓った。
魔王城への道のりは、過酷なものだった。
馬はいないので徒歩なのは当然なのだが、日夜関係なく襲ってくる魔獣や魔物。
一日の内、気を張らずにいられる時間は、かなり少ない。
そんな中で、僕はその時間を全て、ご先祖様――立派な勇者クラウスの記憶を辿ることに費やした。
勇者クラウスは、僕と同じく侯爵家の次男だったようで、僕と同じく兄がいた。
クラウスの感情が流れ込む。
クラウスは、兄が大好きだったようで、その感情は、僕がウィルを大好きな感情と同じだった。
一緒に剣を振るい、一緒に馬を駆け、一緒に分厚い書物を読み、一歳違いの年子の兄弟は、幸せに笑い合い、将来を語り合う。
『この伯爵家を国一番の領地にしたいな。この前、商人に進められた新しい種類の綿花の栽培は良さそうだったな』
『そうだよね。でも、父上は前向きじゃなかったな。僕等が知らない理由があるのかな?』
『どうだろうな?後で父上に聞いてみようか』
この時の爵位は、侯爵ではなく伯爵。勇者クラウス様の功績で侯爵に陞爵したのだと思い出す。
そして、時が経ち、クラウスが勇者に選ばれた。
『クラウスが勇者に!誇らしいよ!』
クラウスの兄は、ウィルと同じように自分のことのように喜んでいる。
勇者に選ばれ数日後、クラウスだけ当主である父に執務室に呼ばれる。
『過去四代続けて魔境に接する他国で勇者が選ばれ、我が国の勇者はお前が168年ぶりとなる。見事、魔王を封印した暁には、我が家を侯爵へと陞爵頂けることになった』
『それは喜ばしいことです。無事、魔王を封印し、我が伯爵家に名誉を持ち帰りたいと思います』
『ああ、だがな‥‥宰相殿から進言、いや、これはどう考えても下命だな‥‥』
『宰相様は何と‥‥?』
『‥‥当主をお前にしろ、と』
『兄上を差し置いてですか?!ありえない!』
『すまん‥‥お前の気持ちはよくわかっているのだ。すまん‥‥』
『‥‥』
この話を聞く前から、クラウスは、その命を以って魔王を討伐する覚悟を決めていた。魔王の脅威のない平和な世で、将来、兄が当主となり領地を盛りたててくれると信じていたし、兄の幸せのためなら自分の命などいくらでも犠牲にできると思っていたからだ。
でも、万が一、魔王を討伐できず封印しか出来なくとも、できる限り多くの命を捧げ、兄の生きるこの国を護りたいと思っていた。
なのに、国が‥‥国が、クラウスの夢――兄が当主になることを阻もうとするとは‥‥。
魔王を討伐できれば良い。クラウスは死ぬのだから当主は兄のままだ。それに、魔王討伐の名誉は、死んだ勇者クラウスの名誉として、我が家に授けられるだろう。
だが、魔王を討伐できなければ‥‥。
もし討伐できなかった場合は、兄を当主にするためには、自分が生きる事はできない。
魔王を封印した直後に姿を消すか?だめだ、それは悪手だな。自害するか?いや、勇者一行の前でそんなことをすれば、家の不名誉に成りかねない。それに、陞爵もなくなる可能性すらある。
ならば、クラウスのできることは、魔王を封印し、王都に凱旋し、クラウスが魔王を封印した名誉を持ち帰り、陞爵が確実になってから自害する――これしかない。
魔王討伐への固い決意と同じく、もしもの為の自害の決意。
クラウスの圧倒的な意志の強さと、国への強い憎しみが、僕の感情にじわりと馴染み心を支配する。
そして、ある事を思い出して、ハッとする。
僕も兄上を差し置いて当主に祭り上げられかねない、と。




