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最後の勇者 ー 死にたいと願った勇者達の物語 ー   作者: たきわ優
山羊飼いの勇者カンナ

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第二十話

 レオが変わった。

 あたしを好きだと言った次の日から、人が変わったようにあたしに愛を伝えてくるようになったのだ。


「俺はカンナが好きだ!結婚してくれ!」


 俺?あんたこの前まで自分のこと私って言ってたじゃない。それに、王子らしくない言葉遣い。こっちが本性なのかしら?

 みんなのいる前で、堂々と求婚してくる。

 最初は戸惑ったわよ。それに、どうやって諦めさせようと必死だった。


「あたしは平民よ。身分的に無理」

「カンナは勇者だ。身分は王族以上だから問題ない」


「カンナの今日の一撃美しかったよ。惚れ惚れした。愛してる」

「ああ、あの大型魔物の首を落としたやつね。その魔物の血飛沫を浴びたあたしが美しいってレオちょっと趣味が悪いわ」


「?!レオっ!あんた何なのよ!」

「ああ、ごめん。あまりにカンナの寝顔が可愛くて。(よだれ)さえ愛おしいよ」


 就寝中、気配を感じて目を上げると青い瞳が目の前にあった。しかも頻繁に‥‥‥。

 乙女心を考えろっ!


 レオは、あたしを好きだと言うポンコツに最近はなっているが、ずっと一緒に過ごしてすごい人だって知ってる。強くて、みんなに気配りも出来て、王族だけどあたし達に目線を合わせてくれる。

 何より、あたしの背中を預けて戦える、戦いの中で安心して身を預けれる一番の存在だった。

 あたしの無茶に付き合って、手助けしてくれる。それだけじゃなく、全体の指揮も正直すごく上手くて、統率力が抜群で、みんなもレオを信頼して任せている。

 なんでこんなに素晴らしい人があたしを好きなんだろう?


 そして、あたしを一番困らせるのは、レオのこの言葉だ。


「俺は、カンナなしじゃ生きられない」


 あたしは死ぬ。

 魔王を討伐して死ぬ。

 討伐し損ねても、寿命は対して残ることなく、やはり近い将来死ぬ。

 あたしなしで生きられないなんて言う男は、あたしを好きになっちゃ一番いけない男だ。


 気持ちに応えなかったとしても、あたしが死んだらレオはどうするんだろう?

「カンナなしじゃ生きられない」なんて、方便で、実際はそんなことないだろうと思うけれど、万が一を考えれば考えるほど、怖くなる。

 あたしはレオに生きて欲しい。レオだけじゃない。みんな生きて、幸せになって欲しい。


「あたしがもし死んでもレオは生きて幸せになって!お願いだからそんな事言わないで!」


 あたしはこれから遅かれ早かれ死ぬのに、レオに理不尽に要求する。


「カンナは俺が護る。絶対に死なせない。俺の幸せはカンナと共にあるんだ」


 護るとか、死なせないとか、そんな問題じゃない。そう叫んでしまいたいけれど、なぜ「あたしが死んでも」という言葉を言わざる得ないかは、勇者の誓約で話すことは出来ないし、誓約がなくたって到底話せない。話したくない。


 もうこの頃には、あたしは自分の死に納得していた。

 弟のロンの未来を守りたい。それだけでも十分だけど、勇者の記憶と感情に感化されたのも大きい。正義感、責任感。そして、勇者達の―――無念。

 そして、あたしは自分が思った以上に魔王を恨んでいる。はじまりの勇者様と同じくらいと言ってもいいくらい―――魔王を恨んでいた。


 魔王なんかがいるから魔物に石垣を崩された。

 石垣を崩されて領主が石垣を直してくれないからあたしは剣を取った。

 剣を取ったあたしは強かった。

 その強さは、勇者に選ばれる一因だった。


 元を辿れば、魔王が悪い。

 魔王さえいなければ、あたしは勇者にならずにすんだのだ。


 はじまりの勇者の記憶が教えてくれる、あたしの絶対的な敵―――魔王の成り立ち。

 それを知り、湧き上がる感情は、怒りと、怨恨(えんこん)


 絶対にあたしが仕留める。

 あたしに起こった理不尽に対する怒りや滞りや、何もかもをぶつけ、あたしが魔王を消す。


 あたしが死んだ後の一番の心残りだったロンの将来は、勇者の報奨金でお金の心配はなくなるだろうし、王家や、公爵令息でレオの従兄弟のショーンくんが目を掛けてくれることになっている。契約書にも署名した。それに、村のみんなも助けてくれる。ロンは、良い子だ。頭も良いし、(しん)が強い子だ。

 それに、魔王抜きにしたら、あたしの死は決して理不尽じゃないと思う。

 いろいろな意味で、「仕方なかった」と、あたしが言えるから。


 今あたしの心の引っ掛かりは、レオだ。

 どんなに言葉を尽くしても、素っ気なくして求婚を断っても、全く諦めてくれない。

 それどころか、嫉妬が日に日にひどくなって、(うち)の牧場の発情期のルルー(雄の山羊)くらい気が荒い。


 あたしと同じ甘党のハンスさんが、国宝「時空鞄」から出したあたしが食べたことないお菓子を「一個ちょーだい」って、いつもみたいにあ~んと口を開けたら、レオがすっ飛んできて、ハンスさんの手からお菓子を奪いがてらハンスさんを突き飛ばし、そんなことなかったかのように「ほら、カンナ、あ~ん」と、蕩けるような目で見てきたり。


「レオっ!あんたねぇ、ハンスさんに謝りなさいよ!」

「俺のカンナに菓子を食べさせて良いのは俺だけだ。俺は悪くない」

「はあああああ?!」

「うぉ‥‥痛ってぇ‥‥。っと、姫。良いんだ、俺が悪かった。レオに食わしてもらえ」

「は?!なんで?」

「いいから、レオ以外に菓子を強請るな。俺はまだ死にたくない」

「もうっ!なんなのよ!レオっ!どうなってんの?!」


 こんな調子で、レオはあたしが一行の男達に近付くのを嫌う。そして、今までの王子様然としたキラキラはどこやった?!ってくらい、あたしという一点においては、横暴で理不尽な独裁王子になる。権力だって暴力だって平気で使う。とんでもない王子だ。

 おかげで、みんなあたしと話はするが、物理的に手の届かない距離を空ける。


 あたしが身体を清める時なんて本当にひどい。

 唯一の女だし、小型の天幕を張ってくれ、その中で身体を清めるのだが、レオが見張りをすると言い張る。どう考えても、一行で一番危険なのはレオだ。

「絶対覗かないでよ」と言うと、「覗かないが、たまたま見えてしまうのなら俺が見るべきだ」と、わけのわからない事を言う。天幕だ。入口には覆いがあるし、普通にしていれば見えることはない。

 危険なので、みんなにレオの捕縛をお願いしたら、「好きな女の裸を見たいのは男として当然だ」と喚く。危険なので、あたしが身体を清める時は、みんな総出でレオを捕まえて、魔法も身体強化も使いまくって、穴を掘って首まで埋める。ここまでして、やっとあたしの安全は確保されると言う前代未聞の変態王子は、始末が悪い。


 それでも、あたしなんかを好きになるなんて、一時的だと思った。

 パン屋のカミラさんの言う“おもれー女”はすぐ飽きるって思い出したからだ。それもレオに伝えてみた。

 なのに、一月(ひとつき)経っても二月(ふたつき)経っても、レオの熱量は変わらず、いや、むしろ‥‥‥日々増していった‥‥‥。


 あたしには、恋はわからない。

 恋を知らずにあたしは死ぬんだ。


 そして、長い旅路は、魔王城まで、あと一月(ひとつき)という所まで来た。

 そこは、見通しの良いそこそこ高い丘があり、そこから魔王城の辺りを辛うじて掴める位置だった。遠く、遥か向こうに見える、黒い靄がかかっている一帯。あそこに魔王城がある。

 みんなで丘からそれを目視した。

 誰かの喉がゴクリと鳴る音がした。


 夜、この日の不寝番は、あたしとレオだった。

 レオは、ポンコツだが、そこは王子。任務はちゃんと遂行するので、背合わせで丘の上から辺りを互いに警戒し合う。

 今日は、風がなくて、不思議なくらい静寂が広がる夜。ここまで静かだと、少しの動きで音が響くだろうから、目視より音頼りに警戒を務める。

 だから、久しぶりに夜空を見た。

 たくさんの星々は、川のような流れを作り、水面のように煌めく。

 その時、あたしの意識は、強制的に―――同調した。

 あたしが見上げた空は、遥か千年以上も大昔の古代の夜空と変わらず同じで―――はじまりの勇者の感情と記憶が流れ込む。



 はじまりの勇者が、愛した人と共に古代の夜空を眺めていた。

 その愛しい人への深い愛情が、あたしの胸を埋め尽くす。

 甘くてとても苦しい。

 はじめて味わうキモチ。

 愛した人が、振り向き、勇者を見つめる。

 あたしの目線は、勇者の視点。

 振り向いた愛しい人は、髪色が違うだけで―――あたしとよく似ていた。

 夜空の星の光を含む愛しい人の瞳は、本来、いくら星が明るくても、こんな暗闇で映るはずのない勇者を映す。

 あたしの目線は、いつも勇者の視点。

 鏡を見なきゃ、自分―――勇者の顔はわからない。

 だから、知らなかった。

 勇者は、レオ―――レオナルドに、理不尽なくらい瓜二つ‥‥‥だった。



「カンナ!カンナっ!!!泣くな!何があったんだ?」


 気付くと、あたしはレオの腕の中にいた。

 そして、涙を流していた事に気付く。


「な、なんでもないの。ごめん、レオ。本当になんでも―――」


 そう言って、滲む瞳を拭って、月明かりの下でレオを見上げたあたしに、はじまりの勇者に味わされた、愛しい人への深く、甘く、苦しい愛情が反芻(はんすう)して押し寄せた。

 これは、はじまりの勇者の感情だ。

 擬似的なものだ。

 なのに、見上げた先にいる、あたしを心配した愛おしげな青い瞳に、感情が溢れ出す。

 レオが、愛おしくてたまらなく―――。


 ハッと正気に戻るも、自分でもわかるくらい、途端に体中が熱を帯び、顔が茹でられたように赤くなっていく。

 それは、月に照らされたあたしを見つめるレオにもわかるほど顕著な変化だったらしく、まさに驚愕だと、目を見開くレオは、大きな瞬きの後に、強く、とても強くあたしを抱きしめた。

 鼻腔をくすぐるレオの心地よい香りが、知りたくなかった感情をまた繰り返そうとするから、あたしはもう、とてもじゃないけれど耐えられなくて、本当に限界で、倒れるように膝を着いた―――。






 今夜は、久々にカンナと不審番だった。

 二人きりだし、星空の良い雰囲気の中、もっともっと愛を伝えたいが、理性を総動員して、鞭打って任務にあたる。

 静かな夜。たまには、こういう夜もいいなと、耳を澄ませ警戒を怠らないように神経を尖らせる。

 しばらくして、何も音がしないが、明らかに背を合わせるカンナの気配が―――消えた。

 あまりのことに、振り向く。

 そこに、カンナは確かに居た。なのに、気配が―――無い。

 俺は、カンナが消えてしまうような錯覚に堕ち、慌てて回り込み、正面からカンナを確認する。

 幾度となく見てきた、たまに見せる、いつもの人形のような感情の無い顔に、いつもとは違う―――涙が伝っていたのだ。


 一体どうなっている?!


 儚く見えるカンナは、このまま夜空に溶け込んで消えてしまうんじゃないかと思うほど、()()だった。


「カンナ!カンナっ!!!」


 肩を掴んで揺さぶるが、反応はなく、必死にカンナに縋る。


「カンナ!カンナっ!!!泣くな!何があったんだ?」


 ハッとしたカンナは、「な、なんでもないの。ごめん、レオ。本当になんでも―――」と言い、俺に顔を向けた。

 ピタリと引き合うように見合う俺とカンナの瞳。

 カンナは、次の瞬間、驚くような変化を見せる。

 まるで、俺を求めるような、愛おしげな潤む瞳。それは、確かに、カンナが俺を一人の異性として意識して向けているものだと感じるもので、思わず俺は息をするのを忘れる。

 更に、追い打ちをかけるように、月光に照らされたカンナの顔がみるみるうちに首も、耳まで、赤く染まったのだ。


 爆発した。


 喜び、愛しさ、欲情、もう、なにもかもひっちゃかめっちゃかな想いが、俺を動かし、カンナをぎゅっと抱きしめた。

 愛おしい。愛おしくて、可愛くてたまらない。


 力尽きたように崩れ落ちたカンナは、驚くほど無抵抗で、俺の都合よく受け取って良いものかしばし思案するが、血の気が引く、先程の夜空に溶けて消えそうなカンナの儚さに、俺の今にも消えそうな理性は、正気を取り戻す。


 カンナを失いたくない。


 カンナを抱きとめたまま、長い時間が経った。

 空が白み始め、朝が来ようとしていた。

 身動いだカンナは、そっと俺の胸を押し、距離を取ると、意思の強さが現れた真っ直ぐな目で、俺にこう言った。


「あたしは、あたしが死んだら生きていけないなんて言う男の事は受け入れられないし、好きになれない。あたしが死んでも、生きて、あたしの分まで生き抜いて、幸せになってくれる男じゃないと好きになれない」


 そして、ゆっくりと俺の腕から逃れると、丘を降りていった。

 次に顔を合わせた朝食の時には、昨晩のことなど何もなかったかのように、カンナはいつも通りのカンナに戻っていた。


 でも、昨晩、確かに在った二人の時間は、俺には、か細くも焦がれる一筋の光が差したのだと思えるには十分な出来事だった。






 順調に進み、魔王城まで辿り着く。

 力を合わせ、確実に敵を仕留め、魔王の一歩手前、通称「安全地帯」と呼ばれる、魔物達が寄り付かない三方を石で囲まれた大きな空間に辿り着く。

 ここで、魔王に挑むべく三日間の休憩の後、魔王を討ちに行く。

 そして、四日目の朝。装備を整え、全員の準備が整った時だった。


「カンナ」


 レオが、少し硬い声であたしを呼んだ。


 振り向くと、すぐ後ろにレオがいて、片足を付き、跪いて、あたしの両手を掬うように取る。


「カンナなしじゃ生きられない、と言ったこと謝る」


 あたしを真っ直ぐ見上げる青い瞳。


「俺は、もしカンナが俺より先に死ぬことが在っても生きるよ」


 広い空間に、レオの声が響く。


「俺は、カンナ以外を愛せないから、一人で生きることになるが―――」


 そう言うと、ふにゃりと柔らかくレオは微笑み優しげに言う。


「―――お前の大事な弟のロンに、俺の知らないカンナの幼い頃の話をたくさん聞かせてもらいながら、残りの人生を幸せに生きぬくよ」


 すうっと、レオは息を吸い、あたしへもう何度目かわからない求婚をする。


「魔王を無事封印し終えたら、俺と結婚して欲しい」



 あたしは、恋を知らない。

 はじまりの勇者のせいで、他人の恋心を疑似体験したけれど、まだ恋は謎だらけだ。

 一生懸命に考えてくれたレオの言葉は、あたしが欲した答えを完璧に満たしてくれていた。

 クスリと、笑ってしまう。

 ポンコツで、横暴で、変態で、どうしようもない王子様が、可愛く見えた。


「魔王と戦ってあたしが生きていたら、レオ。あなたと結婚するわ」


 あたしが死んでも、レオは死なない。

 レオの最も望む言葉をかけた卑怯で狡いあたしは、これで心置きなく―――死ねる。







 なのに、なんでだろう。

 あたしが毎朝起きると、いつだって青い瞳が優しくあたしを見つけてくれて、おはようのキスが降る。

 討伐に失敗したあたしは、残りの二年という短い命を、レオにあげて今に至る。

 お腹にいる新しい命が、この世界に芽吹いて、一月(ひとつき)程であたしは死ぬだろう。


 今ならわかるわ。恋も愛も。

 最後まで、あたしは狡い女のままだ。ごめんねレオ。


 どうか、この子が、レオが幸せに生きる意味になりますように。

カンナちゃん編は、これで完結です。

次回は新章!

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