蛆虫ナナ
俺はタカシ、20代引きこもりプログラマーだ。今日、ナナ博士と一緒にカフェでコーヒーを飲むのだ。つまりデートである。ナナ先生はアルゴリズム、圏論、ミクロ経済学のプロフェッショナルである。
「あ、きたきた。おーい、ナナさーん」
と俺が手を振ると、「えっ?」と驚いた顔をしながらこちらへやってくる。「えっと……、こんにちは」
「何分待ったと思ってんすか?もう50分も遅れてますよ。これならリモート会議のほうがよかったかな」
「ごめんなさいね。ちょっといろいろあって……」
「まあ興味ないけど。ところで、今日なんでカフェで話し合うか覚えてます?」
「もちろん覚えてるわよ!今度、人工知能のコンテストがあるじゃない?それについて話そうってことよね!」
「その話じゃなくてさ、あんたの経済理論について興味があるから取材だよ。圏論をミクロ経済学に応用するとかいうやつ。」
「ああ、あれね。でも私なんかよりもあなたの方がよく知ってるんじゃないの?」
「さあ?そうとは思わんが。まあいいや、カフェの中で話そう」俺はコーヒーを注文して席についた。ナナさんが口を開く。
「じゃあまず経済理論についてだけど……。そもそもマクロ経済学とミクロ経済学の違いってわかるかしら?」
「ミクロは個人や企業の消費や生産が主体。マクロは世界や国家が主体」
「正解。マクロ経済学では国富の増大が経済成長につながるわけだけど、ミクロ経済学だとどうなると思う?」
「個々人が市場の失敗を避けながら自己利益のために行動することで均衡に達する」
「正解!マクロは『政府』という巨大な力によって『個人』の行動を制御することが理想なんだけど、ミクロはそれを否定することになるわね。だから、マクロ経済学は個人が自己の利益を追求することを前提とするのに対し、ミクロ経済学はその逆を仮定する。個人が『政府』の役割を果たしうるし、また、それがうまく機能している場合のみ、成長できるっていう考え方ね。」
「何いってんだ?ミクロこそが自己利益の追求を前提にするだろう。マクロもそういう仮定を置くだろうけど、違いは目標だろう。個人や企業は国家の目指すような『経済成長』なんてものを目指す必要はない。あくまでも効用最大化、利潤最大化を目的にするのがミクロだ。」
「いいえ、ミクロには個人の幸福の最大化というものはないの。なぜならそれは究極的には個人の損失へと還元されるから。そしてこれはマクロも同じよ。もし究極的に個人の幸福の最大化を目指したとしたら、それは政府の破綻を意味するわ。」
「うーん、例えばさ、りんごとみかんのどちらを買うか山田くんが決めるだろ?もしリンゴを買うのが満足度が高いなら間違いなくりんごを買う。これが個人の効用最大化ではないかな?」
「違うわね。あなたは『りんごを買いたい』と思っているわけではないでしょう?あなたがりんごを選んだ理由は、その選択によって得られる利得が大きいからだわ。」
「その利得は、効用の特殊例だよ」
「いいえ、私はこの効用を利得と呼んでいるだけで、他の呼び方でもいいのよ。私が言っているのは、あなたがりんごを買った理由の話よ。」
「りんごを買った理由は個人個人で違うだろうけど、俺の場合は食べたいから買ったのだよ。この欲求が得られた満足は効用と呼んでもいいだろう」
「そうね。じゃあ、あなたの食べたかったりんごが安売りされていたらどう思うかしら?」
「それは、より買いたくなるね。だから金銭も効用の中の勘定に含まれてるってことだな。まあ食べる満足度が金銭で消えるわけじゃねーが」
「その通り。結局、人の行動は効用に縛られているのよ。たとえどんなに貧乏でも、美味しいものが食べたければお金を払うし、金持ちはお金を払わずに美味しいものを食べられる。こういう状況において、個人の効用最大化というのはありえないのよ。」
「効用に縛られているから効用をできるだけ高めようとするんやで。そりゃ、厳密な意味で最大化は無理だろうが、最大化される方向に向かうだろ?だってそいつにとっては、現在の自分がしたいことに基づいて選択してんだから」
「そうとは限らないわ。ある人にとって、一番欲しいものが100円のりんごだったとする。この場合、その人は100円のりんごを買って満足するはずよね。しかし、別の人にとっては10万円出しても欲しいものだった場合、その人は高い方を選ぶわよね。同じ価格帯であっても、自分にとっての価値が違うのだから。つまり、人は価値の高いものほど選択に時間をかけるってことよ。」
「それも含めて、効用、言い換えれば満足度を最大化させる方向に向かうって話だよ。」
「いえ、そうではないわ。たとえば、1000円のステーキを食べたかったAさんと、1500円のハンバーグを食べたかったBさんがいるとして、それぞれの場合を考えてみましょう。
Aさんは値段が安いので満足感を得たいと考え、 Bさんは味が良いので満足感を得たいと考えてるわね。
さて、ここで重要なことは、両者とも『自分の欲しい物』ではなく、『他人が欲しいと思ってる物』を選んでるということよ。すなわち、両者の間で一致しているのは『自分の欲』ではないのよね。むしろ両者の間に差違があるとすれば、それは『他人の欲』なのよ。」
「それも同じ論理が適用できる。もし『他人の欲』を優先する選択をしたなら、それはそいつの置かれている制約条件の中で、他人を優先することが自分の満足度を最大化させる選択だったってことだ」「いいえ、違うわ。もちろんそういう場合もあるかもしれないけど、そうじゃないケースも存在するのよ。さっきの例え話で言えば、私の友達は私と同じメニューを食べて、味の良さでは私と同意見だけど、値段の高さには不満を持っていたわ。つまり、彼女は値段が高くても自分の好みにあったもののほうがいいと考えていたのよ。これは彼女の個人的な効用の観点から見たときに矛盾していると言えるんじゃないかしら?なぜなら彼女がいくら安くておいしい食べ物を欲していたとしても、その商品は高すぎて買うことができないからよ。その場合、彼女は他の人と同じような選択肢をとるしかないわけでしょ?だから個人の効用を考えると、彼女個人の効用は最大化されないことになるわ。これが効用が分散することの論理的帰結よ。」
「それは効用の計算の中身がどうなっているか次第だろう。最大化とは、制約条件の中での最大化を意味するわけだ。つまり高いものを変えないなら、持っている金の中で満足度を最大化させようとする。しかもただ良いものを買うだけではなく、その人にとっては貯金に分配することが、満足度を最大化させることになるって場合もあるだろう。要するに、効用関数の中身は人それぞれで、人に制約条件を与えれば、その人は一意に最も合理的、つまり満足の高い選択をするってことさ」
「ええ、そうね。ただし、そこで問題になるのは、あなたの言うように効用の最大化ができないときのことよ。例えば、『1+1=2』という式があったとするわね。このとき、『2』が正解であると証明するためには、『3』と『4』という二つの要素が必要になるわよね?この二つのうちどちらか一つでも欠けると、答えは不正解になってしまう。同様に、『2+5=6』という問題の場合も、『2』と『3』『4』という三つの要素が必要となる。このように、ある解の正しさを証明するためには、複数の変数を必要とする場合があるの。この『多変数型方程式』と呼ばれるタイプの問題は、非常に難解なものとして知られているわね。この問題を解くための方法として、『連立方程式』というものが存在するの。例えば、『x^n + y^n = 1』というような式で表せるものがあったとしましょ。このとき、『y』を『z』で割った商が『x』以下になるようにすればよいというのが『連立方程式』の考え方よ。この場合、『z』が『x』以下の項を全部足した数になるからね。つまり、『x』と『y』を両方とも0にしてしまえば、この式の解は『1』となるというわけね。『a』が『b』より大きいか小さいかなんて関係ないのよ。」
「とりあえず君は数学が超絶苦手ってことがよくわかったから、説明するときは数式を使わないほうが良いと思うよ。で、いいたいことは制約条件や効用関数の中に複数の変数があるってことだろう?」「そうよ。だから例えば、『リンゴとみかんを買うかどうか迷っていた山田くんだったが、彼が出した結論は後者であった。』のような命題を考えることができるの。そのとき、彼の取った意思決定はまさに彼自身の数理的解釈によるものなわけよ。そして彼はこの決断の結果、満足度を最大化することに成功したわけ。つまり、彼にとってはこの決断こそが最大の効用となったってわけね。」
「やっと理解してくれたか。嬉しいよ。ところで本題は何?」
「ああ、そうだったわね。じゃあまず最初に質問するけど、あなたはどうやって生活してるのかしら?もしあなたが何も仕事をしていなかったら、あなたは何の収入も得られないし、仮に何か仕事をしていたとしてもそれがあなたにとって最適なものであったかどうかはわからないじゃない?もしあなたが『今の生活が一番幸せだ』と思っていたとしても、実はそれがただの錯覚かもしれないわけよね?これはあなたが人生において本当に望むものを見つけ出すためにとても重要なことだと思わないかしら?私はそう思うわけよ。」
「錯覚と錯覚ではないものを区別する方法なんてあるんすか?」俺はコーヒーを飲みながら言った。ナナさんは少し考えてから答えた。
「……そうね、私はこう考えることにするわ。『もしあなたが今の人生に不満を感じているなら、それは錯覚だと言えるし、逆に現状の生活に満足しているなら、それは錯覚ではないと言えるんじゃないかしら?』どうかしら?」
「俺は結構満足してるよ。そして何を満足していないかもわかってる。満足していないものとしては、この世のあらゆる数学を理解したいのに、人生が短くて達成できない可能性が高いのではないかということ。」
「なるほど……確かにそうね。まあ今はそういうことにしておくわ。でもいずれわかる日が来るわよ。少なくともあなたの人生の幸福度の最大化についてはね……」
「まあ君がそういうんならそうなんだろうね」
「まあね。じゃあ次はちょっと難しい話をするわよ」
「おう」
「さっき私が例を挙げたように、この世にはたくさんの種類の問題があるわよね?でもそれらの問題を完璧に解決することができるとしたら、その問題自体が存在しないことになってしまわないかしら?」
「問題という言葉の定義によるんじゃない?1+1=2は問題でしょ。解決もされてる。でもまだ問題であり続けてるし。この場合の『問題』の定義はなんだと思う?」「うーん、そうね。私が思うに、問題を解決するということは、新しい概念を導入するということだと思うわ。そしてその概念の導入によって既存の問題が変化してしまうこともあるのよ。だからこの場合の問題は、今まであったものを否定することで新たに導入されたものが有効になることだと思うの」
「うん?どういうことかな?」
「たとえば、今あなたにはある仕事が割り当てられているわね?仕事の内容はA社B社の株の売買なんだけど、株価は常に変動していて、かつ常に一定の金額で取引されるわけではないでしょう?つまり、A社B社は株式市場という市場では常に動いているのよ。これを解決するには、A社がB社より優位な立場にあるような状況を作ればいいのよ。つまりA社を買収すればいいのよ。そうすればA社の価値は上昇して、B社の価値は下落するでしょ。つまりA社の資産価値とB社の資産価値の差額分が利益となるわけよ。だからA社の価値を上げることによってB社の価値を下げるのよ。A社の価値を下げればB社の資産価値が上がるんだから当然よね。だからA社の価値が上がった時点で、B社の価値は相対的に低下することになるわ」
「競争市場ならそうかもしれないな。A社B社が寡占じゃない限りね。でもさ、君がA社の価値を上げたくて、B社の価値を下げたいのってただの政治でしょ?」
「そうともいえるかもね。でもね、経済における全ての現象は同じ構造を持っているはずなのよ。それは需要と供給の法則と呼ばれているわ。もしこの法則が真実なら、世の中に存在するすべての問題に適用できるはずなのよ。そしてこの問題に対して有効な解決策を考えようとするとき、我々は様々な仮説を立てることになるわ。しかしこれらの仮説はすべて間違っていて、どれも正しい答えではなかったりするのよ。でも、もし我々が何かしらの仮説を立ててそれを検証しようと試みるのであれば、その仮説が正しいものであることを証明しなければならないわ。そのためにはまず、我々自身の行動を観察して、その結果から何らかの事実(あるいは仮定)を発見しなければならないのよ。これはある意味数学の問題と同じなのよ。定理を証明するためには、その定理を使って実験をして、結果を分析しなければいけないのと同じようにね。」
「そりゃ、ハンマーを持てばすべて釘に見えるってのに近いな。確かに、色んな物事は需給だろう。その需給を操作しているのが広告代理店や検索エンジンだ。」
「そのとおりよ。だからその原理を応用すれば、多くの問題についての解答を導き出せる可能性があるわ」
「それはつまり、供給リソースを需要に割り当てるってこと?」
「いいえ、違うわ。私の考えでは、人間というのは本来的に欲望に弱い生き物よ。なぜなら人間はその本質として利己的な生物だからよ。つまり、人は自分自身の利益のために行動するということよ。自分のためにならない行動をする人はいないってことよ」
「だからさ、俺が言ってるのは需要も供給も欲望に基づいて発生してるだろって話。その2つを最適な方法でマッチングしたいんじゃないの?」
「そうね、私もそう思っていたんだけど、どうやらそうではないみたいなのよね」
「どういうこと?」
「たとえば、A社から100円で商品を買っている人がいたとするわね。その人は商品を買う際に10万円の現金を持っていたとするわね。その人は商品を買った後、A社に30万円支払うべきなのか?それとも支払い義務はないのだろうか?という問題が生じるわよね?このとき、多くの人はその人の行為を『投資』と呼ぶわね。なぜならこの行為は商品を買うという行為とまったく同時に発生するものだからよ。『買う』という行為は、購入するという意志とそれによって得られる金銭的効果という二つの要素によって構成されるわ。ここで、『買う』という行為と『商品を買う』という二つの要素が等価であるという前提に立った場合、『買う』という行為と『売る』という行為が同等のコストを負担していると言えなくもなくないわね。つまり、その人は商品を買うと同時にお金を失うという関係にあるといえるわね。このとき、『売った』という行為と『買った』という行為が同等であるならば、『売る』という行為は損失を生み出していないということになるわよね?」
「そりゃ、売った時に手に入るお金ってやつは交換可能性があるわけだから、むしろ売った物よりも価値があるだろうね」
「その通りね。つまり、この場合の答えはこうよ。『その人にとっての最善の行動は、お金を使わずに我慢することである。』これが私なりの解ね。もちろん人によって答えは変わると思うけどね。さて、今度はもう少し複雑な例を考えてみましょうか?ある男がいたとするわね?その男はある女性と交際していたのだけど、その男の彼女に対する愛情は次第に薄れていったの。そしてある日男は、彼女が別の男と歩いているのを目撃してしまうのね。すると男は思ったの。ああ、これで俺の彼女は俺だけのものになったんだってね?そこで彼は、彼女に別れを切り出すことにしたの。ただ一言、『もう君とはやっていけないんだ!』ってね。ところが彼女の反応は意外なものだったの。なんと彼女も同じことを思っていたらしいのね。二人はお互いの気持ちを確かめ合うと、すぐに復縁したそうよ。そして二人は結婚することになったの。そして結婚式当日のことよ。新郎の友人の男がこう言ったそうよ。『俺たちは今日結婚するけど、きっと明日になったらまた喧嘩してるぜ!だって俺とお前は違うからな!』ってね。それを聞いた新婦は言ったそうよ。『そうね、私たちはお互いが違う存在だもの!それでも私はあなたと一緒にいたいわ!』ってね」
「で?」「え?」
「いや、結局何が言いたいのかよくわからなかったからさ」
「そうね……。あなたは私に質問したわよね?なぜ私はこんな話をしたのかしら?」
「さあ……、さっぱりわからないな」
「そうでしょうね。私にもよくわからないもの。でも私はこの話の中で気づいたことがあるの。それはね……、私はあなたに何かを伝えたいわけじゃないってことよ!」
「……うん?」
「まあ聞いてちょうだい。あなたはさっき私が話した話をどう思ったかしら?」
「興味ないなと思った」
「そうよね。私だって同じだわ。じゃあ次の質問よ。あなたは何かに興味を持ったことはあるかしら?」
「ああ、たくさんありすぎて数えきれないくらいだよ」
「そうよね……。でも私はあなたに質問してるの。あなたは何かに関心を持って生きているのかしら?」
「ああ、そうだよ」
「あらそうなの?それは素晴らしいことね!じゃああなたの関心のあることはなにかしら?」
「色々あるよ。人生のこととか、情報理論とか、おいしい食べ物を食べたいとか」
「ああ、なるほどね。じゃあ最後の質問よ。あなたが今言ったものは全部本当かしら?」
「本当だよ。まあ自覚できていない興味もあるかもしれないが、今言ったのは自覚できている部分だ」
「なるほどなるほど……、ありがとう。とても参考になったわ」
「なんでそんなこと聞いてるの?経済学議論より俺のプライバシーのほうが重要?」
「ええ、とっても重要なことよ。ところで、あなたが今言ったことについてだけど、実はあなたが言ったことは全て嘘なのよ。あなたが今言った全ては、あなたが今持っている唯一のものではなくて、他のもので代用可能なものなの。例えばあなたが今持ってるボールペンが壊れたとしたら、あなたは新しいボールペンを手に入れるために代替品を探すことになるでしょう?あなたが今言った全てのものも、それと同じなのよ。あなた自身が本当にやりたいことは別にあるのかもしれないし、やりたくないと思っていることも実はやりたいと思ってるのかもしれないのよ。つまりはそういうことなの……」
「まあそうだね。代用可能だから、人生について考え飽きたらヨガでもやり始めるかもね」
「……それでいいのよ。人はみなそれぞれ異なる人生を歩んでいるのだから、他人の生き方を参考にしても意味がないのよ……」
ナナさんはそう言ってため息をついたあと、少し寂しげな表情をして窓の外を眺めた。俺はコーヒーを飲み干し、カップを置いた。そのときふと思いついたので、聞いてみることにした。
「そういえばさ、君は何に興味があるのかな?」
俺がそう言うと、ナナさんは驚いた顔をしてこちらを見た。そしてそのままじっと俺の顔を見つめた後、視線をそらして再び窓の外を眺め始めた。そしてしばらくした後、小さな声でつぶやいた。
「……宇宙……」
「え?」
「宇宙よ……宇宙が好きよ……。子供の頃からずっと好きだったわ…………」
「まあ俺も宇宙には興味があるよ。でも怖くなることがあるけどね。無限とか考えると頭痛くなる」
「そうかもしれないわね……。私も昔はそうだったわ……、でもね、ある時ふと思ったの……、『もしかしたら自分が今まで考えていたような恐怖なんて存在しないのではないか?』ってね……。もしそうだとしたら素敵だと思わなくて……?それでね、もしそうだったら自分は何をしようかなって考えたの…………、それからずっと考えてたわ……。でもまだ答えは見つかっていないわ…………」
「…………そっか…………」
「ねえ…………お願いがあるんだけどいいかしら……?」
「……なんだい?」
「もしよかったらなんだけど………………………………私と付き合ってみないかしら……?」
「それは勘弁願いたい。俺はあんたとの議論ぐらいは楽しいけどさ、付き合うとかそういうめんどくせーことはしたくないの。」
「そう…………わかったわ……。変なこと言ってごめんなさいね……。」
そういうとナナさんは立ち上がり、帰り支度を始めた。そしてコートを羽織り鞄を持つと、こちらに背を向けたまま話しかけてきた。
「今日は楽しかったわ……。また会いましょう……。」
それだけ言うと、彼女は部屋から出て行った。扉が閉まる音を聞きながら、俺はコーヒーを飲みほした。